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今月の『押さえておきたい良書

『日本の国家戦略「水素エネルギー」で飛躍するビジネス』

排出するのは水だけ! 究極のエコカーは日本の未来を明るくするか

『日本の国家戦略「水素エネルギー」で飛躍するビジネス』
西脇 文男 著
東洋経済新報社
2018/07 288ページ 1,600円(税別)

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 今年(2018年)の夏は猛暑が続いた。各地で過去最高気温が更新され、すっかりバテたという人も多いのではないだろうか。また、日本のみならず、世界でも気温上昇の傾向が続いている。その背景には、地球温暖化の問題があると指摘する専門家もいる。

 温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)の削減はグローバルな最重要課題であり、日本も国際社会に対し大きなCO2削減目標を掲げている。ところが、2011年の福島第一原子力発電所の事故以来、CO2を排出する化石燃料への依存度が高まってしまった。そうした状況の中、次世代エネルギーとして注目されているのが「水素」だ。

 使用時にCO2を出さず、枯渇の心配もない水素を活用したエネルギー「水素エネルギー」こそ、日本の未来を支えるエネルギーである――そう説くのが本書『日本の国家戦略「水素エネルギー」で飛躍するビジネス』だ。水素エネルギーのもたらすメリットを解説するとともに、水素エネルギーの利活用に取り組む企業やプロジェクトを紹介。さらに、水素を中心として、日本が再生可能エネルギー社会へと転換していく道筋を示している。

 著者は環境エコノミスト。日本興業銀行取締役、興銀リース副社長、DOWAホールディングス常勤監査役を歴任し、2013年から武蔵野大学客員教授を務めている。

高い技術力と生産力で世界をリード

 水素エネルギーの一般的な利用の仕方は「燃料電池」である。燃料電池は発電装置の一種で、水素と酸素を結合させ電気を作る。このとき排出されるものは水だけで、しかもエネルギー効率はかなり高い。この燃料電池を搭載したエコカーが、燃料電池自動車(FCV)である。

 現在、世界では脱ディーゼル車、脱ガソリン車に向けた規制強化の動きが高まっている。そのため電気自動車(EV)を中心とした激しい開発競争が繰り広げられている。そんな中、2014年、トヨタが世界初となるFCV市販車「MIRAI」を発表。現在のところFCV市販車を生産しているのはトヨタとホンダ、そして韓国の1社だけだという。日本国内に出回るFCVはまだ2000台程度だが、経済産業省は2020年には4万台、そして2030年には80万台という普及目標を掲げている。日本は、FCV開発において世界を1歩リードしているのだ。

 燃料電池に関わる部品メーカーも、積極的に開発に取り組んでいるようだ。例えば燃料の水素を入れる高圧水素タンクは、安全堅牢(けんろう)かつ軽量であることが求められる。これに応えるために、世界最大の炭素繊維メーカー・東レが、タンクを補強するための高強度炭素繊維を開発・生産しているという。

 FCVは部品点数が多く、高度な技術がなければ生産ができない。そのため、既存の部品や技術を組み合わせれば生産できるEVと比べると、参入障壁が高いそうだ。高い技術力、そして部品メーカーと一体となった生産方式を有する日本の自動車産業は、FCVでこそ優位性を発揮できるのではないか、と著者は述べている。

他のエネルギーをためて運べる「エネルギーキャリア」

 著者はさらに、水素を利活用するメリットの最たるものとして、「エネルギーキャリア」という特性を挙げている。エネルギーキャリアとは、「電気やその他のエネルギーを水素に変えて貯蔵したり、遠くに運んだりできる」というものだ。これは他のエネルギーにはない、水素だけが持つメリットである。

 例えば電力は貯蔵できず、発電と消費は常に同時同量でなければならない。このことは、太陽光や風力といった再生可能エネルギー発電の導入が進まない一因となっている。天候に左右されて発電量が不安定なため、発電と消費のバランスを取りにくいのだ。

 だが、余剰電力を水素に変換してためておけば、いつでも必要に応じて燃料電池から電気を取り出すことができる。こうした仕組みをP2G(Power to Gas)という。著者は、P2Gシステムが拡大することで、再生可能エネルギー発電の導入も進むだろうと述べている。水素は、再エネ社会の実現においても重要な役目を担っているのだ。

 実際にP2Gの活用事例もある。ハウステンボス内にある「変なホテル」が、P2Gの実証実験を行っているそうだ。太陽光で発電した電力の余剰分を水素貯蔵し、1年を通して一部の棟の客室に必要な電力を自給自足しているという。

 本書には他にも、水素関連ビジネスや、実証プロジェクトが多数紹介されている。巻末には企業動向一覧も。これらを眺めながら、クリーンでエコな「水素社会」の到来を楽しみに待ちたい。

情報工場 エディター 安藤 奈々

情報工場 エディター 安藤 奈々

神奈川生まれ千葉育ち。早稲田大学第一文学部卒。翻訳会社でコーディネーターとして勤務した後、出版業界紙で広告営業および作家への取材・原稿執筆に従事。情報工場では主に女性向けコンテンツのライティング・編集を担当。1年半の育休から2017年4月に復帰。プライベートでは小説をよく読む。好きな作家は三浦しをん、梨木香歩、綿矢りさなど。ダッシュする喜びに目覚めた娘を追いかけ、疲弊する日々を送っている。

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