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2018年10月の『視野を広げる必読書

『Learn Better』-頭の使い方が変わり、学びが深まる6つのステップ

「頭が悪いから学習できない」は大間違い。目からウロコの「正しい学び方」とは

『Learn Better』
 -頭の使い方が変わり、学びが深まる6つのステップ
アーリック・ボーザー 著
月谷 真紀 訳
英治出版
2018/07 392p 2,000円(税別)

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数学が苦手でも物理の成績が良かったのはなぜか

 中学や高校時代を思い出してほしい。誰にでもきっと「これは苦手だった」という教科や科目があるだろう。

 私は数学が苦手だった。

 中学までは得意だった。しかし、高校で習う三角関数や微分・積分などがよく理解できなかったのだ。

 同じ理系科目でも物理は好きで、成績も良かった。物体の運動や電磁気の法則などを理解すると、さまざまな現象がどのようにして起こるのかを説明できるようになる。それがとても面白く、夢中で勉強したものだ。

 しかしながら、物理では数学を使う。数式を立てて計算をしなくてはいけないことが頻繁に出てくる。それなのになぜ、数学が苦手な私が物理は得意だったのだろうか。

 おそらく私には、数学の授業が抽象的すぎたのだろう。高校の物理では目に見える具体的な現象を扱うことが多く、概念をイメージしやすかった。その概念を説明するのに使う三角関数や微分・積分はよく理解できたのだ。

 それでも数学が得意科目にならなかったのが不思議だ。

 実は、数学を学ぶより良い方法があったのではないか。

 本書『Learn Better』では、著者のアーリック・ボーザー氏が長年研究を重ね突きとめたより良い「学習の方法」を、6つの手順からなる体系的なアプローチとして紹介している。

 著者は、米国先端政策研究所(Center for American Progress)シニアフェロー。学びに関する研究と情報発信を行い、ニューヨーク・タイムズ紙、ワシントン・ポスト紙、ウォール・ストリート・ジャーナル紙など、多数のメディアに記事を執筆している。ビル&メリンダ・ゲイツ財団のアドバイザーも務める人物だ。

 このように高度に知的な活動に従事し実績もある著者だが、実は子どもの頃は勉強が苦手だったという。いわゆる落ちこぼれで、中学校では毎週数時間、成績が平均よりかなり下の生徒を支援する特別クラスに通ったこともあるそうだ。

 著者自身は「どうやら私は学習のしかたがわからなかったらしい」と振り返っている。

 だが著者は、何人かの教師の助けにより、基礎的な学習方法を身につけることができた。やがて自信がついて成績も伸びた。そして名門大学から合格通知をもらうことに。

 こうした経験から著者は「学習」に関心を持つようになり、研究を始める。その結果判明した学習プロセスとは、どのようなものなのだろうか。

対象に価値を見いだすことでモチベーションをアップ

 著者の研究から明らかになったより良い学習方法の6つの手順とは、「価値を見いだす」「目標を設定する」「能力を伸ばす」「発展させる」「関係づける」「再考する」である。

 これをみると、どうやら私の高校時代の数学の学習では、特に価値を見いだすのと、関係づけるのがうまくいっていなかったようだ。

 価値を見いだすのはとても大事なステップだ。これができないと学習が始まらないからだ。

 ここでは、「この学ぶ対象は私にとってどう価値があるか?」「どうすればもっと自分に関連性があるようにできるか?」「この知識を自分の生活にどう利用できるか?」といった問いかけをするといいそうだ。

 本書には、米国バージニア大学のクリス・フルマン教授による試みが紹介されている。統計学に苦手意識を持つ何人かの心理学専攻の学生に、統計的なデータ分析に価値を見いださせようとしたものだ。

 フルマン教授と共同研究者たちは、学生たちに「自分の生活で統計学を使うシーンを想像できますか?」「看護師、営業マン、管理職という職業に就いて統計学を使う自分を想像できますか?」といった問いに答える短い文章を書かせた。

 すると、それだけで学生たちの勉強へのモチベーションが大幅に上がり、成績が1ランクアップする学生も現れた。自分が統計学を実際に使う場面を想像することで、統計学を身近に感じることができ、価値を見いだせるようになったからだ。

 私の数学の場合、せっかく物理で数学を使えるようになったのだから、そこでもっと数学の価値を意識し、もっと数学を学ぼうという意欲に結びつければよかったのだ。

1つのことだけを繰り返しやっていてはダメ

 次に、関係づけるステップについて。

 何かを丸暗記しようとしたがなかなか覚えられなかった経験は誰しもあるだろう。

 ただ単に丸暗記するだけでは駄目なのだ。覚えようとする対象の中にある要素同士の関係性、つまり類似点や相違点、因果関係を探り、どうつながっているかを考えたほうがずっと効果的だ。

 例えば本書には、バスケットボールのフリースローの学び方を探る実験が紹介されている。結果は、フリースローのみを繰り返し練習したグループよりも、フリースローだけでなく短い距離のシュートとミドルシュートを合わせて練習したチームの方がはるかに高い成績を上げた。

 さまざまなタイプのシュートを同時に練習することで、それらに共通するスキルはどういうものか、他と比べたフリースローの長所は何か、といった関連性を発見できる。そうすることで、根本的なスキル、すなわちフリースローの本質や勘所が見えてくるのだ。

 何かを記憶したり、できなかったことをできるようにする際に、得てしてそのことだけを集中して繰り返し頭に入れようとしたり、練習したりしがちだ。しかし、少し違う関連したことを一緒に覚えたりやってみたりすることで、体系的に理解できるようになるのだ。

 これは目からウロコではないだろうか。

2つの楽器を関係づけた練習の意外な効果

 話は変わるが、私は趣味でドラムを演奏する。

 ある日、プロのギタリストである友人から「最近ドラムを練習しているのだが、何か良い方法があったら教えてほしい」と言われた。

 ギターとドラムでは、演奏する際の身体の動かし方がまったく異なる。特に違うのが足の動きだ。ドラムでは足でペダルを踏んで音を出すが、ギターでは音を鳴らすのに足は使わない。そこで足の練習をする方法を伝えることにした。

 簡単なリズムパターンを叩きながら、右足を動かすタイミングだけを少しずつ変えていく、という方法だ。その練習用の楽譜も書いて、彼に渡した。

 しばらくして、どんな具合か尋ねてみると「あの楽譜、(ドラムだけでなく)ギターの練習にも役立っています」と言われて驚いた。

 なんでも、メトロノームを鳴らしながら、ドラム練習用に私が書いた楽譜で右足を動かすようになっているタイミングで、短くギターを鳴らすのだそうだ。

 つまり、少しずつ楽譜上の位置がずれていくのを追いながらそれに合わせるようにギターを弾くことで、かっこうのリズム練習になるというのだ。

 肝心のドラムの練習も順調で、上達してきているという。

 つまり彼は、ドラム練習用の楽譜を自分の専門であるギターのスキルアップにも使えることを知り、ドラム習得に改めて価値を見いだした。

 さらに、同じ楽譜でドラムとギターを同時に練習することで、2種類の楽器を関係づけ、相違点や類似点を理解していっているに違いない。

 身近なところで、本書に紹介された学習手順がぴたりと当てはまっていたのだ。

 彼に触発されて、私も新たにベースギターを習得してみることにした。ドラムという異なる楽器と関係づけて学ぶ効果が実感できることだろう。ドラムと同じタイミングで弾くべき音(類似点)や違うタイミングで弾くと効果的な音(相違点)などを考えながら練習している。

 本書をじっくり読んで、身近なところから6つのステップによる体系的な学びを試してみてはいかがだろうか。

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

情報工場 シニアエディタ― 浅羽 登志也

愛知県出身。京都大学大学院工学研究科卒。1992年にインターネットイニシアティブ企画(現在のインターネットイニシアティブ・IIJ)に創業メンバーとして参画。黎明期からインターネットのネットワーク構築や技術開発・ビジネス開発に携わり、インターネットイニシアティブ取締役副社長、IIJイノベーションインスティテュート代表取締役などを歴任。現在は「人と大地とインターネット」をキーワードに、インターネット関連のコンサルティングや、執筆・講演活動に従事する傍ら、有機農法での米や野菜の栽培を勉強中。趣味はドラム。

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2018年10月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店