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2018年10月の『押さえておきたい良書

『ホモ・デウス(上)』-テクノロジーとサピエンスの未来

その未来は希望か絶望か? 神性を獲得した人類の姿を目撃せよ

『ホモ・デウス(上)』
 -テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ 著
柴田 裕之 訳
河出書房新社
2018/09 272ページ 1,900円(税別)

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 あなたは翼を広げ、大空の高みから眼下の大河を見渡している。長大な川面には、はるか昔から現在へと連なる人類の歴史が映り、川下は靄(もや)に包まれている。本書『ホモ・デウス』は、そんな歴史の流れゆく先――私たちの未来を巡る壮大な思索の書だ。

 本書は「人類は何者で、どこへ向かおうとしているのか」という問いに対し、多角的な歴史分析を軸に、最新の科学の知見を交えながら未来像を描き出してゆく。

 著者はイスラエルの歴史学者。大学で中世史・軍事史を専攻して博士号を取得し、現在はエルサレムのヘブライ大学で教べんを執っている。前著『サピエンス全史』は世界的ベストセラーとなった。

人類の圧倒的優位性と生き神「ファラオ」

 有史以来、人類が闘ってきた飢饉(ききん)・疫病・戦争は今や対処可能となり、21世紀に直面する課題は不死・幸福・神性の3つに置き換わると著者は予測する。今後、人類は科学の力を借りて不死と幸福の獲得を目指し、その先に自らホモ・デウス(デウスは「神」の意)へアップグレードするだろう――これが本書のビジョンである。

 最新の生物工学やサイボーグ工学は、遺伝子レベルにおける心身の改変や非有機的な器官の身体化を現実にしつつある。著者は、将来これらのテクノロジーが及ぼす影響は予測が難しいとする一方で、心の構造をはじめ人類そのものは変わらないとの見方に立ち、歴史を遡ることで私たちの未来に迫ろうとする。

 世界を見渡すと、人類は他の生物を圧倒する立場で地球を支配している。この優位性をもたらした人類の特性とは何だろう。多くの研究は優れた道具製作力や高度な知能を挙げるが、本書によると、それらと人類の種としての力の間に直接の相関はないという。そして著者は、他のどの動物より大規模かつ柔軟に協力しあう特性――「協力ネットワーク」こそが地球支配の決定的要因だと述べる。

 古王国時代のエジプトにこの特性の影響を示す史実がある。かつて人類の協力ネットワークは限られ、巨大な王国も広範な交易網も存在しなかった。やがて5千年前に書字と貨幣が発明され、脳が複雑な物語を処理できるようになると、人類は虚構の存在を信じることやシンボルを介した経験に慣れていった。そしてナイル川流域の王国では、神官王と神が融合した生き神「ファラオ」が生まれた。

 ここで注目したいのは、肉体としてのファラオではなく、何百万というエジプト人の巷間(こうかん)から誕生した想像上のファラオだ。まるでエルヴィス・プレスリーやマドンナのように、彼は人間でありながら同時にシンボルへと昇華された。こうしてファラオの名の下に協力ネットワークが強大化し、ピラミッド建設のような驚異的な事業が次々と実現されたのだ。

大規模な協力ネットワークを支えるものとは?

 なぜ人類だけこのような大規模な協力ネットワークを構築できたのだろう。鍵となるのが、架空の存在を想像する力と、新しい現実を生み出す言語の力だ。本書によると、人類はこれらの力によってファラオをはじめ神や国家のような大勢で共有する虚構を創造してきたという。

 では、どうして虚構は受け入れられるのだろう。それは、私たちにとって神や国家は「共同主観的現実」という大勢のコミュニケーションをよりどころとする現実の一部だからだ。ある観念が共同主観的現実で織り上げられると意味のウェブが発生する。意味のウェブとは、「共通の想像の中にだけ存在する法律や様々な力、もの、場所」である。

 著者によると、例えば十字軍や社会主義革命や人権運動が組織されるのもこの意味のウェブが作用するためであるという。ある意味が人々の共通の価値観に浸透することで、虚構は現実となり、さらに周囲が信じることでその信念は一層強化される。こうして共有された意味のウェブが人々の紐帯(ちゅうたい)となり、大規模な協力ネットワークを支えているのだ。

 そして21世紀、人類に力を与えてきた虚構はかつてないほど強力な存在となり、全体主義的な宗教も生まれるという不吉な予見を残し、本書は下巻へと進む。川下の靄が消え去った時、あなたはどのような人類の姿を目にするだろうか。

情報工場 エディター 尾倉 怜

情報工場 エディター 尾倉 怜

東京都出身。慶應義塾大学文学部卒。様々な職業を経て、現在は建築や空間のデザイン・設計業務に従事する傍ら、執筆活動を行う。政治からスポーツまで幅広く関心を持ち、読書では、広範なジャンルの作品ひとつひとつと丁寧に向き合うことを、日々心掛けている。

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2018年10月のブックレビュー

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