2018年9月の『押さえておきたい良書』
一時期は連日お茶の間を沸かせたものの、今ではまったくメディアでその姿を見なくなった芸人たち。そんな彼らのことを「消えた」と表現したり、“一発屋芸人”と揶揄(やゆ)することが、往々にしてあるのではないだろうか。
だが、こうした一発屋芸人たちは、本当に消えてしまったのだろうか。いや、そうではない、と訴えかけるのが本書『一発屋芸人列伝』である。今この瞬間も、もがき、苦しみ、精いっぱいあがきながら生き続けている一発屋芸人にスポットを当て、彼らの栄光の“その後”を描き出している。そして本書の著者も、一発屋芸人の1人である。
著者は、約10年前に“旬”の時代を迎え、2008年の『紅白歌合戦』にも出演した、お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当、山田ルイ53世。本書は月刊誌「新潮45」に連載され、「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞した内容を書籍化したものだ。
テツandトモと、ハローケイスケの「今」
あの「なんでだろう♪」の流行から15年ほどたったテツandトモの2人は、実は今、年間180本の営業をこなし、「テレビに出る暇がない」ほどの“売れっ子”である。
彼らへのオファーがやまない理由は、老若男女問わずほのぼのとした気分にさせてくれる芸風はもとより、「なんでだろう♪」に、その土地土地に合わせて入念にアレンジした“特別なあるある”を盛り込むことにあるそうだ。
イベント開始前に必ず彼らは、主催者に控室へ来てもらい、仕事として正式に“取材”を行う。以前はネット情報で地元のあるあるネタを仕込んでいたが、現実とそぐわないことがままあったためだ。今では必ず複数の地元住民に話を聞き、あるあるネタの“裏どり”をすることで、市町村、果ては職場レベルのあるあるに肉迫しているのだという。
ハローケイスケは2004年の「エンタの神様」初登場以降、同番組に十数回出演し、“アンケートネタ”で注目を集めた芸人だ。だが、現在はテレビ出演はほぼなく、営業の仕事もないに等しいのだという。著者は、一発屋にさえ成り損ねた“0.5発屋”と称するが、ハロー自身は芸人を辞めようとは思わないのだという。
「しんどいけど、やっぱりお笑いが好き」と語るハローを、長年にわたって慕う弟子もいるそうだ。最近では、自前のユーチューブチャンネルを開設して動画を配信するなど意欲を見せながら、「還暦に売れること」を夢見ているという。
一発屋芸人たちの「ルネッサーンス!!」
著者の属する「髭男爵」はもともとトリオだったそうだ。名付け親でもある市井昌秀氏は早々にお笑いの世界から退き、今では映画監督として活躍している。著者の相方であるひぐち君こと樋口真一郎氏は、ワインエキスパートの資格を取ったという。著者はお笑いに真剣に向き合おうとしない相方に嘆きつつも、ようやく「髭男爵」というコンビ名に愛着を覚えてきたと語っている。現在、地方営業にいそしみ、さらには作家、コメンテーターなど、仕事の幅を広げて活躍中だ。
著者はある時、一人娘と映画『トイストーリー3』を鑑賞中、ふと物語に出てくるヒーローをはじめとした玩具と自分が重なったという。成長した持ち主から玩具箱へしまわれてしまった彼らの願い、「もっと自分たちで遊んでほしい……!」それは著者を含め、一発屋芸人の魂の叫びと寸分も変わらないのだ。
ブームが過ぎ去っても一発屋たちは消えてなどいない。皆、今を一生懸命に生きるヒーローなのだ。本書を締めくくる髭男爵の持ちギャグ「ルネッサーンス!!」という乾杯の発声は、文字通り、一発屋たちの「再生」の幕開けとなるに違いない。
情報工場 エディター 平山 真人
鹿児島県出身。演劇活動をしながら児童文学作家 山口理氏のもとで物語創作ならびに文章術を学ぶ。あるとき新聞連載の企業コラム執筆の機会を得たことから、本格的にライター業を開始。また多彩な職種経験(画家の助手など)で培ってきた広い視野を生かし、独自のカウンセリングサービスも行う。井上ひさし氏の言葉「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをゆかいに」が自らの信念。趣味は父の影響を受け、盆栽を少々。