2018年6月の『押さえておきたい良書』
2017年、第25代フランス共和国大統領に就任したエマニュエル・マクロン。閣僚になる前は投資銀行の銀行員だった彼は、39歳という史上最年少でフランス政権のトップを獲得した。若さ、整ったルックス、24歳年上の妻との生活など、異質なプロフィールを抱え突然現れたこの人物はいま世界からの注目を一身に浴びている。その素顔は謎に包まれ、多くの人にとって未知の存在ではないだろうか。
本書『エマニュエル・マクロン フランス大統領に上り詰めた完璧な青年』は、フランス「ル・フィガロ」紙のベテラン政治記者アンヌ・フルダによってマクロン自身や妻ブリジット、両親、友人そしてフランスの要人など関係者のインタビューで構成された1冊だ。
インタビュー相手の大半はマクロンを「誰に対しても親しみ深く接し、人を惹きつける力がある」「物事を総合的に見て分析する能力が高い」と評する。一方で、「本心を顔に出さない」「一貫性のある思想を持たない」と語る人物もいる。賛美、批判、嘲りの言葉が交錯する多様なインタビューを通じて、著者はマクロンの多面性を客観的に描いている。
したたかな処世術と政治戦略
学生時代からマクロンは年上の先輩に対し理想の対話者として振る舞う術を心得ていたという。彼らの目を見つめ、熱心に耳を傾け、相手の胸襟を開かせる。マクロンに利用され、“父子”のような信頼関係を結んだ人々の代表がオランド前大統領だ。オランドのお墨付きでマクロンは政界の扉を開いていく。
「エマニュエルは誰もが欲しがる理想の息子だ」
オランド前大統領の側近は、彼がこう口にするのを耳にしたという。オランドだけでなくロチルド銀行の副頭取アンロ、元実業家でメセナ活動家のエルマン、欧州復興銀行元総裁のアタリなどフランスの重鎮らがマクロンをパリの名士たちに売り込み、人脈づくりのサポートをしていった。本書によると、こうした優秀な人材を見つけ出して前面に押し出す、一種の師弟制度のようなものがフランスには存在するという。自分を売り込んでくれる「代父」というシステムによってマクロンはのし上がっていった、と著者は見なしている。しかし、当のマクロン本人は「システムの快適さを受け入れたことは一度もない」と主張しているそうだ。
現代のナポレオン・ボナパルト?
サルコジ、ヴァルス、オランドなど国をけん引する歴代の党首たちは、景気の低迷や相次ぐテロ事件を受けて、政治改革を試みるも失敗に終わった。彼らが国民から背を向かれたなか、頭角を現したこの若い大統領は、若さと情熱と自信にあふれている。その姿は旧体制を打ち倒したフランス革命後に登場したナポレオン・ボナパルトのようだという人もいる。
「共和国前進」という新しい政党を率い既存政党を瓦解させ、新しい政治の扉を開いたマクロン。約900名の議員を前に、大統領として彼が行った演説は、深刻な財政赤字など厳しい現実に直面しながらフランスをひとつにまとめ、力強い国づくりを目指すという意欲的なものだった。だが、その主張はオランドやサルコジといった前任者の批判と、具体性に欠けた、反論の余地のない理想論が並んでいた、と著者は指摘する。
マクロンの言動に対して、フランス国民の間から反発も出てきているようだ。逆風が吹き始めたいま、マクロンの変革は何を生み、どうフランスを変えていくのだろうか。いまこそ真価が問われるであろう彼の一挙一動から目が離せない。
情報工場 エディター 増岡 麻子
東京都出身。成蹊大学文学部卒。住居・建築・インテリア関連のイベント、コンサルティング事業を展開する複合施設に勤務。大学卒業後に取得した図書館司書資格を生かし、同施設内の建築系専門ライブラリーでレファレンスから企画運営までを担当する。
仕事柄、建築や住居のデザインへの関心が高く、休日はインテリアショップや書店巡りが日課。プライベートでは小説やエッセーをよく読む。遠藤周作、山本夏彦、カズオ・イシグロのファン。