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2018年5月の『視野を広げる必読書

『問題児 三木谷浩史の育ち方』

楽天トップの反骨精神を育てた「背中を見る」存在とは

『問題児 三木谷浩史の育ち方』
山川 健一 著
幻冬舎
2018/02 276p 1,500円(税別)

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規制や常識に挑み続ける楽天創業者・三木谷浩史氏

 2018年4月9日、総務省は、楽天を携帯電話事業者として認可した。これにより、NTTドコモ、KDDI(au)、ソフトバンクに続く「第4の携帯電話キャリア(MNO)」が誕生する運びとなった。

 ただし、この認可には「他の既存事業者のネットワークを利用する場合でも、自らネットワークを構築して事業展開を図るという原則に留意すること」といった異例の4条件が付された。そもそも楽天のMNO参入についてはその計画の実現可能性に首をかしげる専門家や関係者は少なくない。自前のインフラ構築が難しく、無謀な挑戦だというのだ。

 しかし、本書『問題児 三木谷浩史の育ち方』を読めば、楽天創業者で代表取締役会長兼社長の三木谷浩史氏が、単なる事業拡大を求めてMNO参入を決めたわけではないことが理解できるにちがいない。

 本書は、その三木谷浩史氏の評伝だ。国内最大級のネット通販モール「楽天市場」、そして多数の事業領域による巨大な「楽天経済圏」を築き上げた日本を代表する実業家の一人である三木谷氏が、いかにして育ったのか。本人や家族、関係者へのインタビューをもとにした本書のテーマは「教育」。両親、とくに父親との関わりを中心に書かれている。

 著者の山川健一氏は、東北芸術工科大学芸術学部文芸学科教授で学科長を務める。だが、おそらく1965年生まれの三木谷氏と同年代以上であれば、小説家としての顔の方が有名かもしれない。1977年の小説『鏡の中のガラスの船』(講談社文庫)は群像新人文学賞優秀作を受賞。ロックミュージシャン、ロック評論家としても活躍している。

 これまで世間の耳目を集めてきた楽天や三木谷氏の取り組みは、いずれも既存の規制や常識に挑むものだった。真っ先に思い浮かぶのは、2004年の東北楽天ゴールデンイーグルス設立によるプロ野球への参入だろう。常識はずれのゼロからの新規参入だったが、2013年にはリーグ優勝を果たし、さらに日本シリーズを制し日本一となった。

 また、2011年の経団連脱退と翌年の新経済連盟結成、2012年からの社内英語公用語化も記憶に新しい。さらに、三木谷氏といえば薬のネット販売規制との戦いを思い出す人も多いだろう。

 本書のインタビューで三木谷氏は「エネミー(敵)はビューロクラシー(官僚主義)」と考えていることを明言している。そんな反骨精神が、今回の携帯キャリア参入にも表れているのではないだろうか。料金面など消費者が不満に思う業界の慣行や常識に、堂々と挑戦状を叩きつけているように思えるからだ。

モンテッソーリ教育にも通じる「背中を見る」姿勢

 本書のタイトル通り、三木谷浩史氏は「問題児」だったようだ。

 一橋大学商学部を卒業し、日本興業銀行(現・みずほ銀行)に入行。同期の中で最速でハーバード大学に社費留学しMBAを取得、といった輝かしいキャリアと、問題児という形容は結びつかないかもしれない。ただ、小学校から大学まで、一貫して成績はひどかったそうだ。欠席や遅刻も多かった。

 中学生の時からたばこを吸い、競馬、パチンコ、マージャンに入れ込んでいたという。父親の財布から金をくすねたことも。だが、大きく道を外すことはなかった。それは父親が、常に彼の「背中を見ていた」からだった。

 三木谷浩史氏の父、故・三木谷良一氏は神戸大学名誉教授で、日本金融学会会長を務めたこともある著名な経済学者だ。楽天の創業者は、学者の家に育ったのである。ちなみに浩史氏には4歳上の姉と2歳上の兄がおり、姉は医師、兄は東京大学農学部を出て研究者になった。

 父親の良一氏は、浩史氏がいくら成績が悪くても、勉強をしなくても、品行不良であっても、一度も叱らなかったそうだ。母親もそうだった。だが、まったくの放任主義というわけではない。息子が道から外れそうになったり、相談を持ちかけられれば、的確にアドバイスを与えた。

 つまり、自由に、自主的に行動させるが、いつでも後ろから見守っている。危なそうなときには肩をたたいて声をかける。背中を見ていた、というのはそういうことだ。

 それでも道から外れてしまったらどうするか。浩史氏は、一度だけ、父親に短刀を手渡され、切腹を迫られたことを覚えている。何をしでかしたかは記憶にないそうだが、よほどの悪さをしたのだろう。

 浩史氏は小学校を卒業後、中高一貫全寮制の私立中学に入学したが、なじめずに中学2年の途中で退学している。悩んだ末に、辞めようと思っていることを父に打ち明けると、良一氏は10分後に学校の理事長に電話して「うちの息子、辞めるゆうてますから辞めさせますわー」と明るく宣言したという。息子が真剣に悩んだことを察していたのだろう。子どもの自主性を尊重していたことを象徴するエピソードだ。

 こうした三木谷親子のエピソードからは、「モンテッソーリ教育」を連想する。20世紀初めにイタリアの医師、マリア・モンテッソーリが考案した、主に幼児を対象とする教育メソッドだ。将棋の藤井聡太六段が幼少時に受けていたことで注目されている。その他にグーグル共同創業者のラリー・ペイジとセルゲイ・ブリン、フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグ、アマゾン創業者のジェフ・ベゾス、経営学者のピーター・ドラッカー、バラク・オバマ前米大統領、歌手のビヨンセといった、そうそうたる著名人たちがこのメソッドで育てられたそうだ。

 モンテッソーリ教育では、子どもの自主的、自律的な活動を重視する。教師はその活動のための環境(教具など)を用意し、活動を始めたらそれを見守る。助けが必要と思われるときのみ、そっと手助けをする。そうすることが、子どもたちの自立心や集中力、創造力を引き出すのに役立つのだという。

 三木谷浩史氏は、正規のモンテッソーリ教育を受けていたわけではない。しかし、父親が彼の「背中を見る」という接し方は、モンテッソーリ教育と似ている。ということは、浩史氏には、先に挙げた著名人たちと共通する資質が育っているのではないだろうか。

 親に背中を見守られて育った浩史氏が開設した楽天市場もまた、背中を見るシステムだと思う。楽天市場の出店者たちは自主性が尊重されている。運営する楽天は場を用意し、助けが必要なときにのみアドバイスをする。意識はしていないだろうが、浩史氏に染みついた親の教育方針が知らず知らずに表れているのだろう。

世界を変えるかもしれない父親譲りの“そもそも論”

 モンテッソーリ教育には、もう1つ重要な効果がある。それは「本質を問う」習慣が身につくことだ。

 モンテッソーリ教育では、実体験や感覚が重視される。たとえばりんごを理解するのに、その概念を学ぶのではなく、まず実物を見て、感触を確かめ、匂いを嗅いで、食べてみる。それらの体験や感覚によって、先入観にとらわれずにりんごの本質を理解できる。

 また、成長の段階に応じて生じる「これは何? なぜ、どうして?」という疑問を大切にするのだという。これは、本質を問うことにほかならない。

 三木谷良一氏の口ぐせは「そもそも、それは」だったそうだ。その言葉に続けて、さまざまな事柄の本質を語り始めたという。まだ子どもだった浩史氏に対しても、「なぜこうなるのか。なんでやと思う?」と本質への問いかけをすることが多かった。

 そんな対話をしながら育った浩史氏は、「ディスカッション楽天」の方針を掲げ、楽天の経営陣にも常に対話の姿勢を求めているのだそうだ。そこでは、父親譲りの“そもそも論”で話し合う。「そもそもこの仕事はなんのためにするのか」といった具合に。

 そもそも論は、三木谷浩史氏の行動原則でもある。彼は、本書のインタビューで、こんなことも言っている。「そもそも国って何だっけ」

 そう、彼は国家の定義、国の本質まで問うているのだ。国ではなく「地域」で考える。地域として発展させるには、日本人のアイデンティティーを民族に求めるのではなく、「日本のことが好きだ」「日本の社会の文化的な要素が好きだ」という想いや考えだけでいいのではないか。そんな少々ラジカルな考えも持っている。

 このそもそも論で本質を問う習慣こそが、三木谷浩史氏の反骨精神の源なのだろう。そして、いうまでもなくそれは父親の彼への接し方によって育まれたものだ。

 三木谷浩史氏のそもそも論は、少しずつ日本の社会を、そして世界を変えていく可能性がある。

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。出版社にて大学受験雑誌および書籍の編集に従事した後、広告代理店にて高等教育専門誌編集長に就任。2007年、創業間もない情報工場に参画。以来チーフエディターとしてSERENDIP、ひらめきブックレビューなどほぼすべての提供コンテンツの制作・編集に携わる。インディーズを中心とする音楽マニアでもあり、多忙の合間をぬって各地のライブハウスに出没。猫一匹とともに暮らす。

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