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2018年4月の『視野を広げる必読書

『次の震災について本当のことを話してみよう。』

国民の半数が被災者になるかもしれない巨大地震に備え
私たちは何をすべきなのか

『次の震災について本当のことを話してみよう。』
福和 伸夫 著
時事通信出版局
2017/11 280p 1,500円(税別)

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映画『シン・ゴジラ』から読み取れる「次の震災」への備え

 2016年7月に公開され大ヒットとなった映画『シン・ゴジラ』(庵野秀明総監督)。地上波放送もされたのでご覧になった方も多いだろう。謎の巨大生物・ゴジラの襲来に立ち向かう人々を描いた、怪獣映画というより、どちらかというとパニック映画である。また、この映画は、2011年の東日本大震災や福島原発事故への政府の対応などを彷彿(ほうふつ)させるため、「防災映画」あるいは「災害対策シミュレーション映画」といった側面も有しているといわれている。

 畳みかけるような緊迫したストーリーや、アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』シリーズを手がけた庵野総監督ならではのディテールへのこだわりなども魅力なのだが、何といってもこの作品を特徴づけているのは「緊急時の人間行動」のリアルな描写だろう。

 とりわけ印象に残るのは、政府や官僚たちが責任をなすりつけ合う、縦割り行政の弊害ともいえる場面だ。3.11の時に実際にどうだったかは知る由もないが、いろいろなところで、防災の専門家などからの「現実もあの通りだった」といった発言を見かける。

 本書『次の震災について本当のことを話してみよう。』のなかにも、著者が親しい気象庁の防災担当者に勧められて同作品を鑑賞した時のことが書かれている。そこにもやはり、「首相官邸や霞が関の様子が、3.11のときに聞いていた話そのものだった」といった趣旨の記述がある。著者の福和伸夫氏は名古屋大学教授で、同大学減災連携研究センター長、あいち・なごや強靭化共創センター長、日本地震工学会会長など防災関係の数々のポストを兼任する地震と耐震工学、地域防災の専門家である。そんな著者が「そのもの」と言うからには、シン・ゴジラで描かれたシーンは、限りなくホンモノに近いものだったと思われる。

 3.11から7年が経過した。たった7年である。多くの人の脳裏には、あの時の衝撃がまざまざと残っていることだろう。被災地の方々は言うまでもないが、たくさんの人々が津波の映像などを見て、驚きと恐怖、そして悲しみを共有したはずだ。

 私たちは復興に力を注ぐのはもちろんだが、3.11を教訓に「次の震災」に備えることを真剣に考えなければならない。本書はその助けになる1冊だ。

 その、書名にも入っている次の震災とは何か。すぐに答えられた人は、防災感覚に優れていよう。答えは「南海トラフ大地震」だ。

 本書で著者は「この地震は『いつか来るかもしれない』のではなく、『必ず来る』のです」と断言している。内閣府の想定では、最悪の場合は、震度7の揺れが東海地方から四国、九州まで10県153市町村におよび、「国民の半数」が被害者になるとされている。死者は最悪で32万3000人。これは関連死を含まないので、実際にはもっと膨れ上がる可能性が高い。

 もう一度強調しておこう。国民の半数が被災者になるのである。1995年の阪神大震災でも、東日本大震災でも日本の人口の約5%が被害に遭った。もちろんそれでも極めて甚大な被害であり、数字で比べられるものでもない。それでも背筋が凍る思いがするのは私だけではないだろう。

 一方で、3.11を経験した大半の日本人がこう思っているのではないだろうか。「あんな思いは二度としたくない」。だからこそ、一人ひとりが防災について真剣に考え、具体的な対策に本腰を入れる必要がある。

「杞憂」と笑えない著者の徹底した警戒ぶり

 名古屋大学に勤務する著者は、週2日ぐらいのペースで東京や関西方面への出張があるそうだ。東京方面に向かうときには新幹線を利用するのだが、そのたびにビクビクするのだという。南海トラフ大地震をはじめとする直下型地震を警戒してのことだ。

 名古屋駅付近は地盤が軟らかいので揺れが激しいことが予想される。なので、著者は出発ギリギリに駅に着くようにしている。新幹線の座席は、先頭車両と末尾の車両は選ばない。脱線した時の死亡率が高いからだ。

 乗車中も、活断層にあたる場所や、津波の心配のある海辺を通過するときには身構える。そして降車駅は東京駅ではなく品川駅を選択。なぜなら東京駅周辺の地盤は軟弱で、倒壊の恐れのある高層ビルが乱立し、あまりにも人が多いからだ。品川駅ならば比較的人が少なく、すぐに高台の高輪方面に避難できる。

 また、著者は本書の執筆の件で版元の出版社を訪問した時に「家具の転倒防止ができていない」ことに腹を立て、「そんな会社から本は出せない」と言ったそうだ。すると社長が「すぐやります!」と約束してくれ、無事に出版に至った経緯があるという。

 ここまでの徹底ぶりを「杞憂(きゆう)だ」と笑えるだろうか。笑ってしまうという人は、本書をじっくり読むべきだろう。きっと笑えなくなる。

 ここまで警戒する必要はないかもしれない。それでも、たとえば通勤通学や移動の際に、一度防災を意識してみることを勧めたい。大地震が起こったときのことを想像してみるのだ。「ここは埋め立て地なので揺れが激しそうだ」「目の前の高層ビルが倒壊したらどうなるだろう」「津波はここまで来るだろうか」などと。もしくは、避難ルートをシミュレートしてみるのもいいだろう。

 もちろん常に行う必要はないが、気がついたときだけでもやるようにすると、次第に防災意識が高まっていくのではないか。

便利なネットワークには落とし穴が

 冒頭に、映画『シン・ゴジラ』に、縦割り行政の弊害が描かれていると指摘した。確かに、縦割りのシステムだと無駄が多く、スピーディーな対応が難しくなるに違いない。だが、本書を読むと、各種インフラの「ネットワーク」も防災や被害対応への弊害になりうることがわかる。

 水道や電気・ガス、燃料、道路や鉄道、インターネットや携帯電話などのインフラには、それぞれにネットワークがあり、国土の隅々にまで行き渡っている。そして、そのネットワーク同士も、お互いに関係している。たとえば現代の都市部では、水は電気や燃料がないと送ることができないし、電気は水と燃料がなければ作られない。昔の日本社会では、都市部でも井戸があったりして、自給自足が可能だったが、今は水ひとつとっても水道網というネットワークがなければ確保できないこともある。だから、地震でどこかのインフラが機能しなくなると、他のインフラにも影響してしまう。

 それから著者は、致命的なのは物流の現状だとも指摘している。よく知られるように、今の日本の物流業界は、ネット通販の利用者増大により荷物があふれているにもかかわらず、トラック運転手の慢性的な人手不足に悩んでいる。こんな現状のまま、国民の半数が被害を受けるほどの巨大地震が発生したらどうなるだろう。

 たとえ道路の被害が最小限に食い止められたとしても、トラック運転手がいなければ、生きるのに必要な水や燃料、食料の輸送ができなくなる。おまけに著者は、トラックターミナルの多くが地価が安い浸水危険度の高い土地にあることも危険視している。

 さまざまなネットワークが張り巡らされることで、私たちの生活は便利に、ビジネスも効率的に進められるようになった。近年ではIoT(モノのインターネット)技術も進化しつつあり、これからあらゆるものがつながる世の中になるのだろう。しかしながら、便利さや効率性の代償に「安全性」を失っているのだとしたら、社会システムのあり方について考えてみる必要があるのかもしれない。

 京都大学デザイン学ユニット特定教授の川上浩司氏は、「不便益」の研究を進めている。「不便だからこそ得られる効用」について考察するというものだ。たとえば、少し前の自動車のロックは物理的な鍵を「挿してネジる式」になっていることが多い。この方式は、リモコン式よりも「不便」であるのは間違いない。しかし、自分の手を使って挿してネジることで、「確かにロックした」という安心感が得られる。

 災害に強い社会システムだけでなく、日常のちょっとした習慣などでも、不便益を意識し、あえて無駄なもの、非効率なものを残しておく工夫をしてみるとよいかもしれない。社会や人々の意識に、非常時に必要となる「ゆとり」を残しておくことは、実は人命に関わる重要なポイントともいえるのだ。

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。出版社にて大学受験雑誌および書籍の編集に従事した後、広告代理店にて高等教育専門誌編集長に就任。2007年、創業間もない情報工場に参画。以来チーフエディターとしてSERENDIP、ひらめきブックレビューなどほぼすべての提供コンテンツの制作・編集に携わる。インディーズを中心とする音楽マニアでもあり、多忙の合間をぬって各地のライブハウスに出没。猫一匹とともに暮らす。

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2018年4月のブックレビュー

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