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今月の特選

危機と人類(上)

『危機と人類(上)』

  • ジャレド・ダイアモンド 著 小川 敏子/川上 純子 訳
  • 日本経済新聞出版社
  • 2019/10 280p 1,980円(税込)

生き延びるための選択的変化 明治日本から学ぶ

 誰しも一度は、“人生のピンチ”なるものを経験したことがあるだろう。失恋や親しい人との死別、学業や仕事での挫折……事情はさまざまだろうが、その時、どう乗り越えてきただろうか。そんなプライベートな記憶とともに、本書『危機と人類』を開いてほしい。

 本書のテーマは、国家の危機。それが起こる前と後では全てが変わってしまう転換点に直面した7つの国の、近現代の事例を取り上げ、どのように乗り越えてきたかを読み解いている。ユニークなのは「個人的危機」の観点から、「国家的危機」を理解しようとしていることだ。個人の危機と、国家の危機には、実は乗り越え方にかなりの類似点がある。

 著者のジャレド・ダイアモンド氏は『銃・病原菌・鉄』『文明崩壊』など多数の著作があるカリフォルニア大学ロサンゼルス校地理学教授。本書で取り上げられている7つの国(フィンランド、日本、チリ、インドネシア、ドイツ、オーストラリア、アメリカ)は、いずれも注目すべき危機を体験しており、かつ、著者が滞在したり馴染みがある国だという。

変えるべきものと守るべきものを線引きする

 個人的危機への療法として「囲いをつくる」というものがあるそうだ。今の自分の中で、うまくいっていて保持すべき部分と、変えるべきところを区別する。この作業により、新しい状況に対応する「選択的変化」が可能になる。

 国家に目を向けると、この囲いづくりと選択的変化が非常にうまくいった例が明治期の日本だ。1853年の黒船来航から始まる数十年間で、日本は意図的で大々的な変革を行った。西洋列強から不平等条約を強いられていた日本は、国力増強のために、西洋から政治・社会制度を借用することを選んだのだ。例えば軍隊の近代化にはドイツやイギリスを手本にし、民法典はフランスとドイツ、学校制度はアメリカやドイツなどをモデルに構築した。

 経済、軍事、社会生活の大部分で西洋式を導入したが、日本は「西洋化」を目指したのではない、と著者は指摘している。儒教的道徳観や神道、天皇への崇敬、日本語の書字体系など、日本の伝統的な特徴は残されたからだ。文字についてはローマ字を採用しようという案もあったが却下されたそうだ。日本は残すべきものの「囲い」を明確に引いていた。

 この囲い、つまり線引きは、莫大な危機から解決すべき問題点を切り出しているのだと言えるだろう。そしてこの線引きのために、試行錯誤と微調整、広い視野での情報収集が欠かせないことも分かる。明治政府の幹部の多くは、海外を回って直接知見を得ていたのだから。

 本書では国家的危機の乗り越え方に関わるとして他にも11の要因を挙げている。そのうちの大半が、個人的危機の対処にも類似する考え方だ。例えば問題を抱えた個人は自分の強みと弱みを「公正に評価する」のが重要だが、国家も同様だ、というように。

 個人と国家の違いを超えて類似する危機への対処法は、現代の私たちに共感と、大きな示唆を与えてくれる(なお、現代日本が抱える危機については下巻に詳説されている)。

危機と人類(上)

『危機と人類(上)』

  • ジャレド・ダイアモンド 著 小川 敏子/川上 純子 訳
  • 日本経済新聞出版社
  • 2019/10 280p 1,980円(税込)
安藤 奈々

情報工場 エディター 安藤 奈々

情報工場エディター。8万人超のビジネスパーソンに良質な「ひらめき」を提供する書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」編集部のエディター。早大卒。

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