2019年の令和元年東日本台風(台風第19号)による大雨で河川が氾濫するなどし、甚大な被害に遭った長野県佐久地域。長野県は前年に「まちづくり支援に係る包括連携に関する協定」を締結していた縁もあり、独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)に支援を要請。UR都市機構は東日本大震災などの復興支援経験を生かし、「マネジメント」に特化した支援を長野県とともに構築した。マネジメントによる支援とは具体的にどのようなカタチなのか、その有効性は。キャスター榎戸教子氏が訪ねた。

佐久地域での災害復旧マネジメントとは

長野県佐久地域(2市5町4村)にて、長野県佐久建設事務所をはじめ広範囲におよぶ発注者間や多種多様な復旧工事間の横断的な調整を行う業務。膨大な数の災害復旧工事の効率的・効果的な推進および早期完了を目的に長野県佐久建設事務所、UR都市機構と長野県建設技術センターの3者で構成した「佐久地域災害復旧支援チーム」によって取り組んでいる。

インタビュー

長野県佐久建設事務所 災害復旧課 企画幹兼課長 井出圭一氏、UR都市機構 本社 都市再生部 全国まちづくり支援室(兼)技術・コスト管理部 建設マネジメント室 川口喜史氏、キャスター 榎戸教子氏

佐久地域の災害復旧支援の指揮をとっている長野県佐久建設事務所。UR都市機構は県からの支援要員派遣要請に対し、マネジメントについて提案を行った。内容を詰めた上で2019年11月にマネジメント業務支援の方向性が合意に至ると、12月には先遣要員を派遣し、2020年度から災害復旧工事のマネジメントに取り組んでいる。それから約1年を経た12月某日、長野県佐久建設事務所にて話を聞いた。

佐久地域に長野県全体の約半分に当たる被害が集中
広域で多種多様な災害復旧工事をマネジメント

榎戸 最初に、令和元年東日本台風での被害状況を伺います。河川の堤防が決壊するなどして甚大な被害が出ましたが、佐久はもともと水害が多い地域だったのでしょうか。

井出 佐久は長野県内の東側に位置し、群馬県と埼玉県と山梨県と県境を接しています。佐久管内には11市町村あり、南北に伸びた地域です。しかし、佐久はもともとそんなに雨が降るところではなく、これほどの水害が発生したことはありません。台風第19号では、さまざまな観測地点で観測開始以来最大の記録的な大雨が降りました。特に群馬県との県境につきましては、1日に500ミリを超える降雨があり大きな被害が出ました。規模としては、住宅被害は全壊が33戸、半壊が206戸、床上床下浸水を合わせて1200戸以上の被害が発生。また、道路・河川といった公共土木施設の被害は684箇所と県内10地域で最も多く、復旧に要する費用の査定が約232億円と県全体の被害総額の46%が佐久地域に集中しました。

榎戸 長く長野を見てこられた井出さんにとっても、初めて経験される事態だったのですね。

井出 1990年4月に土木の技術職として長野県に入庁しまして、それから30年以上勤務しています。出身が千曲川の上流の村ですので、地元の被害状況とともに、これから長野県佐久建設事務所の人員だけでどうやって復旧すればいいのだろうと、案じずにはいられない状況でした。

榎戸 これまでにはなかった災害復旧の手法を取ったとお聞きしています。佐久地域の災害復旧工事のマネジメントについて教えてください。

井出 今回は公共土木施設のほかに農政施設(主に農地・農業用施設)なども合わせると2000箇所以上の復旧工事が必要でしたので、こういった調整を個々にするのではなく、地域全体として一体的に復旧が進むようにマネジメントをしていこうという体制が、今までとの違いになるかと思います。

川口 佐久地域全体から広域に災害復旧工事に関するいろんな情報を集める必要があり、マネジメントの手段としていくつかの会議体を運用しています。県や国交省千曲川河川事務所をはじめ、市町村など発注者である19団体28部署からなる「発注者調整会議」では、課題調整が大切である一方で、佐久地域全体の情報を俯瞰(ふかん)して共有することも重要なテーマになっています。結果として、各自治体での計画に活用できているというお声をいただいています。また、総勢120社以上にのぼる施工業者が、佐久地域を13ブロックに分けて開催する「工事連絡調整会議」では、今月はどの工事をどこまで進めるのかを確認したり、安全対策の情報を共有したり、まさに現場で起きている生の課題を出し合い、すり合わせています。あとは施工の前段階として大量の資材(生コンクリートやコンクリート2次製品)がきちんと調達できるかを関係事業組合とも一緒に検討・準備していく「施工確保対策連絡協議会」があり、このような会議を定期的に開催しています。マネジメント支援は、具体的には日々動いていく状況の伝達手段としての会議体の運営ということになります。

長野県佐久地域における会議体と災害復旧マネジメントの関係図

イメージ図

榎戸 やはりこれだけ災害規模が大きいと、全体を見わたす目が必要だったということですね。UR都市機構との調整の中では、どのようなことを感じられましたでしょうか。

井出 都市計画を担当した経験もありましたので、UR都市機構と聞くと都市計画や都市再生などまちづくりの専門の方々だと思っていました。なので、災害復旧に携わられているということが最初は意外でしたが、佐久地域全体で関係部局を超え一体で推進していくためには、UR都市機構の総合的な災害復旧工事のマネジメント支援が助けになりました。特に、細やかな情報収集は、私たちだけではできなかったと感じています。また、その情報収集をもとに、地域住民の方々に災害復旧の状況をお知らせするという部分でも、よくまとめていただいて効果的な広報ができてきていると思います(長野県佐久建設事務所ウェブサイト内「令和元年東日本台風(台風第19号)の災害復旧に向けた取組み」)。

井出圭一氏
UR都市機構の細かな情報収集が大きな助けになりました

リーダーシップを発揮する県の指揮のもと
災害復旧支援チームを結成

榎戸 一方で、今回の災害復旧工事のマネジメント支援による災害復旧の体制づくりに当たっては、長野県側の強いリーダーシップが大きな支えになったと聞いています。

川口 災害復旧工事に対する設計・積算の特例設定や復旧・復興JV制度の導入など、早期復旧につながる策を長野県がすでに準備していたことが、施工会社が確実に集まる実効性のある速やかな支援につながったと感じています。それを踏まえて、長野県佐久建設事務所、市町村の災害復旧工事管理を担う長野県建設技術センター、UR都市機構の3者による佐久地域災害復旧支援チームが結成されることとなりました。

榎戸 チームを結成しマネジメント支援を行っていくに当たって、県のどのような動きが助けになりましたでしょうか。

川口 長野県佐久建設事務所の皆さんはこの地域に根づいて、日ごろから市町村や地元の方々、各方面の関係者と関係性を築かれています。2020年度初めに、まずは情報を集めて全災害復旧工事の状況を見える化しようと計画を立てましたが、UR都市機構単独ではできないところをいろいろご協力いただいたことで、一つずつ課題を解決して進めてこられたと感じております。結果、第3四半期に入って災害復旧工事が全盛になりました。

榎戸 2019年11月に先遣派遣としてUR職員が入り、その後今年度には、佐久地域における復旧の円滑な推進のため、長野県としてUR都市機構に災害復旧工事のマネジメント業務を発注されましたが、UR都市機構と調整・検討されてきた内容やプランについて、どのように感じていますか。

井出 やはり、市町村には職員が潤沢にいるわけではありませんし、土木の専門技術が十二分にあるわけではないので、業務発注にしても何にしても、UR都市機構の支援を受けられるのは非常に頼りがいがあると思います。県もバックアップしますが、発災時には自らの管理する多数の施設で手いっぱいという状況にもなりますので、お手伝いいただけることは非常に助かりますね。

榎戸教子氏
現場ではまだたくさんの方が闘っていらっしゃることを実感しました

通常3年かかる災害復旧工事を少しでも前倒しに
一方で安心して住み続けられるより良い復旧を

榎戸 今日、数箇所の河川の工事状況を見せていただきました。これだけ多くの被災箇所を同時進行している状況ですが、今現在の災害復旧工事の進捗はいかがでしょうか。

井出 県管理の公共土木施設の被害は457箇所あったのですが、それらの工事はまとめて発注することで136件となっています。2020年11月末現在で122箇所、工事件数としては53件が完了しています。それ以外に、土砂流出があった場所については砂防の堰堤(えんてい)をつくる工事を8箇所で進めております。また千曲川に関しましては被害が約50箇所あったのですが、その規模の大きいところは国が権限代行しているところが10箇所ほどあり、そちらも順次整備してもらっているところです。

榎戸 予定通り進んでいるということでしょうか。

井出 地域の皆さんには「ご自分のまわりの地区についても復旧をいち早く進めてほしい」という思いもある中ではありますが、今のところ順調に進んでいると考えています。業者数や作業員数も限られていたり、また資材確保の都合もあったりという状況ではあるものの、毎月順調に完了箇所が増えています。11月以降の冬季は渇水期で、工事をより進められる時期になりましたので、皆さんさらに頑張っていただいていると思います。2021年の夏ごろまでには、応急復旧には概ねめどが立っているのではないかと考えております。

榎戸 復旧に当たって、特に県として重視されているポイントは何ですか。

井出 やはり早期の復旧です。災害復旧は3年程度でというのが通常なのですが、できるだけ前倒したいと思っています。例えば、通常は災害査定が終わってから入札となりますが、いち早く工事に取り掛かれるよう「応急復旧」を101箇所に適用し、工事が早めに完了してきています。しかしインフラの復旧の課題として「Build Back Better(より良い復旧)」ということもあります。単純な災害復旧では制度上、壊れたところを「原形復旧」することしかできません。しかし今回、佐久管内では河道を広げたり、河床低下に対応する構造物を入れたり、堤防の高さを従前より高くしたりといった「改良復旧」という制度を10箇所で取り入れました。それが従前より強固なまちの基盤となりますが、用地買収などにより住民の方々に協力を求めなければならないので、どうしても時間はかかります。

榎戸 昨今の自然災害は、以前にも増して厳しくなっている印象があります。今回の復旧工事によって、以前より強いまちになるということですね。来夏には改良復旧以外は復旧するめどが立っているというお話しでしたが、もしこのマネジメント支援がなかったら復旧事業はどう変わってきそうでしょうか。

井出 どうしても、それぞれの機関が管理する道路や河川、農業施設などの復旧だけにとらわれてしまうのではないかなと思います。地域全体の復旧事業で、どれだけのブロックや生コンクリートといった資材が必要になるのかといった部分などが、マネジメント業務によって見えてきました。さらに、それに向かっての対応策も、長野県佐久建設事務所だけではなく、県庁も含めて取り組みながら進めていけていると感じています。

川口 UR都市機構に対しては、長野県佐久建設事務所の中で一緒に業務ができる環境をつくっていただきました。そこでコミュニケーションを密に取りつつ、佐久地域全体のマネジメントに取り組むことができています。この点がいろいろな面で肝になっていると思っています。この環境がなければ、その時々の状況に応じて円滑に災害復旧を進めていくことは難しかったでしょう。

川口喜史氏
困難な課題にも皆で「同じ山を登ろう!」という一体感ができた

榎戸 佐久地域の災害復旧工事のマネジメント業務において、UR都市機構ならではのノウハウはどのように生かされていますか。

川口 正直なところ、これだけ同時多発的に発生した河川流域型洪水の災害の復旧に携わるのは、UR都市機構にとっては初めての経験でした。復旧箇所が非常に多く、また復旧に当たって調整が必要となる関係者が本当に多く、それぞれお立場やご事情をお持ちです。それでも、復旧という一つのゴールに向かって課題にどう取り組んでいくのかという合意形成のための場づくりなどは、UR都市機構のさまざまな事業で培ったコアな部分があります。これが佐久地域の取り組みでも、礎になっていると感じています。

榎戸 災害復旧工事の推進を通じて、今後、災害復旧工事のマネジメント業務の有効性というのをどのように感じていますか。

井出 今回の佐久地域の災害では、大規模な仮設住宅や公営住宅の建築をしなければならないということはありませんでした。しかし、住宅整備などの対応が必要な大規模災害ほど、非常に有効なのではないかと感じています。気候変動によっていつどこで大規模災害が起きるかが分からない中で、この佐久地域の取り組みを成果として、今後活用していただくことができれば非常に意義があることだと思います。

榎戸 今回の佐久地域災害復旧工事のマネジメントの経験から、今後どのような可能性があると思いますでしょうか。

川口 今回、長野県佐久建設事務所と我々UR都市機構、さらに長野県建設技術センターと災害復旧支援チームを組むことで、三者三様それぞれの経験や強みを持ち寄って、俯瞰して多面的に状況を把握したり、課題へのきめ細やかな検討や対応をいろいろ見届けたりすることができました。この取り組みを一つのケースとして検証することで、今後さまざまなカタチに応用できていくのではないかと、現在携わりながら今後に向けてと思っているところです。

写真

リポート

インタビューに先駆け、河川の護岸復旧現場を視察。渇水期での河川では、まさに工事が佳境を迎えていた。復旧工事は河川、橋梁、道路など公共土木施設のほか、農地、農業用施設、林道など2000箇所にわたる。これらの工事を円滑化するためにマネジメント業務はある。

写真

湯川

長野県の東部に位置する佐久地域は、約1500平方キロメートルと県総面積の12%を占める。南北に千曲川が流れ、その両岸に支川が網の目のように流れる。湯川もそうした支川の一つで、このような中小河川で大きな被害が発生した。川がカーブする箇所では流れが速くなる外側の川底が削られ、ブロックが設置されていた護岸が崩れてしまった。

写真
写真

志賀川 下宿 案坂橋

ここも被害の大きかった支川の一つ。川に架かる橋を挟んで上流側はまだ工事途中で、護岸を造るための基礎や斜面を形成しているところ。渇水期に水路を川の真ん中に寄せ、作業スペースを確保している。橋から下流側は、先行して護岸復旧を終えている。

写真
写真 写真

※このアンケートはUR都市再生機構が、本サイトの感想やご覧いただいた皆様の関心を伺うために実施します。
※ご回答いただいた項目以外に、個人情報を取得することはありません。

ページ上部へ