UPDATE:2020.10.02(Fri.)
10月4日の「証券投資の日」にちなみ、大相撲の荒磯親方(第七十二代横綱稀勢の里)と日本証券業協会の鈴木茂晴会長が、相撲と投資の共通点や、人生100年時代を見据えた長期視点の資産形成などをテーマに対談した。司会は日本経済新聞社の鈴木亮編集委員。
荒磯親方は株式投資をされているそうですね。どんなきっかけで始めたのですか?
荒磯親方現役時代、ある企業の経営幹部の方に熱心に応援していただきました。その企業を株主として応援させていただこうと思ったのが投資を始めたきっかけです。
鈴木会長株式投資の基本スタンスがまさにそれ。親方の考え方は正しいと思います。会社を応援するために投資して、その会社が上手くいったら配当などのリターンを得る。「会社とともに」の姿勢で、投資先が成長して大きくなるのが楽しみ、というのが本質です。
角界では資産形成に取り組む力士が多いですか?
荒磯親方昔の力士はお金を浪費する豪快なイメージでしたが、最近ではしっかり貯金している日本人力士も多いです。モンゴル出身力士たちは投資に積極的です。現役時代にモンゴル巡業でタクシーに乗った際、「ここが(元横綱の)朝青龍関のビル」「こちらは白鵬関のビルだよ」と教えられたのが強く印象に残っています。元横綱の日馬富士は引退してすぐモンゴルに日本流の学校を作りました。
鈴木会長プロスポーツで沢山稼げる期間は短いですよね。人生100年と言われる時代ですから、将来に向けた準備が非常に重要です。稼いだお金をすべてそのままにしておくのは間違いだと思います。現金も必要ですが、株式や債券といった有価証券、不動産などへの投資も組み合わせて、バランスを取ることが大切です。
相撲界では昔から「土俵にはお金が埋まっている」と言われてきましたね。
荒磯親方最近の若手力士はお金に対する欲が薄く、知識も乏しいという印象です。先日、若手力士に「十両から落ちると最低2カ月は番付が上がらない。それによって失う2カ月分の給与はいくらか。積み重なると生涯年収ベースでどれだけ減るのか」と具体的な金額を交えて話をしたら、とても驚いていました。お金に関する教育が必要だと思います。
鈴木会長国もいろんな支援制度を作っています。例えば「つみたてNISA」は年間最大40万円、最長20年間の投資について利益や配当に税金が掛かりません。ずっと同じ額を積み立てる「ドルコスト平均法」という手法は、長期的に高いパフォーマンスを発揮する可能性が高いとされています。毎月1000円ずつでも積み立てができます。ぜひ親方の部屋の力士全員にやってもらいたいです。
荒磯親方少額でも投資を始めれば、世の中のニュースに興味を持つようになりますからね。私も現役時代から色んなことに関心を抱いていましたが、投資を始めてからは以前にも増して熱心にニュースを見たり読んだりするようになりました。
ご自分の部屋を持つためには資金が必要ですね。
荒磯親方資金があれば充実した施設で稽古の環境が整い、勝利につながります。部屋の経営者として、いい部屋を作っていきたいです。
先輩経営者として親方にアドバイスはありますか。
鈴木会長全員の目的意識や信条が一致している組織は強いです。企業も相撲部屋も同じでしょう。親方が常にこうあるべきだと呼びかけ続けることが欠かせません。
親方は今、大学院で勉強されているそうですね。
荒磯親方早稲田大学大学院のスポーツ科学研究科で学んでいます。同期の企業経営者の皆さんから「複合施設の中に部屋を設けたらどうか」といった、相撲界の慣習にとわられない刺激的なアイデアをもらっています。今までにない部屋をつくりたいので、まずは一生懸命勉強して、部屋の理念を築きたいと考えています。
鈴木会長大事なのは理念を常に言い続けることです。経営者が言い続けないと浸透しません。理念を作るだけでは魂は入りません。
荒磯親方先代鳴戸親方(元横綱隆の里)のことを思い出しました。入門した15歳の時から同じ話を1000回も2000回も聞かされました。何度も繰り返し言われれば身体に染み付きます。横綱になって「親方が言っていたことの意味はこういうことだったのか」と理解したこともあります。
親方にとっての勝負勘とは。
荒磯親方私の勝負勘は「準備」に尽きます。考え過ぎるくらい考え抜いて、しっかり準備した上で、戦う時の直感やひらめきが生まれてきます。
鈴木会長投資も準備が欠かせません。投資先の会社を研究し、自分の資力も考える。まさに孫子の「彼を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず」ですね。長期的な視点で考えることも欠かせません。
荒磯親方「己を知る」ことは難しいです。あまりに考え過ぎると「自分の強みは何だろう」と分からなくなってしまう瞬間がありますが、その山を乗り越える時にものすごい力が出てきます。この関門を突破しないと大関や横綱にはなれません。
現役時代は取組に向けてどのような準備をしていたのですか。
荒磯親方作戦を考えるため、対戦相手の直近6場所の取組や場所前の稽古、発言の内容などを徹底的に分析していました。例えば先場所に自分と戦った相手が取組後のインタビューで何を語っていたか。「こう攻められたら嫌なんだな」と分かります。私が「アナウンサー泣かせ」で現役中にあまり言葉を発しなかったのは、相手にスキを与えたくなかったからです。引退後はアナウンサーの皆さんに謝っています。
鈴木会長そこまで緻密に作戦を立てていたんですね。稀勢の里として戦っていた時のイメージとはまったく違いますね。驚きました。
鈴木会長から先ほど長期投資の重要性についてお話がありましたが、相撲部屋の経営はどのようなスパンで考えていますか。
荒磯親方「3年先の稽古」という言葉が象徴するように、力士はいきなり強くなるわけではありません。力士が強くなれば資金が貯まります。弟子の育成、資金面のいずれも長期的な視点で考えなくてはならないと思います。中卒の弟子を横綱、大関に育てるのが目標です。
鈴木会長証券投資も長期でコツコツと続けることが重要です。相撲部屋の経営に近いものがありますね。人材を育てるのは経営者の醍醐味でもあります。
荒磯親方これからの相撲部屋は、力士が何を考えているのか自分の言葉で語らせることが必要なのではないかと思います。考えさせる癖をつけて、脳をトレーニングする狙いです。
鈴木会長心がポジティブになるような話し合いになるといいですね。証券投資というと「金儲け」というイメージがありますが、国民の金融資産約1900兆円のうち株式などの有価証券は15%もありません。少額の積み立て投資を通じて成功体験を味わってもらい、投資の必要性を認識してもらおうと我々は一生懸命取り組んでいます。多くの国民の皆さんに投資をしてもらいたいと願っています。
構成=日本経済新聞社 コンテンツユニット企画開発室 稲葉俊亮