日本通運 未来を運べVOL.1「医薬品」

医薬品流通における
オープンなデジタルプラットフォームを築く

医薬品流通におけるオープンなデジタルプラットフォームを築く

医薬品流通におけるオープンなデジタルプラットフォームを築く

新型コロナウイルスが世界を一変させた今、社会インフラとしての物流の重要性を改めて実感している人も多いだろう。日本通運も、アジア最大手、世界でも有数のグローバル物流企業として重責を担っている。シリーズ企画「日本通運 ― 未来を運べ」では、同社の取り組みを産業分野ごとに紹介する。VOL.1は医薬品。新型コロナウイルス感染症の治療薬やワクチンはもちろん、有効な医薬品が創出されても、適正な状態で必要とする人に届かなければ役に立たない。日本通運が進める医薬品のデジタルプラットフォームの現状と将来像、同社の狙いなどを紹介する。

迫られるGDP対応
輸送・保管時の品質管理、
偽造・盗難対策

 世界の医薬品市場は2014~18年の5年間で年平均6.3%の成長率を遂げ、2018年の世界市場規模は約100兆円に上る。19~23年も同3~6%で推移するとみられている。日本市場は成長が鈍化しているとはいえ、市場規模は約10兆円で世界3位。「スペシャリティー」と呼ばれる希少疾病薬、バイオ医薬品、高額医薬品、再生医療製品などの割合が増えているのが大きな特徴だ。

 スペシャリティー医薬品は製造段階だけではなく、輸送や保管の際にも厳密な温度管理やセキュリティー管理が求められる。一方で医薬品市場のグローバル化に伴い、医薬品の偽造や盗難も大きな問題になっている。欧州では既に、医薬品の適正流通基準「GDP(Good Distribution Practice)」が法制化、北米でも2023年には法制化されるという動きがある。医薬品サプライチェーンのグローバル化が進む中、日本では2018年12月、厚生労働省が「日本版GDP」のガイドラインを発表。GDP導入に向け、日本の製薬会社も対応が迫られている。

川上から川下まで一気通貫のデータに基づき最適化

デジタルプラットフォーム戦略室室長の戸田晴康執行役員デジタルプラットフォーム戦略室室長の
戸田晴康執行役員

川上から川下まで
一気通貫のデータに基づき
最適化

 こうした医薬品物流の大変革期を捉え、日本通運は「日通グループ経営計画2023」で医薬品を重点産業の一つと位置付け、特別プロジェクトチーム「Pharma(ファーマ)2020」を設置した。2021年3月スタートに向け、医薬品物流の全体最適を実現するサプライネットワーク構築をめざす。ハード面では、拠点となる医薬品センターを全国4カ所に既に着工したほか、専用トラックやモノとインターネットをつなぐIoTデバイスなどを整備。ソフト面では、履歴管理システムの開発や運用手順の整備などを進めている。最大1,000億円の投資を見込む。

 なぜ、日本通運が医薬品物流に本格参入するのか。デジタルプラットフォーム戦略室室長の戸田晴康執行役員は、日通だからできることとして次の3点を挙げる。第1に、医薬品の商流上で利害関係がなく俯瞰(ふかん)的立場で提案しやすい。第2に、グローバルでさまざまな輸送手段とネットワークを持っているため、川上から川下まで一気通貫のデータに基づきソリューションを提供できる。第3は、社会インフラを担っている企業としてのブランド力だ。戸田氏は「GDPに準拠するデジタルプラットフォームをつくるには巨額な投資が必要です。製薬会社が個別に体制を整えるより、弊社のような立場にある企業がオープンで最適なプラットフォームを構築する方が合理的ではないでしょうか。業界全体の基盤強化にも貢献できると考えています」と話す。

小型電子タグで
温度、湿度、照度、衝撃、
傾きを記録

 日通はIoTとクラウド・ベースの輸送状況追跡システム「GCWA(Global Cargo Watcher Advance)」の実用化でインテルと協業している。インテルが、輸送環境に対してセンシティブな荷物(医薬品や半導体製造装置、精密機器など)のために開発した輸送状況追跡システムと、温度、湿度、照度、衝撃、傾きのデータを記録できる小型電子タグおよびタグのデータを読み込みクラウドへアップロードするゲートウェイとで構成される。タグとゲートウェイとの通信時にゲートウェイのGPS(全地球測位システム)で位置情報の取得が可能で、現在、日通のグローバルネットワークを通じて、空港や港湾など同社の国内外主要拠点と車両内に、ゲートウェイの設置を行っている。

 GCWAの仕組みはこうだ。タグが貼付された貨物が、ゲートウェイ付近を通過すると、相互通信し、データがクラウド上にアップロードされ、ブロックチェーン(分散型台帳)の元帳に保存される。顧客は以後、依頼した貨物が、どこに、どのような状態にあるかをリアルタイムで「見守る」ことができ、事故等が発生した際、到着を待たず、タイムリーに対処することができる。

 GCWAチームでは、輸送商品の開発は、今まで世の中になかったサービスや仕組みを作り出すことと捉えている。メンバーの一人中里浩治係長は、「“ゼロ”から“イチ”を創造する過程で、お客さまの課題を営業担当とともにヒアリングするのはもちろん、インテルやデバイスサプライヤーなど物流業界の外からも客観的な意見やアイデアを取り入れることで、新たな気づきがありました」と言う。日通グループ社内からは、可視化することで輸送品質や作業品質が丸裸になることへの抵抗感もあったと打ち明ける。しかし「これまでの“当たり前“をブレークスルーしていく作業は商品開発の醍醐味だと感じました」と力強く話してくれた。

 昨年、Pharma2020プロジェクトにおいて、山梨の農園から日通の東京本社と羽田空港まで、それぞれ温度変化に敏感な農作物を輸送する実証実験を2回行った。2回とも、輸送の全過程を通じて荷物の追跡と温度データを収集することに成功。引き続き、荷姿や輸送パートナーが途中で変わった場合、季節ごとの違いなど、次のフェーズの実証実験を進めていく。

ブロックチェーンを活用し、データ改ざんリスクを軽減

GCWA開発チーム(左から):航空事業支店国際貨物部 フォワーディング開発課の宮地那奈さん、木村正樹さん、中里浩治係長、益田晴佳さんGCWA開発チーム(左から):航空事業支店国際貨物部 フォワーディング開発課の宮地那奈さん、木村正樹さん、中里浩治係長、益田晴佳さん

ブロックチェーンを活用し、
データ改ざんリスクを軽減

 ブロックチェーンの活用に向け、日本通運は今年初めアクセンチュアと業務提携した。ブロックチェーンは情報の書き換えが難しいので、医薬品の偽造や窃盗、履歴データの改ざんリスクを軽減できる。事故の際の原因を検証することで、品質管理プロセスの継続的な改善も可能だ。一方、海外物流で必要な送り状などの書類手続きもスマートになり、作業効率が高まる。

 ただし戸田氏は、それ以上の可能性を視野に入れている。「ブロックチェーンで蓄積されたデータを分析することで、例えば医薬品の輸送や供給実績から、地域的な属性などを考慮した需要予測ができるかもしれません。過去からの見込みではなくデータに基づいた適量をお客さまにアドバイスするなど、物流ロスを最小限にとどめることもできるのではないでしょうか」

「日通はITの会社」
顧客の課題解決に向け
ブラッシュアップ

 デジタルプラットフォーム戦略を指揮する戸田氏は、1年半ほど前にNECから日本通運に転じた。入社後、IT推進部門のメンバー約200人とディスカッションを重ねていくうちに、日通はITの会社だと再認識したと話す。「ITを継続的に改良・刷新しなければ、お客さまに提供する価値はどんどん劣化していきます。そうならないために、常にブラッシュアップし続けている会社だと実感しました」。マーケティングの点でも「ドリルを買う人が本当に欲しいのは穴である」という理論がよく分かっていると話す。「とにかくお客さまの話をよく聞くんです。お客さまの課題を解決するというDNAが間違いなく息づいているからでしょう」(戸田氏)。

 最後に、NEC時代のエピソードを教えてくれた。「東日本大震災の際に、復旧もままならない中で、自らの危険を顧みず、東北エリアの工場に必要な資材を届けてくれた日通をはじめとする物流会社に感謝するとともに、その使命感に感動しました」。日本通運は「モノを運ぶ会社というより、お客さまのサプライチェーンを引き受けるサービス・プロバイダー」と戸田氏が説明するとおり、医薬品物流のプラットフォームにも、その技術力とDNAが大いに生かされるだろう。