渋谷翔一郎
1992年生まれ、福岡県出身。経営難の会社を立て直す覚悟で松尾産業株式会社に入社。悪化していた業績を回復させることに成功。有線式万引防止警報装置の先駆的企業となっている。
http://www.matsuosangyo.jp/

INTERVIEW

松尾産業株式会社は、小売業における「防犯」を提供する会社です。主に有線式万引き防止警報装置の開発を行ってきており、セキュリティを高めることで、お客様の生産性が上がり、利益向上に貢献できることを目指しております。大切にしていることは、お客様をよく知り、それを形にするということ。世界でもっとも顧客に親切な会社でありたいと願っています。小売業のお客様の売り上げを上げ、大切な商品を守ることで、世の中がもっと良くなると信じて、これからも走り続けていきます。

祖父が作った会社を立ち上げるミッション

渋谷翔一郎

幼い頃は、とにかく活発な野球少年でした。中学3年生まで続けた野球でしたが、肘を壊してしまい野球を断念。夢が消えてしまい、行き場をなくした喪失感の中、福岡県内の大学進学後、「経営者になりたい」という目標に向け、経験を積むために東京へ出ました。弊社の創業者は私の祖父にあたります。その祖父の影響で、経営者になるというビジョンは早い時期から持っており、ビジネスへの関心も高く、「日本の首都に行きたい。答えはきっとそこにある。」という思いひとつでした。

しかし、上京したからといって答えが見つかるわけでもなく、1年ほどたったところで故郷へ帰ろうと思ったのが起業のきっかけです。親孝行をしたい気持ちがあったので、22歳で母が好きなお好み焼きの店「しぶちん」を開業。母の助けもあってメニューの開発はうまくいき、大きな苦労をすることなくスタートしました。しかし半年ほど経ったところで、父のいる松尾産業の経営を立て直してほしいと母より相談を受け、入社をいたしました。いざ入社すると、会社の中は想像以上に厳しい状況でした。売り上げは低迷し、キャッシュフローもうまくいかず、債務超過の状態でした。当時は父が社長でしたが、原因は完全な企業努力不足でした。創業者である祖父の魂がこもった場所を真剣に立て直したいと思い、お好み焼き屋は他の代表をたて、こちらの事業に専念することにしました。

最初は、決算書の見方すらわからない状況でしたので、商工会議所に定期的に通い、簿記検定など必死に勉強をしました。その後は銀行へ融資のお願いに、副社長として回りなんとか数カ月後に実行を受けることができました。黒字にするためにやったことは大幅な経費削減。シンプルでした。20〜30%は削減し、今もこれは継続しています。社員がこの苦境の中、退職せずに努力を続けてくれたことには心より感謝しています。私の情熱を感じとり、一緒にチームとなって頑張ってくれた社員たちは、世界で一番だと思っています。

副社長を2年間務め、赤字が黒字に転じたところで、ひとつ自信を得ることができました。社長をやらせてほしいと直談判をしたのはそんなタイミングでした。就任のきっかけでした。それまで、朝礼の前夜には、必ず夢に祖父が出てきていました。いつも祖父が私をじっと見ている夢でした。おそらくプレッシャーの現れだったのだと思います。最後に出てきたのは、社長就任の前夜でした。夢の中で祖父に抱きしめられ、泣く自分の姿に「これまで、苦しい時期を抜け出したい、という思いだけで舵取りをしてきたこと」を反省しました。会社は誰のためにあるのか、経営理念を掲げるべきだと気付いたのです。

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お客様の声を聞き、その先を突き進む

社長に就任した私が示した理念は4つ。一つ目は「情熱を持って仕事に取り組み、社員が働きやすい環境を作ること」。二つ目は「安全安心な商品を作り、お客様のためになるものを提供すること」。三つ目は「常にグローバルな視野にたち、技術革新と価値づくりに挑戦すること」。そして最後に、「感謝の心を忘れず、買っていただいたお客様の後ろ姿に手を合わせ、社会貢献に努めること」です。

感謝の気持ちを正面から伝えることは簡単です。ただ、その後ろ姿に手を合わせるという精神こそが大事だと思っています。顧客優先であるという軸を持つことで、方向がブレることなく歩み続けていられると思っています。

現在の事業は「盗難による利益ロスの削減」「量販店における高級展示品の防犯を強化し、体験の促進による売り上げの向上」「防犯機の誤報を防ぎ、販売機会損失の削減による生産性向上」の3つ。私が立て直しをスタートした頃には、商品も限られておりお客様のニーズに追いつかない部分がありました。幅広くニーズに応えていくために商品を探す取り組みを行ってきており、昨年夏、アメリカの防犯機メーカーの一次代理店になる決断をしました。

お客様の要望にはゴールがありません。いつもその先で待っているべきという信念があり、お客様の生の声を聞きながら、5歩先を読むということを心がけています。

お客様からの喜びの声は、うれしくもあり、その期待値には恐れも感じています。「その期待を常に超えなければいけない」という怖さは、「それをやり抜く」という燃料にもなっています。どんな苦しい状況であっても、情熱を持って努力をし続ければ、運気をも必ず上向いていくということを、この数年で身をもって体験いたしました。例えば、今から水泳選手を目指そうと努力しても、なかなか身を結ぶことは難しいかもしれません。しかし、ビジネスの世界では、頑張った分だけ必ずどこかで結果はついてきます。私の場合は、1番でなければ意味がないと考えています。2番も最下位と同じ。常に1番を目指し、1番を維持していける努力を継続し、「好き」であるという情熱を絶やさず、仕事を楽しみ、その結果、日本を変えていけたらと思っています。

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