澤田升男
1963年、岐阜県の工務店の2代目として生まれる。大学では建築工学を学び、卒業後ゼネコンに入社するが、家業を継ぐため1年で退社。24歳で沢田建設株式会社の経営を継ぎ、年商4000万円の会社をわずか3年で年商10憶円まで成長させる。35歳で全国5000社の工務店にノウハウや資材を販売するネットワーク立ち上げる。45歳、本物の家造りを広めるため、ウェッジグループを設立。建築業界でのコンサルティング・資材販売に躍進している。
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INTERVIEW

私の若い頃は世間も「成長成長」の機運の時代でしたし、実際、営業職だった私にも数が必要でしたから、がむしゃらに数字だけを追いかけていました。でもこれからは真逆で、「数」ではなく「質」の時代になっていきます。大事なものは、売り上げや利益だけではなくなっていきます。私もお客さんの数こそ少なくても、その一人一人をゆっくり幸せにしていきたいと思っています。

猛烈に働き、家業の赤字を救済

澤田升男

私は岐阜県の工務店の2代目として生まれました。小さい頃は、山や川で遊ぶわんぱくな子どもで、ガキ大将でした。小学生で野球を覚え、中学生ではプロを目指していました。当時は建築の仕事に一切興味がなく、むしろそれだけは嫌だと思っていたくらいですが「とりあえず建築に進んでおけば何とかなるか」と、大学では建築工学を専攻しました。せっかく進学したのに授業にはほとんど出席しませんでした。卒業後は親のコネで地元のゼネコンに就職しましたが、人から指図されるのが嫌で1年で退社してしまいました。
こうして実家に戻ってみたら、借金だらけで驚きました。その頃はハウスメーカーの台頭で工務店はじり貧の時代でした。おまけに父は職人気質で経営に向かない性格だったので、赤字が続いていました。「これはまずい」と思った私は、24歳のときに経営を継ぎました。大手ゼネコンの仕事を取るために、酒を勧められれば一升瓶を一気飲みしたり、わざとヘタなゴルフをしたり、絶対にあがらない麻雀をしたりと、芸者のようなこともしましたね。当時は24時間働くような社会でしたから、私も毎日2~3時間睡眠で猛烈に働きました。その甲斐もあり、会社はわずか3年で年商4,000万円から年商10億円にまで成長しました。

地域ナンバー1の工務店になったものの、ユーザーの顔は見えないし、良い家をつくろうとしていなかったので、仕事は全く楽しくありませんでした。当時扱っていたメーカーの新建材は壊れることもよくあり「シックハウス症候群になった」という声も聞こえてきて、私の評判まで悪くなってしまうこともありました。そこで30代前半の頃、当時持っていた仕事を全て辞める決意。同時に「メンテナンスやランニングコストを極力必要としない、体に害が無い自然素材の家をつくろう」と決めたのです。移行当初は売り上げがガクンと落ちたものの、デザイン性の良さから各賞を受賞するようになり、順調に売り上げが増えていきました。その頃は「世の中を良くしたい」とまでは思っていませんでしたが、モノづくりだけは真剣にやっていました。

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今は数字よりも「ありがとう」がうれしい

当時私たちの会社には、ビジョンや経営理念を設けていませんでした。周囲からは「そのような会社で年商が50億円以上になった例は初めて見た」と言われますが、商品に嘘が無ければそれで良いと思っていますし、何より私自身がビジョンを持ったことがないのです。猛烈に働くモチベーションは、「今が楽しい」という気持ちだけです。一方、マニュアルを設けることにはこだわりました。当時の建築業界はまだ経験と感覚だけを頼りにしている部分がありましたが同じ不手際が起こり続けている状況を改善しなければと感じたからです。マニュアルづくりは大変でしたが、一度つくってしまえば時間と利益を生み出しますし、皆が幸せになれると思って取り組みました。35歳のとき、全国5000社の工務店にノウハウや資材を販売するネットワークを立ち上げました。今度はお客さん相手ではなく、工務店に自然素材の家づくりのノウハウを提供することにしたのです。これが大当たりして利益が数十億になり、ついに岐阜県で1位の会社になりました。「本物の家づくりをもっと広げたい」と、45歳のときにWEDGE GROUPを設立。直近の12年間は、毎週末に全国各地のセミナーで家づくりの知識や健康の知識をお話ししたり、家づくりの技術を使った商品開発を行ったりしています。今一番力を入れているのはお客さんと会って話を聞くことで、特にクレーム対策に力を入れていますね。お客さんには必ず「ここで買って良かった」と思ってもらいたいですから。

これからは、「数」ではなく「質」の時代です。昔は数字だけを追いかけていた私も、今はユーザーからの「ありがとう」の声の方がうれしくなりました。これからは嘘の無い商品を提供して、数は少なくともお客さんに満足してもらって、それで会社がやっていければよいと心底思っています。皆さん、若いということは可能性があるということです。「学歴が無い、お金が無い、家柄が良くない」と夢を諦める人が多いですが、そんな理由で諦めてはいけません。今居る多くの経営者たちも、何も無くても若さと思いだけでここまでやって来たのです。大きな夢と「絶対にそれをかなえる」という強い意志を持って、頑張ってくださいね。

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