佐久間篤夫
1965年生まれ。神奈川県出身。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、デューク大学ロースクール法律学修士課程修了。92年、日本国弁護士登録。97年、米国ニューヨーク州弁護士登録。99年、弁理士登録。国内外の法律事務所で勤務した後、2002年に独立開業。現在に至る。
https://www.skmlaw.jp/

INTERVIEW

世の中には様々な紛争やトラブルがあり、それらを解決するための法律業務が存在します。私はそうした日常のトラブルを未然に防ぎ、解決に導くための手立てを提供していくために、弁護士業務を基盤としたコンサルタント業務を行ってきました。例えば会社経営における重要書類の作成や契約・取引の進め方に至るまで、常に多角的な視点で対応していくことが弊方の存在意義。これからも一つの考えに固執せず、柔軟な思考で仕事に向き合いながら、多くの方々の可能性を広げていくことが私の使命だと思っています。

弁護士業で直面した理想と現実

佐久間篤夫

子どもの頃、テレビドラマで観た「無罪判決を勝ち取る弁護士の姿」が、今でも鮮明に脳裏に焼き付いています。当時は弁護士という仕事が何をする職業なのかも理解していませんでしたが、子ども心にかっこいいなと思ったことが、弁護士を目指す最初のきっかけになりました。
けれども、周囲からは司法試験の難しさを聞かされていましたし、実際に法学部に合格したところはありましたが、入学を選択しませんでした。その後、早稲田大学政治経済学部経済学科に入学。司法試験合格に向けた猛勉強の末、大学卒業の翌年に司法試験に合格し、1992年4月に日本で弁護士登録をし、その後デューク大学ロースクール法律学修士課程を修了し、米国ニューヨーク州で弁護士登録をしたのです。
弁護士という職業に憧れてきた私でしたが、憧れは現実のものとなると、想定外のことが数多くありました。
例えば弁護士という職業は、裁判という手続きを通じて困っている人を助ける仕事というイメージを持っていました。けれども、実際に依頼者のために裁判で何とかしたいと思っても、事実関係を法律の規定に照らし合わせると依頼者に有利な結論にならなかったり、争われている依頼者に有利な事実を証明するための証拠がなかったり、裁判所の判断が分かれていて結論がどうなるかわからないことが少なくありません。当然ながら、依頼者は勝てる自信を持てないと裁判をしたがらないため、「勝てるかどうかわからない裁判に時間と費用を使うよりも、過去のわだかまりは忘れて前を向いて歩いて行くことを考えた方がよいのでは?」という提案をすることもありました。歯がゆい思いもありますが、そう言わざるを得ない側面もあります。そうした思いの積み重ねが、裁判での救済や解決を目指すよりも、裁判にならないようにトラブルや困り事を未然に防ぐことの重要性を伝えたいと考えるきっかけになり、コンサルタント業務を意識した取り組みをしたいと考えるようになったのです。
とはいえ、当時勤めていた事務所とは営業方針が合わず、固定客もほとんどいない状態での独立開業となりました。苦しい船出ではありましたが、自分の信じた道を一歩一歩進むうちに、振り返れば17年の月日が経過しました。現在は弁護士としての経験を生かし、裁判で争うのではなく、そのような状況に陥らないためにはどうしたらよいかを考え、救済できる方策や解決案を事前に導き出していくことを一つの強みとしています。

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若くして外国へ行く意義

私の仕事人生には紆余曲折(うよきょくせつ)があり、様々な苦難もありました。しかしいつも思うのは、固い信念を持ち、その信念を貫きながらひたむきに努力することの大切さです。
例えば、野球に人生を捧げたイチロー選手も、毎日自分の決めたルーティーンを淡々とこなし、それを何年も続けることで実力を維持し続けました。様々な歴史的な記録を作り上げた生き様は決してまねできるものではないでしょう。
また、ノーベル賞を受賞するような科学者たちも、その栄誉を手に入れるまでに想像を絶するような犠牲を払い、努力をされてきたはず。そのために必要なこととは何かと問われれば、何か夢中になって取り組めることを見つけたことではないでしょうか。自分で決めた道をとことん追求していくことは決して容易なことではありませんが、追求しなければ開くことができない道がきっとたくさんあるのです。
若い方々には、人生や仕事というものを狭い範囲の中で考えるのではなく、もっと広い視野から捉えてほしいと思っています。
例えば話す言語一つとっても、日本語だけでなく英語を話せることで、世界はずっと大きく開けるものです。もちろん英語を習得することが全てではないですが、決して無駄にはなりません。そして興味と機会があれば、観光ではなく、短期留学でもいいので外国に行って住んでみてほしい。最低でも3週間、できれば3カ月、さらに可能ならば1年間と住んでみることで感じることがあるはずです。私自身もそうでしたが、一度日本から外に出て、外から日本を眺めてみることで、日本の社会や日本人の考え方がいかに世界的に見て特殊なのかを若いうちに知ることができたのです。そして、その後の生き方を大きく変えるきっかけにもつながりました。そうした経験で得ることができる多角的な視点が、きっと皆さんの人生にとってもかけがえのない道しるべになるはずです。

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