於保哲外
1949年生まれ、佐賀県出身。東京大学医学部卒業。東大病院分院神経科にて精神科研修。その後、社会保険中央総合病院にて内科研修。再度、東大病院分院神経科に戻り、精神科勤務の後、久徳クリニック東京院長を務め、96年オボクリニックを開院。著書に「ドクターオボのこころの体操」(素朴社)、「自信が湧いてくる心理学」(第三文明社)「心も体も冷えで壊れる」(リサージュ出版)など。
http://www.oboclinic.com/

INTERVIEW

私は精神科医ではありますが、「人間科医」であると思っています。その思いが、医師の仕事をする上で一つの原点になっています。現代医学は対処療法が主ですが、それだけでは本当の意味での治癒は難しい。人の生き方をも変えることができるような根本的な治療法を模索し続けています。

医療理念形成の土台となった、ある患者との出会い

於保哲外

子どもの頃は母がいつも添い寝をしてくれていたのですが、当時は第二次世界大戦が終わってまだそれほど経っていなかったので、寝物語によく兵隊さんの話を聞かせてくれていました。中でも「皆、死ぬ時に『お母ちゃん』と言いながら死んでいったんだよ」という言葉が、その後もずっと自分の心の底に残っており、それが、人間が生きるということ、死ぬということへの興味につながり、医学部を志す理由になりました。しかし、現代の医学は臓器や器官を診る医学になっていて、それでは物足りなかった。「もっと『人間』を診たい」という思いから、精神科を専門とし、内科の研修も受けて、心身両面から人間全体を診ていこうと決意しました。

人間の心ほど複雑なものはありません。精神科医になりたての頃に、ある情緒不安定の患者さんを受け持ったことがありました。家族の方も家の中の物を壊されるなど大変な思いをしており、診察室でも金切り声をあげ、カルテを破り、私の自宅の電話番号を調べて毎日何十回も電話をかけてくるような状況でした。正直、他の医者にかかってほしいと願うような毎日で、それが7年ものあいだ続いたのです。私自身も思い悩み、苦しむ中で、諸先輩方が「医者として一番大事なことを教えてくれるのは一番大変な患者」とおっしゃっていたことを思い出しました。この患者さんこそ自分を成長させてくれる人なのだと気づき、「決してこの人から逃げまい」と覚悟を決めました。

そこから何かが変わっていきましたね。私のその覚悟が患者さんにも伝わり、だんだんと症状が安定してきたのです。その経験が「人間を診る」という医療理念が形成される土台となったのだと思います。今では「どんな患者さんが来ても真正面から受け止めよう、私に縁のない人は来ないのだから」と考えるようになり、患者さんが診察室に入って来られる前にはいつも手を合わせて、尊敬の思いで迎えるようにしています。患者さんはいろんな病院にかかってもどうしても治らず、家族にも誰にも大事にされないという経験をしている方が多い。すると、自分のことを卑下して、責めてしまう習慣がついてしまっているのです。そういった方に対して心からの尊敬の念をもって接すると、心がだんだんと広がってくるのがわかります。患者さんを尊敬するということが、治療をする上での大きな力になっています。

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自分の心の中にいる「大人」と「子ども」の関係を良好に保つ

患者さんの人生を一つのドラマとしてとらえると、精神を病むという一番苦しい時に私が登場するわけです。そこで励ましや安心、希望、勇気をつかむきっかけを与えてあげられるようなことをしているのだと思うと、非常にやりがいを感じます。患者さんから「病気になってよかった。自分自身を見つめ直し、生き方を変えられたことが財産です」と言っていただけた時は本当に、この仕事をやっていてよかったと思いましたね。今の世の中はどうしても周囲に目が向いてしまいがちで、そうすると自分のことは後回しにせざるを得ない。まずは自分を見つめ直し、自分で自分を大事にしてあげることが、病気を治す出発点なのです。

人は誰でも「立場や責任感を持った大人の自分」と「ありのままの本音を持った子どもの自分」を心の中に持ち合わせています。この2つの人格の関係性を良好に保つことが、心身両面の健康につながると考えています。スポーツで活躍したり、ノーベル賞をもらったりするような一流と呼ばれる人たちは、ユーモアがある、冗談を言って遊んだりふざけたりするのが好き、個性的、独創的、創造的な仕事をするなどといった傾向がありますが、それはつまり自分の中の大人の人格が、自分の中の子どもの人格を肯定しているということなのです。子どものようにのびのびと振る舞える人は、自分本来の生き方ができやすく、病気になりにくいのだと思います。

患者さんの心の中にいる大人と子どもの関係性を良好にし、患者さん自身が自分の良さに気づくことができると、早い人は3ヶ月、長い人でも3年ほどで症状が快方に向かっていきます。どん底の状態だった人が社会復帰できるまでになることを思えば、もともと健康な人がこの自分で自分を肯定するという内面的アプローチを試みれば、さらに可能性を広げていくことができる。この方法をメジャーにすることができたら、日本全体がもっと良くなっていくのではないかと考えています。現代は非常に科学技術が進歩しており、人間の生活の全部を機械や人工知能にやってもらえるような時代が来ることが予想されます。改めて人間が本当に健康に生きるということが見直されないといけません。自分自身に目を向け、自分自身の声を聴く。自分で自分の健康を守れるような生き方を、広く世の中に伝えていきたいと思っています。

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