三浦和英
青森県西津軽郡木造町出身。弘前大学人文学部を卒業後、知的障害者支援施設に勤務。事務員として4年間ほど従事。2004年から地域住民の声を受け保育園を設立。その後、新たな道を模索するため退職し、社会人大学院である金沢工業大学院虎ノ門キャンパスに就学。修了後に青森に戻り、09年に青森県の地域活性を志してラビプレを起業。現在は化粧品開発・販売会社として弘前大学構内にオフィスを構え、大学の研究者とリンクした研究開発を続けている。
https://www.laviepre.co.jp/

INTERVIEW

当社は天然素材を用いた化粧品・健康食品の販売、商品開発を主力事業に据え、オリジナルブランド「ラビプレシューズ」化粧品を10年以上にわたり展開してきました。青森県は海に囲まれた天然素材が豊富な土地ですし、開発当時の化粧品業界は石油由来製品から天然素材やオーガニック志向に変わりつつあった時期。そうした青森の豊かな資源や時代の流れは、青森の未来を切り拓(ひら)く活動を推進していくことにつながるのではないかと考えています。多くの方々が人生を謳歌していただくためにも、これからも地方発のブランドをさらに発展させていけるよう研究努力を続けていきたいと考えています。

人との出会いがつないだ、あおもりPG(プロテオグリカン)事業

三浦和英

学生時代の私は不真面目な学生で、大学入学後も2〜3年ほど通学していない時期がありました。学生生活に面白みを感じられなかったのです。しかし大学を退学すればダメ人間になってしまうと心を改め、卒業間際になって教授に頭を下げ論文作成に没頭するようになりました。その後、様々な学術書を読み漁るうちに持論が芽生えるようになり、晴れて卒論を提出。当時、一緒に支えてくれた教授の泣いて喜ぶ顔は今でも忘れられません。まさにその時期を境に、自分の中に一つの芯が出来上がり、その時の努力が今の礎になっていったのです。
改めて人生を振り返ると、本当に自分はラッキーな人間でした。恩師や同僚、たくさんの偉い方々から人生の転機が訪れるたびに指針となる言葉を残していただき、何度となく支えられてきたからです。
とくに大学の時に出会った奥野浩子教授の「東京やNYだけが世界の中心ではない。地球は丸いのだ。お前が立っている場所から世界は見渡せる。お前が立っている”そこ”が世界の中心だ」という言葉は今でも私の大切な道しるべです。青森の小さな町であっても、私は本当にそれができると確信しました。
そもそも私が現在の美容事業に行き着いたのも、人との出会いが大きかったと思います。大学院の同期に化粧品のOEM会社の課長さんがいらして、その彼から「青森で何か使えるものないか?」とお話をいただき、「リンゴなどの天然素材が生かせるのではないか」と直感的に思ったのがきっかけでした。
そうした研究開発を続けていく中で出会ったのが、鮭の頭の軟骨成分から抽出されるプロテオグリカン(PG)です。同成分はまだまだ研究の伸びしろがあり、日本最大手の化粧品原料メーカーも「20年に一度のスーパースター」だと言っているほど。そのスーパースターを用いて開発されたのが、オリジナルブランド「ラビプレシューズ」でした。当社があおもりPG(プロテオグリカン)を配合した化粧品ブランドの第一弾「PGクリーム」を発表したのは2011年。かれこれ10年以上にわたって青森県のプロテオグリカン事業に関わっていることになります。

  • 三浦和英
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失敗しても成功しても、一歩踏み出す勇気を

しかし、開発当初からすぐに事業が軌道に乗ったわけではありませんでした。販売に本腰を入れようとした矢先に東日本大震災が起き、倒産の危機を味わったのです。とは言え、諦めてしまえばそれで終わりです。なんとか窮地をしのぎながらチャンスを探っていきました。
その後、当社が拠点を置く弘前市も徐々に復興へ向かい、地元の「さくら祭り」が開催。地方都市20万人に満たない同市の中で「当社にも何かできることはある」と考え、祭りへの出店で製品を販売する決意を固めたのです。
周りはフランクフルトや焼き鳥などの出店が並ぶ中、当社は「プロテオグリカン美容」と大きく書かれたテントを張って出店。そんな状況の中、製品の良さが分かるように工夫をこらし、あえて片方の手だけに試供品を塗布していきました。すると「もう片方の手にも塗ってほしい」と、戻ってきてくれるお客様が続出したのです。そしてわずか16日間で100名を超えるお客様に購入していただきました。その後も「ねぶた祭り」で約6000枚のビラを配るなど地道な努力を続け、プロテオグリカンを用いた事業は拡大していったのです。
当時は精神的にも体力的にも辛かった思い出がありますが、成果を出すことができたのは大きな自信にもつながりました。何より我々の努力を支えてくれる人がいたからこそ、事業を続けていくことができた。そこには感謝しかありません。
今後も青森という豊かな土地を舞台に、地場産業を活性化していくことが当社の責務。そのためには土地を外から俯瞰(ふかん)してみることも大切です。
例えば、東京に出向いて青森のイメージを聞いてみるなど、他の土地と比較してみることで得られる知見は数多くあるでしょう。自分たちが当たり前だと思っていることが、実は外から見たら素晴らしいものだということもあるということです。
現在、当社は米国や台湾、東南アジア、そして中国での販売展開も加速させていますが、このままでは地方が廃れてしまうという危機感を持ち、当たり前にあったイメージを払拭していくことができれば、青森にはまだまだ世界に向けて発信できる素材があると思っています。
現在はコロナの影響もあり、前へ一歩踏み出す事が難しい時代を迎えているかもしれません。しかしどんな状況であれ、一歩を踏み出す勇気が必要です。とくに若い時には若い時にしかできない事もありますし、周囲から無謀だなと思われるくらいの事にチャレンジしていくべきです。私自身も色々な事があって現在の道にたどり着きましたが、それはただの結果に過ぎません。一歩踏み出して、失敗しても成功しても、また一歩踏み出す。人生はその繰り返しなのです。

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