勝木美佐子
1993年 日本大学医学部卒業、日本大学医学部第3内科(消化器内科)に入局。3年間の臨床研修後、96年日本大学大学院社会医学系公衆衛生学部門専攻。2000年同大学院修了後より横須賀市立市民病院健康管理科入職。06年主任医長就任。07年東都クリニックにて内科医および産業医として勤務。16年勝木労働衛生コンサルタント事務所を開設。18年株式会社産業医かつき虎ノ門事務所法人化。現在も、消化器科医としての外来診療と、20数社の嘱託産業医として、臨床と産業衛生の両立で活躍中。
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INTERVIEW

産業医かつき虎ノ門事務所では、さまざまな企業の嘱託産業医として、社員の皆様の健康管理をサポートしています。時代とともに労働者が抱える問題は変わってきていますが、同時に企業が抱える課題も変化しており、その双方が健全であることを守るために、時に厳しく、寄り添い続ける、いわば「母」のような役割を担っています。まずはクライアント企業の経営が健全になることを願いながら、その先のゴールとして日本全体が元気になることを目指し、サポートを続けていきたいと思っています。

予防医学への興味から産業医へ

勝木美佐子

幼い頃は喘息発作をたびたび起こし、救急外来で吸入をしてもらうような子どもでしたが、その頃から医師への憧れは持っていた気がします。ある時は病院での待ち時間に、白衣の先生を見ただけで、その安心感から発作が落ち着いたこともありました。小学3年生のある夜、いつも病院に連れて行ってくれる母の留守中に、発作が出たことがありました。苦しみに耐えながら、母の帰宅を待っている時に、「自分が医師になれば、こんなに困らないはず」と思ったことがきっかけで、医師になりたいと思いました。その後、無事に医師になることができましたが、末期の患者さんと向き合っているうちに、今の医療でも救えない命があるということを実感し、無力さを感じるようになりました。そして、早期発見・早期治療、また、「病気にならないようにする」という予防医学の大切さに気づき、大学院に進み、公衆衛生学を専攻することにしました。大学院で学び始めた当初は、産業医についての知識をあまり持っていませんでした。ですが当時、産業医になる要件が設立されるという労働安全衛生法の改正が控えており、その前に産業医を始めておくことを医局の先生方に勧められたのです。大学院の4年間、医局の先生方にアドバイスをいただきながら、産業医の仕事をするという貴重な期間を過ごせたことは、今思うと非常にありがたい経験でした。

現在は、臨床医を続けながら産業医の仕事を行っています。産業医の役割は、労災防止、職場環境の改善、社員の健康を守ることです。また、衛生に関する審議を行う月に一度の衛生委員会に参加したり、職場巡視や、必要な社員への面談のほか、健康診断も全社員分に目を通すなど幅広く活動を行っています。医療機関は、来院した患者さんを診察し、治療を行っていきますが、産業医は、職場に訪問し、働いている人・職場の両方を診させていただき、より快適にすごせるように保持増進していきます。健康診断の結果についても、医療機関は「要治療」や「要再検」などの「診断」をしますが、産業医は「通常勤務」できるかどうか、業務時間や配属部署などに「配慮が必要かどうかの「意見」を事業者に具申します。

近年ではメンタル疾患による休職や自殺者の増加から、ストレスチェック制度が施行されました。そして、ますます産業医の必需性も増してきていることが肌身を持って感じられます。産業医の中には、ストレスチェックの実施者になることを、その責任の重さやリスクの大きさから、できるだけ回避したいと考えている先生もいらっしゃいますが、私はそこまで行うことが産業医の務めであると考えております。覚悟をもって臨まなければ、人と人との面談では、信頼関係を築くことが難しいと思います。産業医は、医師ではありますが、会社内で治療を行うわけではなく、社員の健康のサポートを行ったり、配慮をするという形で、仕事と人とのマッチングのアドバイスをしたりしています。社員の人生を共に見つめる産業医の立場から、親身に相談に乗ることも多く、その先で、元気に働けるようになった姿を見られることが、最大のやりがいであり、喜びです。

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人を動かし、労働者と会社を守る産業医を目指す

会社の雰囲気は、そこで働く人々の心の状態に左右されると思います。ですから、社内環境を整えることは、良い仕事(パフォーマンスが優れており、モチベーションも満たされている)をするためにも重要です。産業医の業務として、社内環境を整えることにも注力しておりますが、やはり「十社十色」で会社によって、うまくいく方法はさまざまです。トップダウンがうまくいった例としては、上長が喫煙者でなかなか社内禁煙が進められなかった職場があげられます。上長が非喫煙者に変わった瞬間に、効率よく禁煙が推進されることが多くありました。逆に、ボトムアップの力がうまく働くケースもあります。例えば健康診断の受診率向上を目指した際、社員全員が協力することで、最後まで受診をしていなかった社長を動かしたケースもありました。会社も生き物ですので、人の心と向き合いながら取り組むことの重要性をいつも感じております。

また、昨今の「働き方改革」の流れで、労働のあり方が変わり、産業医に求められる視点も変わってきています。残業時間の上限規制ができたことで、長時間労働者の面接指導は減っていますが、その一方で、改革の交通整理をするために時間を費やしている人事担当者や、部下の残業時間軽減のために業務を吸収せざるを得ないマネージャー層に負担が偏ってきています。また、若い世代が残業を制限されることで貴重なトレーニング時間が短くなることや、「もっとやりたい」という思いがあっても業務をやりきることができないことから、労働自体の意欲を削ぎ取られているケースも見受けられます。そういった歪みが徐々に出始めていますので、今後、新たな弊害が出てくることが予想されます。

このように時代の変化に伴い、新しい問題も出現しています。女性の活躍を推進する社会となり、婦人系疾患の治療や不妊治療、妊娠、育児と仕事との両立に悩む女性が増えたり、企業のグローバル化に伴い、外国人の同僚や上司との考えの違いからメンタルに支障をきたす人が出てきたりして、それに対するケアの手法も多様化しています。産業医側も時代に合わせた知見のアップデートが必要不可欠ですので、私自身も産業衛生のみならず、ビジネスパーソンとしての一般常識を常にアップデートするよう心掛けています。

産業医は、社員の健康を守るために、会社に改善するよう意見を具申しますが、あまり過大な要求をしてしまいますと、会社自体が疲弊してしまい、経営が厳しくなり、そのしわ寄せが社員に回ってくるということもあり得ます。ですから、「社員を守り、会社を守る」という釣り合いをどこに置くかが、産業医の腕の見せ所でもあるわけです。産業医は、双方とコミュニケーションを密に取りながら、細やかな軌道修正を繰り返し、コーディネートをしていく仕事であると、私は考えています。まだ会社を設立して間もない時期ではありますが、いずれは若い産業医の方々を社員として迎え、自分の学んできたことを伝えつつ、若い世代からも学びを得て、自分自身を成長し続けていきたいです。そして、クライアントの企業をさらに元気に、そして日本を元気にすることが、私の最高の喜びであり、願いでもあります。

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