林真一郎
1971年生まれ。大学を中退後、築炉職人として親方に弟子入り。その7年後に親方の引退をきっかけに独立、株式会社ハヤシチクロを設立。2020年3月には新会社となる「KUMINO BRICK」を立ち上げ、耐火レンガで作った積木「KUMINO BRICK」を企画・リリース。伝統を受け継ぎながら、固定概念にとらわれない事業展開で大きな注目を集めている。
http://www.hayashichikuro.co.jp/

INTERVIEW

様々な金属を溶かす際に使用される溶解炉や、ゴミを出した時に使用される焼却炉など、ありとあらゆる製品の始まりと終わりのすべてに存在するのが「炉」です。その設計・製造・メンテナンスまでを一貫して行うのが当社の事業であり、「炉」を作るのが築炉職人の仕事。築炉という職業を聞いたこともないという方も多いと思いますが、社会における縁の下の力持ちとして、今後も築炉の魅力を発信し続けていけたらと考えています。

築炉との出会いから職人としての道のり

林真一郎

もともと大学生時代の私は、留年を繰り返し、その後の進路についても大きな岐路に立たされていました。そんな時、偶然にも炉の材料を販売する商売に携わっていた父が「築炉という仕事があるぞ」と私に助言してくれたのです。当時から築炉業界は後継者難という苦境に喘ぎ、人材不足の波はどの業界よりも顕著に表れていました。
私は高校生くらいの頃から「いつかは経営者になりたい」という夢を描いていたこともあり、築炉業界で実績を積めばその夢もかなうのではないかと思い至ったのです。それが業界に足を踏み入れる最初のきっかけでした。
当時は、築炉と聞いても何のことだかさっぱりわかっていません。しかし、まずは行動あるのみです。親の紹介で出会った親方に弟子入りし、そこから築炉職人としての道のりがスタートしました。当初は失敗の連続で、来る日も来る日も親方に叱られては必死で技術を学ぶ毎日。朝から夜まで築炉のことで頭が一杯で、「こんなに大変な仕事が世の中にあるのか」と思うほどでした。築炉の仕事は奥深く、決して一筋縄でいくような仕事ではなかったのです。
その後、徐々に大きな仕事を任されるようになり、それができるようになっていく実感とともに仕事の楽しさを覚えていくようになりました。炉には職人それぞれの感性が表れます。今では炉を見るだけで、どんな職人が作ったのだろうと想像できるようにまでなりました。そうした魂を込めた築炉職人ならではの達成感が、大きなやりがいにもつながっているんです。

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業界をリードしていくための新たなアイデア

そして築炉の仕事を始めて約7年後、親方の引退をきっかけに独立。炉についてすべてを理解したと自負できるまでには、弟子入りしてからトータルで10年ほどの月日を要しました。
昨今では様々な素材を扱った製品があるため、それらに合わせたオーダーメードの炉が必要になります。だからこそ職人技が必要不可欠。企業のニーズに応じた材料の選定や知識や経験則を上手に掛け合わせ、最適な炉を完成させることができるのも当社の一つの強みでもあります。
築炉はライフラインの大元にあるような産業とも言えますので、景気に左右されず、常に安定した仕事量があることも特徴です。創業時はなかなか仕事に恵まれなかったこともありましたが、取引先とのパイプができるようになってからは業績も上向いていきました。
しかし築炉業界の職人は、60代や70代の人材が中心。20代や30代といった若い世代の業界進出は減少傾向にあるのが現状です。とくに我々の仕事は、技術を受け継いでいくことで長く成り立っていくもの。つまり、いかに継承していけるかが重要な鍵を握っています。そのためにもまずは築炉の認知度を上げていきたいですし、そうした現状に危機感を持ち、業界をリードしていく気概で築炉の重要性を訴えていきたい。そして築炉職人を絶やさずに事業を続けていくことが私自身の使命でもあると思っています。
昨今は、築炉を広く知っていただくようにと、我々が使用する耐火レンガを一般向けに商品化しました。この新事業については、業界内外からも様々なご意見をいただき、中には批判的な意見もありましたが、クラウドファンディングで目標金額を達成。2020年の7月に新会社を立ち上げ、耐火レンガを用いた積み木「KUMINO BRICK」の販売を始めています。新しい改革には反対は付き物だと思いますが、そうした逆境も楽しみながら突き進んでいければと思っています。
また築炉で使用される耐火レンガは、アウトドア用品や建築資材など、あらゆる可能性を秘めた材料でもあります。そうした認知を広めることは小さなきっかけかもしれませんが、少しでも築炉業界の魅力につながるような取り組みを今後も続けていきたいなと思っています。
私は昔から、自分だけがよければいいという考えが嫌いな性分です。皆が喜んでこそ、自分が喜べるものだと思うからです。だからこそ商売は常に三方よしの精神を大切にしてきました。それが人生を歩む上での私の道しるべになっているんです。

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