畑快右
1964年生まれ、福岡県出身。90年に九州大学医学部、同大学院卒業後、ハーバード大学留学を経て2004年に九州大学眼科講師。同大准教授、福岡歯科大学眼科教授を経て13年に畑眼科開院。
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INTERVIEW

高額な治療費を払える人だけが受けられるような最新鋭の機械や眼内レンズに頼った先進医療にはあまり興味がありません。利益は出るかもしれませんが、面白さは感じられないと思います。このような医療は私がやらなくても誰かが必ずやってくれます。
私の存在価値は、自身の技術や頭脳を駆使した最先端の医療を提供することにあると思っています。保険診療の中でいかに独自の付加価値を搭載して、低額な医療費で質の高い医療を提供できるかというところにこだわり続けたいです。

治療成績のために患者さんに負担を強いてもいいのか

畑快右

小学生の頃は遊んでばかりでろくに勉強をしない子どもでした。成績がひどすぎて母に泣かれたこともあります。その後は最低限の勉強はするようになり、高校生の頃にはそれなりに成績が上がって、周囲から医学部を勧められてなんとなくその気になったのが医師を志した最初のきっかけでした。医療人として生きていこうと本格的に気持ちを固めたのは、ずっと後のことです。
大学生になっても勉強嫌いは相変わらずで、講義もまともに受けた記憶はありません。臨床実習だけはかろうじて出席していたのですが、延命治療が当然のようになされていたことが印象に残っています。そのような医療よりも、QOL(クオリティー・オブ・ライフ。生活の質)に深くかかわる医療に携わりたい気持ちが強くなり、眼科を選びました。
眼科の臨床現場では、網膜剥離や黄斑円孔の手術後に何日間もうつ伏せの姿勢を強いられて苦しそうにする患者さんを何人も目にしました。うつ伏せ姿勢を取ることで手術時に注入した空気やガスを網膜に当て続けて治療成績を向上させるのが目的なのですが、そのために患者さんに負担を強いるのは医師の怠慢ではないかと疑問を持ったのです。そして、もっと患者さんにとって楽な治療法で良好な成績が出せるような眼科医療を目指したいと思い、開業を決意しました。
開院すると、術後のうつ伏せが不要な手術法を独自に考案し、すぐに実施しました。また、症例の多い白内障手術では、角膜の切開の位置や使用する眼内レンズを患者さんに合わせて一例一例変えているのも私たちの特徴です。利益や手間を考えれば1種類の眼内レンズを大量購入して単価を下げ、どの患者さんにも同じレンズを使用するほうが効率的かもしれません。しかし、私は経営には興味がありませんし、一見非効率的なやり方であっても患者さん第一の診療を行っていれば、利益は後からついてくるものだと思っています。

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医学書よりも患者さんの目が教えてくれる

本田宗一郎の「やりたいことをやれ」という本が好きで何度も読んでいますが、「知識をどれだけ身につけてもそれは過去のこと。自分が知りたいのは未来」というようなことが書かれています。同じように、患者さんの目がこれからどのような経過をたどるかが大事です。
どんな医療が必要なのかは、患者さんの目が訴えかけてきます。それに日々応えることで、技術も経験も積み上がっていくものではないでしょうか。地道で大変な作業ですが、そこから得られる情報はどんな机上の勉強にも勝ります。机上の勉強が嫌いなところは昔から変わりません。目の前にいる患者さんの訴えや眼の変化そのものが、私にとっての道しるべです。経営が安定して代診の先生を雇うクリニックもたくさんありますが、私にはすべての患者さんを初診から手術、退院まで自分で見届けるという信念があります。それができなくなったら潮時かなと思っています。
開院して8年、ずっと日本一の眼科を目指してきました。収益や規模ではなく、患者さんやスタッフの満足度の高さでの日本一です。それが私自身の満足にもつながります。やはり患者さんに「苦痛のない手術でした」とか「見えやすくなりました」と喜んでいただける瞬間が何よりもうれしいです。結局は自分の満足のためにやっているのかもしれません。

私にとって眼科医というものは仕事であり、マニアックな趣味でもあります。若い医師にも、もっと眼科の道を突き詰めてほしいですし、眼科医のレベルの底上げをしてほしいですね。
「ナンバーワンじゃなくても、オンリーワンであればいい」という内容の歌がありましたが、ずいぶん消極的な個性の肯定だなと思います。これからの時代は、積極的に他人との違いを主張してナンバーワンを目指さないと、強く生き残っていくことはできません。若者の皆さんには、個性や独創性をとことん研いた上で頂点を目指してほしいと思います。

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