花房雄治
昭和大学大学院卒業。1996年国立循環器病センターレジデント・医員、神戸大学附属病院呼吸・循環器外科助手、太田西ノ内病院心臓血管外科部長を経て現在に至る。卒業以降14年間心臓血管外科に従事。2005年より静岡県下田市の横山クリニック(現在の所属施設に名称変更)で、透析含めた地域医療に従事。日本循環器学会専門医、日本透析医学会専門医・指導医、日本腎臓学会専門医・指導医など。
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INTERVIEW

のぞみ記念下田循環器・腎臓クリニックは、伊豆下田の地に構える、透析と循環器を専門としたクリニックです。地域医療は、都心の大きな病院と比べて、課題を抱えざるを得ない現状もありますが「地方のクリニックでも、こんなにしっかりとやっているクリニックがある」と、全国に知られるクリニックになることを目指しています。多くのスタッフに支えられながら、透析という長いお付き合いになる患者たちと向き合い、これからも地域に必要とされる存在であり続けながら、進化を続けていきたいと願っています。

心臓外科医として透析の分野に挑む

花房雄治

小学校の頃から、科学者になるのが夢でした。生き物が大好きで、自然科学に興味を抱く中、「病気を治す」という医師の仕事に憧れを持つようになっていったのは中学生に入ってからでした。高校生の時に、テレビのドキュメンタリー番組で、心臓外科手術の番組をやっていたことが転機でした。もちろん当時の私は、詳しい内容まではわかるはずもありませんが、心臓を一度止め、手技が終わった後、また心臓を動かすというバイパス手術を見た時に、「心臓が止まる=死」という概念が覆り、衝撃を受け、心臓外科医を目指すようになりました。

心臓外科医として福島県にある病院に勤めていたのですが、私の父の会社の経営がうまくいかなり、連帯保証債務を負っていたことで、心臓外科医を辞職せざるを得ない状況となりました。そんな中、現在のクリニックの求人を知りました。もともと自然豊かな下田という地に興味があったこともあり、縁あって勤めさせていただくことになったことが、透析医療を始めるきっかけでした。心臓外科医から透析への転身は少ないのですが、実は非常に親和性のある分野だと思っています。透析の患者は心臓疾患を抱える方が多く、そういった際に対処できることは大きなメリットになります。心臓外科医をしていた頃も、透析の患者が多かったことから、経験を役立てることができるという確信を持っていました。

いざ来てみると、これまで勤めてきた医療施設とのギャップに驚き、戸惑いました。それまでは1,000床以上の病院ばかりを経験していましたが、規模も小さく、外来の患者も月に4〜5人程度でした。患者の体調が悪くても入院を受け入れることができず、時間のかかる遠方の病院へ行ってもらうしかありませんでした。検査機器も揃っておらず古い機械ばかり。いずれなんとかしたいと、理事長とも話をしていた中、近隣の透析クリニックが閉鎖することになってしまいました。患者の受け入れを頼まれたのですが、現状では難しいということで、2012年に施設を新しく変え、名前も新たに開院することになりました。

新しいクリニックには透析だけでなく、もちろん循環器の患者もいらしています。さらに、取り組んでいるのは、最近注目されている成人先天性心疾患という分野です。先天性疾患というのは、主に小児循環器科の専門分野となります。しかし、そういった治療を受けた方が、成人になった後に見てもらえる病院はなかなかありません。私の得意とする分野でもありますので、地域の方の力になれればと考えています。

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地域医療に活力を吹き込むきっかけになりたい。

専門の医療と、幅広い治療の両方を兼ね備えていきたいという理念はありますが、地域医療の壁は厚く、一人の力では成り立ちません。多くの信頼できるスタッフに支えられて今があります。地域医療には、医師も看護師も足りていません。私が下田に来てから、10軒以上の医療機関が閉鎖してしまっている現状があります。そういった中、当院では長く勤めてくれているスタッフが多いことは誇れることだと思っています。大切にしていることは、スタッフ間の輪です。ただ、仲良くしてほしいというのではなく、「人の悪口を言わない」「挨拶をきちんとする」「感謝の気持ちをスタッフ間であってもきちんと伝える」など、基本的なことを大切にしていく雰囲気作りに注力しています。

患者は、スタッフがどんな風に思っているかを、手に取るように感じ取っているものです。以前、初めて入院された方から「こんな素敵な病院は初めてでした」といううれしいお言葉をいただきました。病院やクリニックで嫌な思いをした経験は、少なからず誰しもが持っていると思います。透析という、拘束時間も長い分野のクリニックですから、できる限りそういったことがないように努めていきたいと思っています。

看護師というのは、やはり女性が多く、ライフイベントによって続けることができないケースもあります。しかし、下田においてはそもそも看護師の資格を有する人自体が少ないため、他県から引っ越してきてくれることを願う以外にすべがないという、非常に難しい状況です。

大きな病院での経験ももちろん大切ですが、地域の診療でも多くを学ぶことはできると、私は自身の経験をもって感じています。透析と循環器という、あまり全国的にもみることのない組み合わせで成り立つ医療機関として、知名度を上げることで、下田に医師や看護師といった医療従事者を呼び込むことができればと願っています。

開院後の今でもなお、場合によっては50キロ離れた大きな病院へ患者さんを届けるケースも起きています。伊豆という土地柄、山道を1時間半揺られなければいけないため、体調が悪化してしまうこともあります。下田よりももっと大変な地域は、日本中にたくさんあるでしょう。都心のような充実した医療体制がないということに、諦めが芽生えてしまいがちな環境であることも感じています。そういった現状をなんとか打開するきっかけに、当院がなれればと思っています。

静岡県で一番のクリニック、そしてその次は、全国で一番と呼ばれるクリニックに。いずれは、同じように自然豊かな信州方面で新しい施設を作り、さらなる進化を続けていきたいと思っています。

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