長曽我部隆幸
1969年生まれ。宮崎県日向市出身。宮崎県立日向高校を卒業後、大手食品メーカー勤務を経て延岡市で飲食店を経営。2001年に「桝元」を設立し代表取締役社長に就任。直営・フランチャイズを含め九州内外に店舗展開を進めている。
https://www.karamenya-masumoto.com/

INTERVIEW

私たちの「辛麺」は毎日数万人のお客様にお召し上がりいただいていますが、それは一人ひとりのお客様の積み重ねの結果です。お客様に「また来たい」と思っていただくためにも、辛麺を全国の人に食べていただくためにも、社是にある「日々是新」のように、毎日心をあらためて謙虚に同じことをしっかり繰り返すしかありません。それが自分を作り上げていきます。「日々是新」と同時に「コツコツは克つコツ」が私の座右の銘です。

建設会社の副社長を辞めてナイトクラブを経営

長曽我部隆幸

宮崎の田舎でやんちゃな子供時代を過ごし、高校を卒業すると大手食品メーカーに就職しました。次に就職した建設会社では仕事の面白さに目覚め、昼夜惜しまず10年近く働いて副社長にまで昇進することができました。役職に就くと繁華街に出入りする機会も増え、その中で外国人を雇ったナイトクラブが楽しくて、こんな世界があるのかと感激したものです。当時、日向市内ではこのような店が流行っていましたが、隣の延岡市には1件もありません。これはビジネスチャンスだと思い、28歳の時に思い切って会社を退職し、半ば思いつきと勢いでナイトクラブの経営を始めました。
ところが目論見は外れ、ビジネスの難しさを思い知ることになりました。延岡市は日向市よりも街の規模が大きい上に競合店もないのに、まったくお客さんが入らないのです。
自分が客として通っていた頃は値段が分からないのが不安だったことをふと思い出し、お客様がいつでも値段を把握できるように価格設定を明示するシステムに変えると、次第に口コミで人気が広がっていきました。明瞭価格で安心して楽しめるイメージが定着したのが大きかったと思います。需要のないところに新しいものを浸透させるのは大変なことですが、一度定着すればパイオニア。キラーコンテンツの地位を確立できる可能性も秘めています。おかげで店の外まで人があふれかえるほどの大盛況になり、店舗も増えました。それまでは自分一人で何でもできるという根拠のない自信がありましたが、スタッフが一生懸命働いてくれているから商売が成り立つことを痛感しましたし、心からお客様やスタッフへの感謝の念が芽生えました。
一方、桝元は辛麺屋をメインにチェーン展開していて、私も常連客の一人でした。マスターと親しくなった頃、経営が立ち行かないことを打ち明けられたのです。純粋に辛麺のファンでしたし、ナイトクラブの経営もこのままずっと順調とは限らないので、店舗の一つを買い取ることにしました。それなりにお客さんが入る店舗でしたが、飲食店とは思えないほど管理体制がずさんだったので、まずは従業員たちの生活環境から整え、1年ぐらいかけて少しずつ改革を進めていきました。まだナイトクラブの売り上げが頼りでした。

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自分は無給でも従業員には必ずお給料を支払うという責任

ところがその後、条例の改正で外国人の雇用が規制され、頼みの綱だったナイトクラブは閉店を余儀なくされてしまいます。途方にくれましたが、これを機に桝元の再建に全力を挙げることにしました。最初の3年間、私は無給でした。ナイトクラブ全盛期に買った高級車や時計をすべて売り払ってどうにか食いつなぎました。どんなに苦しくても、従業員のお給料やボーナスを支払うという役割と責任を果たさずに自分がお金をもらうわけにはいきません。それは今でも私のこだわりです。コロナ禍で緊急事態宣言が出た時も、社員たちに「今までみんなが頑張って働いてくれたおかげで、当面は経営の心配がない。それでもこれから時短や休業を迫られる中でみんなに多少苦労させてしまうかもしれない。その時はまず私の給与を全額カットするので、どうにか耐えてもらいたい」と伝えました。自分がもらうよりも従業員全員にお給料を払える喜びのほうが大きいですね。
辛麺屋の店舗は繁華街にあり「飲んだ後の締め」の位置づけでしたが、ターゲットを女性や家族層にも拡大すべく、郊外にも出店範囲を広げていきました。辛いものが苦手な人や子供にも食べてもらえるよう味も大胆に改良し、CMなどのブランディングにも注力しました。どんなに店舗が魅力的で「現場力」があっても、お客様が来てくれないと意味がありません。新商品を開発する「企画力」、お客様を呼び込む「発信力」も必要不可欠です。この3つの原動力をバランスよく発揮させる人材をこれからも育てていきたいと思います。

桝元は、辛麺ではなく「人」を作る会社でなければいけません。会社はお給料をいただきながら通う学校のようなもの。私も含め、社員一人ひとりが人として成長する場であり続けたいですね。
若者のみなさんには、「必ず何でもできる」と信じて日々努力を怠らずにいてほしいと思います。誰かがやってくれるだろうという依存心は捨て、腹をくくり独立自尊の精神を忘れずに自分自身の未来を切り拓(ひら)いていってください。

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