NEC執行役員 社会基盤、社会公共ビジネスユニット担当 受川 裕 氏NEC執行役員 社会基盤、社会公共ビジネスユニット担当 受川 裕 氏
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Society 5.0実現に向けたNECのスマートシティ戦略

サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させることで人々に豊かさをもたらすスマート社会を実現するため、ICTを活用した政府の社会構想「Society 5.0」が進んでいる。未来の都市づくりに向けてNECのスマートシティ事業を担当するNEC 執行役員(社会基盤BU・社会公共BU担当)の受川 裕氏に、Society 5.0を実現させるための「サービスプラットフォーム」作りと、必要とされるクロスドメインに基づくデータの利活用について話を聞いた。

「Society 5.0」実現に欠かせない「データプラットフォーム」とは

Society 5.0の実現にむけ、NECとしてどのような取り組みを進めていますか。

受川 裕 氏

NEC執行役員
社会基盤、社会公共ビジネス
ユニット担当
受川 裕(うけがわ ゆたか)

受川 裕(以下、受川) NECはモノを提供する企業から、企業や社会に対して新しい価値を提供する企業へと変革を進めています。お客さまとビジョンを共有し、共に取り組む課題を設定した上で、ソリューションとして価値提供を目指します。NECが提供していく社会価値「安全」「安心」「効率」「公平」に基づき、お客さまの価値創造に向けて注力しています。

 その理念に基づき、Society 5.0を実現するためにNECはスマートシティ事業を推進しています。

 そして、IoTの普及により、世界的にデータの種類や量が爆発的に増加していますが、この大量のデータを組織や業界の垣根を越えて利活用をすることが、Society 5.0です。しかし、そのデータを横断的に利活用するためには、共通のプラットフォームがあってこそ実現できると言えます。

 これまでのスマートシティサービスは、例えば「エネルギー」や「交通」といった分野別のデータを活用し、個別にシステムを構築していたので、横断的に利活用・連携することが困難でした。しかし今後は、分野横断的にデータを連携させ、新たなサービス・価値を創出するため、「FIWARE」を活用したスマートシティ向け「データ利活用基盤サービス」の提供に至りました。

 高松市は総務省「データ利活用型スマートシティ推進事業」を活用し、国内で初めて、FIWAREを共通プラットフォームとするデータ利活用を先行して2月27日から運用を開始しました。加古川市(兵庫県)はまち・ひと・しごと創生総合戦略を踏まえ、「子育て世代に選ばれるまち」の実現に向けて、安全・安心分野をはじめとした複数分野のデータを収集し分析等を行うためFIWAREを3月から運用を開始します。

図1 「超スマート社会」を構成する11分野のシステム

図1 「超スマート社会」を構成する11分野のシステム内閣府 第5期科学技術基本計画の概要から引用

図2 NECが開発したFIWARE準拠のIoTプラットフォーム

図2 NECが開発したFIWARE準拠のIoTプラットフォーム

図1 「超スマート社会」を構成する11分野のシステム

図1 「超スマート社会」を構成する11分野のシステム内閣府 第5期科学技術基本計画の概要から引用

図2 NECが開発したFIWARE準拠のIoTプラットフォーム

図2 NECが開発したFIWARE準拠のIoTプラットフォーム

「FIWARE」を国内で初めて導入する高松市(香川県)はどのような取り組みをされるのですか。

受川 高松市は持続的に成長できる都市の実現のため、まずは直面する2つの課題、「防災」「観光」について取り組みをはじめました。

 「防災」については、過去に大雨や台風などによる、河川の氾濫や高潮被害がありました。当時は、高松市の水防計画上の13の観測地点において、リアルタイムに河川の水位などが把握できるセンサーがなかったため、職員による現地確認が中心であったと聞いております。また、南海トラフ大地震の発生(今後30年以内に70~80%)なども予想されており、防災分野におけるレジリエントな取り組みが求められています。

 NECは欧州のスマートシティ事業に参加しており、データの流通を担うソフトウェアモジュール開発を担当していました。そのノウハウを生かし、高松市におけるデータの収集、分析等の利活用の促進にも取り組みます。例えば、河川に設置した水位センサーから得たデータを使ってリアルタイムで状況を観測し、その変化に応じて、効率的に、より早期に、市民に知らせることができるようなものを想定しています。

 観光面では、瀬戸内海に面する高松市は坂が少なく、風光明媚(めいび)な土地として評判となり外国人観光客が増えています。平地が多いこともあり、彼らは観光地を巡るのにレンタサイクルを利用しているそうです。そこでレンタサイクルにGPSロガー(GPSにより移動経路を記録する装置)を搭載し、観光客の動線を把握できれば、彼らがどのようなルートを通り、どこに立ち寄るのか。そういったことが分かれば、多くの観光客が来る場所やタイミングに合わせて、適切な多言語案内や観光施策を打つことができます。例えば、地元企業が臨時の店舗などを設けられ、結果として地場産業の活性化が実現できると考えています。

 さらに高松市は産学民官連携を通じて、官民データの収集・分析による地域課題の解決を目指し、「スマートシティたかまつ推進協議会」を大西高松市長の下、設立しました。

 この協議会には、高松市の他に地元の大学・高専など研究教育機関や金融機関、通信ネットワーク事業者など全26者、オブザーバー3者(2018年3月現在)の組織が参加しています。具体的に誰がどのようにデータを管理し、提供していくかなどについては、協議会に参加している企業と相談しながら利用者が使いやすい形を模索していくことになるでしょう。

図3 データ流通型のスマートシティ例(高松市)

図3 データ流通型のスマートシティ例(高松市)

図3 データ流通型のスマートシティ例(高松市)

図3 データ流通型のスマートシティ例(高松市)

観光以外の分野での取り組みはいかがでしょう。

受川 そうですね。高松市でも観光や防災だけでなく、様々な分野のデータをプラットフォームに載せることを考えています。例えば来年度以降は公共交通機関を使った効率のいい移動法や、福祉分野などです。他にも、例えばNECの「衛星搭載合成開口レーダ」によるインフラモニタリングを使えば広範囲に分布しているインフラを、1mm単位の精度で経年変位をモニタリングすることができます。これを活用して、定期的に橋梁や堤防、火山の山体膨張/収縮などをモニタリングし、そのデータを活用することで安全点検やメンテナンスに役立てることができます。ほかにもドローンにハンマーを搭載し、それを使って人が接近しにくい場所にある設備の打音検査を行う取り組みも進めており、そうしたデータもプラットフォーム上に載せることで幅広く活用できます。

各都市が抱える共通の課題解決に挑む

高松市が導入した「FIWARE」について詳しくお聞かせください

受川 裕 氏

受川 FIWAREとはFuture Internet WARE(次世代インターネット基盤ソフトウェア)の略称で、公共サービスを提供する自治体や企業等の業種を越えたデータ利活用やサービス連携を促すため、オープンソースとして欧州の次世代インターネット官民連携プログラム(FI-PPP、注1)が開発した、グローバルスタンダードのAPIを採用しています。

(注1)次世代インターネット官民連携プログラム(FI-PPP)欧州の第7次研究枠組計画におけるICTプロジェクトとして、3億ユーロの予算の下、2011年から5年計画で次世代インターネット官民連携(FI-PPP)プログラムを実施。

 地域の活性化や安全など、都市における課題解決に向けて、都市や地域に分散して存在する様々な分野・領域のデータ、例えば防災、観光、交通、エネルギー、環境などや、IoTなどを活用して収集したデータをクラウド上で蓄積し、共有・分析・加工して提供するものです。

 このFIWAREを活用したスマートシティ向け「データ基盤活用サービス」を4月からNECが提供を開始しますが、その背景として、昨年、官民データ活用推進基本法が施行され、官民データ活用がIT政策の軸となり、都市の課題解決の手段としての期待が高まっており、様々な分野・領域のデータを地域の複数のステークホルダー間で共有・利用するニーズも増加しています。

 つまり、ネットワークセントリックからデータセントリックに時代は遷移しているという事です。

 しかし、データを一括管理・運用し、利活用を促進するための仕組みが必要で、欧州では公共サービスを提供する自治体や企業等の業種を越えたデータ利活用や、サービス連携を促すため、上記特長を有する「FIWARE」を開発・実装され、現在、欧州以外の地域にも広く普及しています。

 実は、NECはこの「FIWARE」の開発に2011年から携わっており、サービスを提供するにあたり、セキュリティを強化するなど、都市経営やビジネスに利用可能な基盤に改良しました。

図4 NECの「データ利活用基盤サービス」概要図

図4 NECの「データ利活用基盤サービス」概要図

図4 NECの「データ利活用基盤サービス」概要図

図4 NECの「データ利活用基盤サービス」概要図

NECはデータを利活用するプラットフォーム作りに実績がありますね。

受川 先にも述べた通り、2011年から欧州が取り組んでいたスマートシティプロジェクトにおいて、NECはデータ流通分野を担当してきました。「FIWARE」は、スマートシティを実現するシステムとして活用されており、オープンな仕組みを採用することで複数の民間企業が容易に事業へ参加できるのが特長です。海外の活用例としては、スペインのサンタンデール市で行われているゴミ回収事業の効率化がその一つです。ゴミ回収は実際にゴミがたまっているかどうかに関係なく、決められた収集ルートを回るのが一般的です。それが、ゴミの量を計測するセンサーを設置し、ゴミの量を計測することで、収集ルートを効率化した結果15%のコストを削減できました。伴い、ゴミ収集における時間やコスト、排ガスの削減も図ることができます。サンタンデール市では、ゴミの量を計測するセンサーの他、駐車場の空き状況を把握するセンサー等、街中に全部で12,000個のセンサーを設置し、得られたデータを交通、ゴミ回収、電力など様々な分野で活用し、行政サービスの最適化を図っています。

図5 FIWAREの開発への取り組み

図5 FIWAREの開発への取り組み

図5 FIWAREの開発への取り組み

図5 FIWAREの開発への取り組み

 こうした取り組みは、Society 5.0の実現を目指す上で必要なものであると考え、国内の各都市への導入を積極的に進めています。また欧州はグローバルスタンダードを目指したもので、既に25カ国、約110の都市でFIWAREを使った事業が進んでいます。同じ仕組みを日本で導入すれば、外国の都市との互換性も確保できます。

 ただし、欧州では生データに近いものを無償で提供する方法を採用しており、ここは日本においては工夫の余地があると考えています。NECは最先端AI(人工知能)技術群「NEC the WISE」を提供しており、一般的な機械学習を使うものや、多種多様なデータの中から精度の高い規則性を自動で見つけ出し、状況に応じた最適で高精度な予測を行うAI「異種混合学習技術」があります。これは予測の根拠を分かりやすく示すことができる「ホワイトボックス型」のAIです。このようなAIを当社のIoT基盤「NEC the WISE IoT Platform」に組み込むことで、人が思いつかなかったような組み合わせやアイデアが生まれ、データの提供側と利用側のマッチングを期待することもできます。モデル都市として取り組んでいる高松市のスマートシティプラットフォームでは、このようなAIによる取り組みまで実現したいと考えています。

スマートシティに関するNECの取り組みは
今後どのように広がっていくのでしょうか。

受川 スマートシティ向けのプラットフォームは横展開がしやすいと考えています。地方創生のためには地場産業の活性化が欠かせません。例えば、そうしたものに役立つアプリケーションを観光の分野などで一度作ってしまえば、似たような課題を抱える他の都市でも応用できます。我々がそうしたプラットフォームを提供していくことで、今年度のうちに4~5都市、2020年には50都市ほどにスマートシティの取り組みが広がると期待しています。

 国内だけではありません。都市の抱える課題はどの先進国でも共通したものです。

 例えば、インフラの整備は日本よりも米国の方が早くから進んでおり、既にその劣化が問題になってきています。高齢者のケアという課題は英国にもあります。フィリピンや台湾では防災が大きなテーマです。途上国に対しては、インフラ輸出の一つとしてプラットフォームを輸出することもできるでしょう。日本の都市の多くは海外諸都市との都市間連携を図っているため、その座組みを通じてプラットフォームを活用することで、日本の取り組みが海外に広がっていくことを期待しています。

プラットフォームで重要となる「クロスドメイン」利用
様々なデータを取り込んだエコシステムが未来を変える

プラットフォームで取り扱う分野も広がることでしょうね。

受川 データは多ければ多いほど価値や精度が高まるものです。例えば公共交通機関にレンタサイクル、レンタカーをうまく組み合わせたマルチモーダルも、データがあれば大きな進展が期待できます。個人情報を扱うというリスクはありますが、ヘルスケアも有望な分野でしょう。健康情報をビッグデータとして処理できれば、そこから様々な活用法が見えてくると思います。また、SNSに流れるテキストデータを分析して傾向をつかみ、防災に役立てることも考えられます。行政の防災担当者が車に乗って回るよりも早く情報が得られるでしょう。

夢のあるお話ですが、それらを実現するために必要なことは何でしょうか。

受川 プラットフォームを誰でも利用できるオープンな場にすることです。Society 5.0を実現するためには各分野がバラバラに取り組むのではなく、基盤となるプラットフォームが必要です。繰り返しになりますが、現時点では交通やエネルギーなどの個別分野におけるアプリケーション作りが中心となっており、放っておくと分野ごとにプラットフォームができてしまいかねません。だからこそNECは、それぞれのデータが流通する「場」をつくることに取り組んでいるのです。

 プラットフォームにおいて重要な点は、様々な分野のデータを「クロスドメイン」で利用できるということです。そのためには、単独で行うのではなく、仲間づくりが欠かせません。NEC以外のデータも取り込むようなエコシステムを構築することが必要です。例えばNECはさくらインターネットとスマートシティ・ビル向けのデータ流通システムの共同実証実験を3月から福岡市で始めます。これは、スタートアップやベンチャー企業、中小企業などの参加を促進し、地域ごとの課題、データを利活用する際の共通課題の早期抽出だけでなく、参加者間によるノウハウの共有により、データ流通市場におけるエコシステムを構築し、新たな価値を創造するスマートアプリケーションの創出も期待できると考えます。その観点から、都市単位ではなく全国的な推進協議会作りも考えています。また現在は市町村単位でプラットフォームづくりをしていますが、県単位で取り組む方法もあります。災害の広域化といった問題を考えるなら、防災はむしろ県や、それより大きな単位で考えた方がいいはずです。

図6 クロスドメインのデータ流通イメージ

図6 クロスドメインのデータ流通イメージ

図5 クロスドメインのデータ流通イメージ

図6 クロスドメインのデータ流通イメージ

 さらに現在欠けているものとして、IoT分野におけるセキュリティという問題があります。これについては来年度から取り組みを強化する予定です。その際にはブロックチェーンや暗号通信、顔認証など様々な技術を駆使することになるでしょう。それを、どのようにプラットフォームに組み込んでいくかを検討する必要があります。

 スマートシティが実現すると、街中での私たちの暮らしは大きく変わります。例えば、健康のために1日30分歩きたければ、公共交通機関やレンタサイクル、徒歩など様々な手段を組み合わせた提案がすぐに受け取れるような時代が来るでしょう。Society 5.0の実現に向けて、NECではICTを通じて未来の街づくりへの貢献をしていきたいと思います。

図7 NECの目指すSocial Ecosystem Innovation

図7 NECの目指すSocial Ecosystem Innovation

図7 NECの目指すSocial Ecosystem Innovation

図7 NECの目指すSocial Ecosystem Innovation