東洋大学教授 慶応大学名誉教授 竹中 平蔵 氏東洋大学教授 慶応大学名誉教授 竹中 平蔵 氏
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経済情勢とテクノロジー、その光と影を読み解く竹中平蔵氏が語る
2019年度世界経済展望

米中対立、英国のEU離脱、各国で勃興するポピュリズムなど、世界の政治・経済の不安定要因は増加する傾向にある。一方、第4次産業革命の進行は世界中で加速している。この変動の中、現在の日本はどのような位置にあり、今後どのような方向を目指していけばいいのだろうか。そして、そこで日本企業が果たすべき役割とは──。経済学者、竹中平蔵氏の恒例の年頭インタビューを2回にわたってお届けする。

「大いなる安定」から
激しい変動の時代へ

2018年の世界情勢、経済情勢を振り返っていただけますか。

竹中 平蔵 氏

東洋大学教授
慶応大学名誉教授
竹中 平蔵(たけなか へいぞう)

竹中平蔵氏(以下、竹中) 2018年はひと言で言えば、「グレートモダレーション」、すなわち「大いなる安定」が終わった年でした。一昨年までは、投資家が「損をするのが難しい」と言うほどの世界経済の安定がしばらく続いていました。その流れが大きく変わったのが昨年です。

 その1つの要因となったのが、米国の史上最大規模の法人税減税です。これによって米国経済は当面の好調を保っていますが、いずれ巨額の財政赤字となる可能性があります。その結果金利が上がり、ドルへの投資が過剰になり、世界の資産市場のバランスが崩れる。それが考えられるシナリオで、すでに昨年10月にニューヨーク、東京、香港で株価が大きく下がりました。これは米国の金利動向の影響であると見て間違いありません。

 米国のそのような行動の背景を示すキーワードは「分断」であると私は考えています。米国内の経済格差、EU離脱を巡る英国内世論の二分化がその顕著な例で、それが両国のポピュリズムにつながっています。言うまでもなく、減税は非常にポピュリズム的な政策です。そのポピュリズムがイタリアやブラジルなどにも波及しているのはご存じの通りです。

 もう1つ、「大いなる安定」が終わったことを示しているのが米中関係です。二国の関係はすでに「貿易戦争」ではなく「国家体制の違いをめぐる争い」になっていると言っていいと思います。

 以前までは、人々の自由が制限されている中国では決定的なイノベーションは起こらないだろうと考えられていました。しかし、第4次産業革命の推進力の一つであるビッグデータを活用するという点で、中国の国家資本主義は強大な力を発揮できることが明らかになっています。海外企業を締め出し、国内のプラットフォーマーとの協力のもと、13億人という巨大マーケットからデータを集め、AIと組み合わせて第4次産業革命を進めています。

 ときに「技術覇権」とも呼ばれるこの体制との対決姿勢を米国は鮮明にしています。貿易だけの問題であれば妥協の余地はあります。しかし、問題は国家体制の根本的な違いであり、その点について米国が譲歩することはないでしょう。それが、二国の関係がもはや貿易戦争ではなくなっているということの意味です。

 世界は今後しばらく不安定な状態が続く。それが昨年1年間の動きから見えてきたことだと思います。

2019年はどのような年になるのでしょうか。

竹中 「すごく揺れ動きながら、力強く前進する年」になると私は考えています。金融市場のボラティリティ(変動性)が高まる一方で、第4次産業革命はすさまじい速さで進んでいきます。市場の動きに翻弄されながらも、気がついていたらずいぶんと前に進んでいた。そんな一年になるのではないでしょうか。

 2019年の日本の大きな特徴は、ビッグイベントが立て続けにあることです。統一地方選、改元、G20大阪サミット、カジノ管理委員会始動、参院選、アフリカ開発会議(TICAD)、ラグビーワールドカップ、消費税引き上げ──。これほど大きな行事が重なる年は、おそらく過去に例がありません。

 市場の変動が大きく、イベントが多いということは、様々なリスクがあるということです。しかしそれは同時に、チャンスがたくさんあることを意味します。内閣府は今年度の日本の成長率は昨年度より高くなると予想しています。それだけのポテンシャルがあると見ているということです。

国際的なデータ
ガバナンスの仕組みを

1月に開催されたダボス会議(世界経済フォーラム)の印象と、議論になったトピックスについてお聞かせください。

竹中 平蔵 氏

竹中 一番の印象は「静かなダボス会議」だったということです。テーマは「グローバリゼーション4.0」で、グローバル化を推し進めようとする国と自国ファーストを掲げる国との間で議論を行い、世界の制度設計をやり直す機運を高めようという狙いが今回のダボス会議にはありました。しかし、米国のトランプ大統領、英国のメイ首相、フランスのマクロン大統領といったキーパーソンが軒並み欠席したことで、活発な議論が繰り広げられることは結局ありませんでした。

 その中にあって私が評価したいのは、安倍首相のスピーチです。30分ほどのスピーチの多くの時間が、データガバナンスに関する話題に割かれました。

 世界に求められているのは、信頼性の高い仕組みをつくってデータ活用を推進することである。それによって、データは医療や産業の水準を向上させ、富の格差を解消する「格差バスター」になり得る。現在のところ各国のデータに対するスタンスはまちまちだが、今年6月に開催されるG20サミットをデータガバナンスに関する世界的なルール作りの議論を進めるきっかけにしたい──。安倍首相は、そんな話をしました。このスピーチは、G20の議長国として大変立派なものだったと私は思います。

「信頼性の高い仕組み」をつくる具体的な方法は示されましたか。

竹中 各国の事情がある中で具体的な仕組みを提示することは簡単ではありません。安倍首相が言及したのは、「WTO(世界貿易機関)の改革とともにデータ活用を進めていこう」ということです。国際的な枠組みのもとで、しかもその枠組み自体を改善しながら共通の仕組みづくりを進めていくのがこれからの方向性であるということで、これもまた大変巧みな表現だったと思います。

日本が独自に取り組めることはありそうですか。

竹中 日本国内で取り組むべきは、新しい競争政策の仕組みをつくることだと私は考えています。米国のGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)の例などを見てもわかるように、データはプラットフォーマーと呼ばれる事業者に集中します。それを従来の独占禁止法の概念で取り締まることはもはや不可能です。今までとはまったく違う競争政策の枠組みをつくる必要があります。欧州ではそれを検討する組織がすでにできています。日本でも早急に取り組みを始めるべきでしょう。

 ウーバーやエアビーアンドビーといった企業の登場が明らかにしたのは、これまで業界ごとに整備されていた「業法」の考え方がもはや通用しないということでした。自社のタクシーを1台も持たないタクシーのような事業者、自社の宿泊施設を1つも持たないホテルのような事業者をどの業法で管理すればいいのか。その答えは、これまでの法律の枠組みの中にはありません。戦後のアーキテクチャーを根本から変えることが求められているのです。

 もちろん、制度や仕組みを変えるには時間がかかります。しかし、とにかくやってみることです。まずはやってみて、問題があればそのつど解決していく。そういったアジャイルな手法が政府にも求められていると思います。

必要なのは「健全な危機感」

世界情勢や経済が刻々と変化している中で、民間企業はどのような行動をとるべきでしょうか。

竹中 ダボス会議などの国際的会合に出席していつも感じるのは、おそらく日本の国民が考えているよりも世界の変化ははるかにダイナミックであるということです。この変化の大きさは、日本国内にいるとなかなか感じることができません。アベノミクスの効果で日本の経済はよくなってきてはいますが、先進性という点では世界の国々にむしろ差をつけられている可能性があります。

 もちろん、悲観することはありません。しかし、危機感をもつことは必要です。これからの行動の指針となるような「健全な危機感」をもたなければならないと私は思います。

 日本企業には素晴らしいテクノロジーがたくさんあります。例えば、ニューヨークのジョン・F・ケネディ国際空港の入国審査には、NECの顔認証の仕組みが使われています。入国審査が国家権力の行使であることを考えれば、そこに日本企業の最先端のテクノロジーが使われているのはすごいことなのです。

 しかし日本国内を見わたせば、最新技術の社会実装のスピードが遅いことは否めません。中国のいくつかの都市やドバイやシンガポールでは、第4次産業革命は社会実装の段階にすでに入っています。第4次産業革命を推進し、それを社会の価値につなげていくために企業ができることはたくさんあるはずです。

※2019年2月取材

後編を読む

日本発の「都市のイノベーション」

第4次産業革命の現状をどう見ていますか。

竹中 平蔵 氏

竹中平蔵氏(以下、竹中) 第4次産業革命は近未来の話ではなく、まさに現在起こっていることです。国家資本主義の力でそれを進めているのが中国です。例えば、アリババはもともとEC企業でしたが、現在は、政府との協力のもとにユーザーから集めた膨大なビッグデータをAIと組み合わせることで、あらゆるビジネスを展開する会社になっています。

 彼らは、杭州市のメインストリートの通行量や駐車量をリアルタイムで把握し、AIを使って信号の最適化を図る事業を実現させています。これによって自動車の混雑率は平均で20%下がり、救急車が出動してから現場に到達するまでの平均時間が半分になったそうです。

 アリババはこれをパッケージソリューションにして、世界中に販売し始めています。マレーシアのクアラルンプールは、データの取り扱いなどに条件をつけた上で、このソリューションの導入を決めています。

 このアリババの取り組みからわかることは、第4次産業革命が都市空間全体に及んでいるということです。インフラ管理やエネルギーの最適化ばかりでなく、空間のあらゆる領域にビッグデータとAI活用が及ぶ。そのような都市は、スマートシティのさらに上をいくという意味で「スーパーシティ」と呼ばれるようになっています。

日本でスーパーシティを実現させることは可能でしょうか。

竹中 可能であると私は考えています。昨年9月、日本の成長戦略や構造改革について議論する未来投資会議において、私は日本におけるスーパーシティづくりを提案しました。安倍総理と菅官房長官は乗り気になっていて、法律を整備しようというところまできています。

 自動走行などを中心に、AIとビッグデータを活用し、新たな都市を設計する──。それがスーパーシティづくりの基本的な方向性です。スーパーシティは、第4次産業革命の様々な要素が集結し、具体的な形となって価値を生み出していく空間です。21世紀型の都市と呼んでもいいでしょう。その実験をするのではありません。実装していくのです。この取り組みによって、日本の第4次産業革命は一気に進んでいくはずです。

 スーパーシティで自動走行を実現させるためには、道路情報や地図情報を一元化しなければなりません。現在の日本では道路ごとに国、県、市と管理者が異なります。スーパーシティを目指す法律ができれば、従来の管轄の枠組みを超えて、自動走行が可能な情報のインフラをつくることが可能になるでしょう。

 何より重要なのは、そのような取り組みを自由主義国家が民主主義のルールのもとで行うということです。中国のような国家資本主義国、あるいはドバイのような王権の強い国ではスーパーシティづくりが始まっています。しかし、自由主義・民主主義国家における成功例はまだありません。

 民主主義のプロセスを遵守し、インフォームドコンセント(説明と同意)を実行しながらスーパーシティをつくることができれば、そのプロセス自体がイノベーションとなるでしょう。それは日本発のイノベーションであり、日本のモデルが世界標準になるということです。

 もうひとつ重要な視点は、スーパーシティを地方につくることは、すなわち地方創生につながるということです。新しい街の開発には、すでにある街をベースにする「ブラウンフィールド型」と、更地を確保して街を一から建設する「グリーンフィールド型」があります。いずれの場合も、建設地の人々の主体的な関与が必須です。地方議会の決議がなければならないし、場合によっては住民投票も必要になるでしょう。それはすなわち、地方主導で21世紀型の都市をつくっていくことを意味します。地方の人々が自分たちの力でスーパーシティを実現させ、その価値を自分たちが享受していく。その可能性が示されれば、候補地に立候補する自治体がたくさん出てくるでしょう。

 スーパーシティ関連の法律が成立し、未来都市づくりが現実のものになった折には、ぜひNECにも事業主体として手を挙げてほしいと思います。

最新のテクノロジーを
社会に実装していく

注目している個別の最新技術にはどのようなものがありますか。

竹中 平蔵 氏

竹中 テクノロジーの専門家ではない私から見ても、顔認証や自動走行技術の長足の進歩には目を見張るものがあります。それから、ブロックチェーン。これもまた非常に大きな可能性があるテクノロジーだと思います。数年前までのダボス会議では、AIがしばしば話題になっていました。しかし、昨年くらいからAIはほとんど語られなくなりました。AIはごく当たり前の技術になったということなのだと思います。それに代わって話題になっているのがブロックチェーンです。

 ブロックチェーンは「分散型台帳」と訳されます。このテクノロジーは日本においてこそ力を発揮すると私は考えています。なぜなら、日本は他国に比べて台帳の種類が多いからです。戸籍、住民票、不動産登記簿──。そういった台帳をすべてブロックチェーンにすればいい。それによって手間が減り、手数料が減り、技術レベルの向上も期待できます。

 繰り返しますが、重要なのは実装です。インベンション(発明)とイノベーションは異なります。インベンションを社会に実装し、そこから具体的な価値を生み出していくのがイノベーションです。優れたインベンションがあっても、それを実装できなければ意味がないのです。

 これも繰り返しになりますが、技術の社会実装において日本は他国に後れを取っています。インドでは、総人口13億人中11億人が指紋と瞳孔による個人認証の仕組みに登録しています。これによって、民間や行政の様々なサービスが格段に便利になるはずです。

 テクノロジーの社会実装は最終的には国の役割です。しかし、民間企業にもやれることはあります。例えば、昨年日本でもサンドボックス制度が一部ではありますが、正式に成立しました。これはご存じの通り、地域や期間を限定して現行の法律的規制をなくす制度です。このような新しい仕組みを使って、野心的なプロジェクトにどんどんチャレンジしてほしいと思います。国の側がテクノロジーについて知っていることは、実はそれほど多くはないのです。「最新技術を使ってこういうことができる」ということを企業の側からどんどん提示していくべきだと私は思います。

そのような取り組みからイノベーションが生まれる可能性もありそうですね。

竹中 イノベーションを定義したシュンペーターは、イノベーションには二通りあると言っています。需要側のニーズから生まれるイノベーションと、供給側の技術的ポテンシャルから生まれるイノベーションです。歴史を見ると、大きなイノベーションは供給側からの発信で生まれていることが多いのです。これまでなかったもの、本当に画期的なものを需要者が思いつくケースはほとんどありません。例えば、フェイスブックのようなインターネット活用の方法があることを想像していた人はほとんどいなかったでしょう。

 ただし重要なのは、イノベーションは供給側の勝手な思い込みでは成立しないということです。アイデアが供給側から生まれるとしても、そのアイデアは需要側の潜在的なニーズを捉えたものでなければなりません。需要者のニーズを捉えた上での供給側主導のイノベーション。企業の皆さんには、ぜひそれを目指してほしいと思います。

東京2020を次の時代に
向けた出発点に

今年は、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会を翌年に控えた重要な年でもあります。

竹中 先の1964年の東京大会では、一種の「締め切り効果」によって、東京や日本のインフラが整備されました。有名なホテルが続々と建設されたのも、東海道新幹線が開通したのも、首都高速が整備されたのも、すべてオリンピックという目標があったからです。そのような締め切り効果は、今回の大会でも期待できるのではないでしょうか。

 しかし、前の大会のときと違い、日本はすでにインフラが整備された先進国です。東京2020は、インフラではなく技術を示す大会になるでしょう。例えば、空港のインフォメーションをすべてロボットが担う、あるいは、選手村から競技場まで自動走行で選手を運ぶ。そのようなテクノロジー活用が実現すれば、東京2020は次の時代に向けた出発点となるはずです。官民が力を合わせてテクノロジーのレガシーを残していけるかどうか。それが試されていると思います。

 東京2020では、NECの顔認証システムが関係者エリアの入退場チェックに使われます。このような最先端技術が東京2020のあらゆる場面で活用されることになれば、確実に2020年以降の社会実装につながっていくはずです。それを私は大いに期待しています。

東京2020は、日本が取り組む第4次産業革命のショーケースになる可能性もありそうですね。

竹中 そう思います。今後、第4次産業革命が進んでいけば、企業間の競争はいよいよ激しくなっていくでしょう。その中で先頭を走り続けることができるか。テクノロジーを手がける企業にとって、その試金石となる重要な大会となるのではないでしょうか。

※2019年2月取材

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