慶應義塾大学名誉教授、東洋大学教授 竹中 平蔵 氏慶應義塾大学名誉教授、東洋大学教授 竹中 平蔵 氏
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竹中平蔵氏が語る
「2017年度世界経済展望」~乱気流と偏西風(第4次産業革命)が与える変化~

英国で最初の産業革命が始まってからおよそ250年。世界中で今、産業や人々の生活を大きく変える可能性がある新しい「革命」が進行している。それが「第4次産業革命」だ。18世紀の産業革命では、蒸気機関などの新技術が推進力となった。この新しい革命を動かしているのは、目覚ましい進化を続けるICTである。波乱が続く世界経済に第4次産業革命はどのような影響を与えるのか。そしてこの革命は社会やビジネスのあり方をどう変えていくのか。経済学者、竹中平蔵氏に聞いた。

世界経済は「乱気流」と「偏西風」の真っただ中

── はじめに、2017年の世界経済の見通しについて、お考えをお聞かせください。

竹中 平蔵 氏

東洋大学教授
慶應義塾大学名誉教授
竹中 平蔵(たけなか へいぞう)

竹中平蔵氏(以下、竹中) 現在の世界経済は「乱気流」と「偏西風」の中にある。そう私は考えています。乱気流とはつまり、予想もつかないような上昇・下降を繰りかえす激しい風です。偏西風とは、絶え間なく吹き続ける風です。まず、乱気流の方からお話をしましょう。

 2016年は乱気流が非常に強く影響した年でした。英国は6月に行われた国民投票で、EUから離脱することを実質的に決定しました。11月の米国の大統領選挙では、ドナルド・トランプ氏という極めてユニークな人物が大統領に選出されました。これらが、私がいう乱気流に相当するものです。

 この二つの出来事に現れているのは、ハイパーポピュリズム(大衆迎合主義)と呼ばれる現象です。現在、世界中で経済的、社会的な格差が広がっていて、ときに「断層」と表現されます。それが最も先鋭的な形で表面化したのが英国であり、米国でした。これらの国は、所得を再分配し、断層を埋めることにあまり力を注いでこなかった。その結果、「自分たちは社会的弱者であり、移民などから自分たちの生活を守らなければならない」と考える人たちが、英国ではEU離脱に一票を投じ、米国ではトランプ氏に一票を投じた。そう考えられます。

 市場経済や自由貿易は世界の経済を発展させる原動力です。その力を弱めてしまっては元も子もありませんが、それに取り残されてしまった人々に対する配慮が欠けていた。そういう反省があってしかるべきだと私は思います。

── 今後、この乱気流は強まっていくのでしょうか。

竹中 その可能性はなくはありません。1月に行われた世界経済フォーラム(通称:ダボス会議)では、今後の「ブラックスワン」の出現についての議論がなされました。ブラックスワンとは予期せず起こる不都合な現実を意味します。欧州において危惧される一つめのブラックスワンは、国政選挙です。今年、オランダ、フランス、ドイツで国政選挙が行われます。いずれも英米同様、ポピュリズムの動きが強まっている国です。その選挙の結果によっては、世界経済の情勢も大きく変わるかもしれません。

 もう一つのブラックスワンは、「アフリカの中東化」です。昨年、シリアから多くの難民が欧州に押し寄せて大きな問題となりました。中東からの難民は、欧州においてポピュリズムが台頭する原因の一つとなっています。もし今後、アフリカ各国の政治体制に混乱が生じ難民が大量に発生したら、欧州にとってはさらに大きな脅威になります。

 これに私は、「中国経済の減速」を付け加えたいと思います。数年前、中国の成長率は年9%ありました。しかしそれが徐々に下がってきて、今年の成長目標は6%後半となっています。さらに日本経済研究センターの予測では、2020年には4.4%、22年には2.8%まで下がる可能性もあるそうです。私はそういうことは簡単には起きないだろうと思いますが、もしそうなった場合、日本を含むアジア各国への影響は非常に大きいと考えられます。中国はアジアにおける最大の輸入国、つまり「商品を買ってくれる国」だからです。中国に最もモノを売っているのは韓国、次いで日本です。中国経済の失速は、日本経済を大きく左右することになるでしょう。2017年はこの新しい乱気流が生じる可能性を秘めており、非常に注意しなければならない年であると言えます。

第4次産業革命が経済の安定成長の鍵

── 世界経済の先行きは不透明であると考えるべきなのでしょうか。

竹中 必ずしもそうではないのです。短期的に見れば、2017年の世界経済の見通しは総じて悪くはありません。IMF(国際通貨基金)の予測では、世界経済の今年の成長率は、昨年の3.1%から3.4%に伸びるとされており、緩やかな景気回復の過程にあります。一部の専門家はさらに高い成長予測を出しています。仮にIMFの予測を超えて世界経済が成長するならば、それは実に6年ぶりのことになります。

 緩やかな回復傾向にあるという点では、日本経済も同様です。政府が出している「政府経済見通し」によれば、2016年度の成長見込みは1.3%。17年度は1.5%です。高い成長率とはいえませんが、日本経済は回復基調にあると見ていい。しかし、これがいつまでも持続するわけではないでしょう。乱気流がいつ起こるか分からないからです。

── 乱気流に備えるためには、どうすればよいのでしょうか。

竹中 平蔵 氏

竹中 乱気流はいつ起きるか分かりません。しかし、もう一つ別の風がある。これにうまく乗ることで、経済を安定的に成長させられる可能性があります。その風が偏西風です。この偏西風は世界中で吹いており、ますます強くなっているように思います。では、その偏西風とは何か。私はそれを「第4次産業革命」であると捉えています。

── 第4次産業革命をどのように定義していますか。

竹中 始まったばかりなのでまだ正確な定義があるわけではありませんが、私は5つの要素によって説明できると考えています。すなわち「AI(人工知能)」「ロボット」「IoT(モノのインターネット)」「ビッグデータ」、そして「シェアリングエコノミー」です。

 欧米ではすでに数年前から、これらに対する具体的な取り組みを始めています。ドイツ政府が「インダストリー4.0」と呼ばれる産業のIoT化に着手したのは2011年のことです。米国と英国では、12年にビッグデータを活用するための仕組みを整備し始めています。

 一方の日本はどうでしょうか。第4次産業革命という言葉が明示的に閣議決定の文章に出てきたのは、2016年の日本再興戦略からです。ドイツと比べるとすでに数年遅れてしまっている。このことはしっかり認識しておかなければなりません。

 もっとも日本は、IoTやビッグデータへの取り組みでは欧米に先行されていても、それらを実用化し、産業や人々の生活に役立てていく技術において強い競争力を持っています。遅れを挽回するチャンスは大いにあると私は考えています。

 技術は常に進化し、経済の生産性を高めてきました。しかし今世界中で起きていることは、単に生産性を高めるだけでありません。私たちの社会生活を根本から変える非常に大きな可能性がある大きな変化です。だからこそ、これは「革命」なのです。

社会の仕組みが大きく変わっていく

── 第4次産業革命は、具体的に社会にどのような変化をもたらすとお考えですか。

竹中 米国ではご存じの通り、一般のドライバーが運転する車をタクシーのように利用できるウーバー(Uber)という配車サービスが人気を集めています。一台の車を多くの人と共有するという点で、これはシェアリングエコノミーの一種と考えられます。

 一般家庭の自家用車は、走っている時間よりも停まっている時間の方が圧倒的に長いという事実があります。稼働率が極めて低いわけです。車をシェアする仕組みができれば、あえて車を所有する必要がなくなり、車の台数は大幅に減るでしょう。すると、駐車場が減らせるので、その分のスペースを有効に使えるようになります。つまり、モノの所有の在り方や、土地の利用の仕方が根本から変わるのです。

 それだけではありません。これまでタクシーが「安心して乗れる車」だったのは、国が作った制度によって認可されていたからです。しかし、ウーバーのようなサービスでは、ユーザーによる評価などが蓄積したビッグデータによってこれまでの実績が確認でき、それが安心につながります。これは、国の制度によるお墨付きが必要なくなるということであり、私たちが作ってきた社会の仕組みが大きく変わるということです。これが進むと、社会の制度やインフラが不必要になってきます。このような動きはご存じの通り、宿泊、金融などの分野でも進んでいます。

── 第4次産業革命は、私たちの仕事の在り方を大きく変えるという指摘もあります。

竹中 オックスフォード大学のマイケル・A・オズボーン准教授が発表した論文が、大きな衝撃をもって受け止められたのは記憶に新しいと思います。彼によれば、近い将来、今ある職業の半分近くがAIやロボットに取って代わられてしまいます。その中には、会計士や銀行の貸付といった仕事も含まれます。こういったことは十分に起こりうるだろうと私も思います。

 しかし日本は相対的に見て、そのような影響を最も心配しなくてもいい国だといえます。人口減少による人手不足が進行しているからです。わが国においては、第4次産業革命は脅威であるよりもむしろ、人手不足を解消するソリューションなのです。

 第4次産業革命には、光の部分も影の部分もあります。しかし、光の部分に着目してこの革命に取り組み、これを経済の活力としていくことこそが重要です。そして、それができる底力が日本にはある。そう私は考えています。

※2017年3月取材

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