MS&ADインシュアランスグループホールディングス 執行役員 舩曵 真一郎 氏 × dotData, Inc. CEO 藤巻 遼平 氏 × ロフトワーク 代表取締役 林 千晶 氏MS&ADインシュアランスグループホールディングス 執行役員 舩曵 真一郎 氏 × dotData, Inc. CEO 藤巻 遼平 氏 × ロフトワーク 代表取締役 林 千晶 氏
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AIで変わる保険
MS&ADとdotDataが狙うリスク管理のイノベーション

保険のはじまりは、嵐や海賊などの海難事故の損害を、荷主と船主で損害を分担したことに端を発するとされる。保険の仕組みは時代と共に進化し、大航海時代には大いなるリスクに立ち向かう挑戦者たちを後押しして世界を一変させた。21世紀を迎えた今日、地球規模で高まる自然災害リスクや自動運転の実用化で激変するモータリゼーションなど、人類が直面する課題への対処にあたって、保険には新たな役割が期待されている。3メガ損保の一角を占めるMS&ADインシュアランスグループホールディングスの舩曵真一郎執行役員(グループCDO兼グループCIO兼グループCISO)は、保険のイノベーションには、AIの活用が欠かせないと語る。元NECデータサイエンス研究所の主席研究員で、2018年4月にNECからのカーブアウトによって、自身が開発したAI「予測分析自動化技術」を展開する新会社「dotData, Inc.」を創業した藤巻遼平CEO、消費者視点で未来の生活を考える様々なプロジェクトに携わるロフトワークの林千晶代表取締役が、舩曵氏に保険×データ×AI戦略について聞いた。

AIの導入で保険の仕事を変える

── 保険ビジネスとテクノロジーを掛け合わせた「インシュアテック」によって、保険はどう変わりますか。

舩曵 真一郎 氏

MS&ADインシュアランスグループホールディングス
執行役員
舩曵 真一郎
(ふなびき しんいちろう)

舩曵真一郎(以下、舩曵) 当社グループの2018年度から2021年度の4年間を対象とした中期経営計画「Vision2021」では、保険とITの融合を目指すデジタライゼーションが大きな課題です。第一ステップとして、AIを活用した業務の効率化を加速させます。例えば、私が取締役を務める三井住友海上火災保険では年間1500万件の事務手続きがあり、これを2年間かけてオンライン化します。現場から紙の量を大幅に減らし、事務量も半分程度に減らしたいです。1日4~5万件の電話による照会対応もAIを使って減らします。

藤巻遼平(以下、藤巻) 業務の効率化は、AIの有効な使い方ですが、AIによって新たな価値を提供できるという観点も重要です。例えば、これまで人の力に頼っていた保険契約の審査や不正の検出、クレームへの対応などは、AIに判断させることで大幅なスピードアップが実現でき、サービスの迅速化やお客さまの安全・安心につながります。

舩曵 顧客への説明責任を果たすためにも、AIを使えば、より正確に、スピーディーにミッションを遂行できると期待しています。また保険商品のカスタマイズ化、パーソナライズ化などに関しても、AIへの期待は大きいです。新たな価値の創出は、業務の効率化の延長線上にあると考えています。AIが人の仕事を奪ってしまうといった議論がありますが、従業員は単一的な労働やルーティーンワークの重圧から解放され、本来やるべき創造的な業務に時間をかけることができるはずです。

林千晶(以下、林) 保険商品のカスタマイズに関しては、消費者の中で一番人気のある商品と保険会社にとって売りたい商品が、これまでは確率的にそう外れていないという想定でモノを売っていたと考えられます。データの時代といえる現代でも、多くの人が「気持ちいい」と感じることは大きく変わらないと思いますが、これまでは対象の市場規模が小さいからという理由で切り捨てられていた領域や、コストがかさむために着手できなかった領域に挑戦しやすくなり、新しいサービスが生まれてくるのではないでしょうか。

舩曵 ファッション業界でAIがお客さまをコーディネートするように、保険商品も、家族構成やライフスタイルなどのデータをもとに、AIがお客さまに最適な保険商品を選ぶ時代になるでしょう。ただ、なぜこの保険商品を選んだのかをフォローするには、人の存在が必要です。まだ、AIが選んだ商品が最適であると信じられるほど、世の中の価値観が追い付いていないからです。

藤巻 AIの基本的な仕組みは、過去のデータから「全体の平均値」を最適化します。最適化するセグメントを細かくしていくと究極的にはパーソナライズに行きつきますが、データの裾野、つまりデータが少ないケースを学習することは難しく、誤った判断のリスクが残ります。その意味でも、AIの判断を人間が意味付けし安心して使えるようにするというのは非常に重要だと思います。

AIと保険の可能性を広げるMS&ADとdotDataの出会い

── MS&ADとdotDataが損害保険ビジネスのデジタライゼーションへの取り組みを一緒に始めるきっかけは?

藤巻 遼平 氏

dotData, Inc.
CEO
藤巻 遼平(ふじまき りょうへい)

舩曵 アメリカ・シリコンバレーにあるdotData社を視察した時、Tシャツ姿の藤巻さんがひょっこり現れたと思ったら、始めたプレゼンテーションが非常に的を射ていて、眠気が吹き飛んだのを覚えています(笑)。よくある技術的な説明ではなく、保険ビジネスにAIを導入したらどうなるか?という具体的なイメージに落とし込んだものだったからです。しかも、当社の課題である「データを扱う人材不足」「人手による分析の限界」に加えて、「AIのブラックボックス問題」がクリアできるという点に感激しました。我々のビジネスでAIを活用するには、AIが示した答えの「根拠」を理解する必要があります。その根拠がわかるAIを探す出張でしたが、藤巻さんのおかげで無事に出会うことができました。

藤巻 技術的な話よりも、お客さまの課題解決にAIをどう役立てるかをお話ししようと、事前に保険業界について勉強してよかったです(笑)。AIというのはデータからモデルを作ることが目的ではなく、導き出された結果を実際の保険の業務に落とし込んでいかなければ、デジタライゼーションは完成しません。ただ、AIのモデルを作る作業は非常に難しく時間もかかるため、そこに焦点が当たりがちです。dotDataの3つの特長は、「分析に費やす時間を圧倒的に短縮できること」「高度なスキルがないユーザでもAIのモデルが作成可能になること」「ホワイトボックス型AIのため、ビジネス部門も結果を理解し業務適用ができること」です。MS&AD様の全社のデジタライゼーションという非常に大きな計画の中には、AIが必要となるケースが多数ありますが、dotDataによって、MS&AD様のデジタライセーション実現にお役に立てると確信しています。

舩曵 膨大なデータ分析を行うと通常の分析では数カ月かかります。それがdotDataなら10分の1、あるいは100分の1まで時間が短縮でき、PDCAが何度も回せるという考え方に共感しました。膨大に蓄積しているデータの中から、どのデータを用いて分析すればよいか、特徴量を設計するには膨大な人手と時間がかかります。dotDataを活用すれば、想像以上の早さで、自分たちで高精度な分析ができ、結果的に時代に即した保険商品をタイムリーに提供していける手応えを感じました。

藤巻 AIやデータを業務で活用するには、分析部門だけではなく、結果を利用する業務部門まで含めたデータによって業務革新をするカルチャーの醸成が重要です。dotDataによって、データに基づく仮説の検証サイクルを素早く・そして多く回すことでデータを自社内で分析する経験を積み重ね、リテラシーを高めていくことができます。

舩曵 今後は、本社の企画部門が、より高度な仮説力や分析を評価する能力を持たなければなりません。東洋大学情報連携学部の坂村健学部長の協力で、当社専用の講座を設けていただきました。AIのビジネス展開を考えるコースと、データサイエンティストを育成するコースに約200人が受講します。

AIと損害保険が可能にするリスクの予測と予防

── 自動運転によるモータリゼーションの変化や、地球規模で高まっている自然災害リスクに立ち向かうためのAIと損害保険の役割についてどう考えますか。

林 千晶 氏

ロフトワーク
代表取締役
林 千晶(はやし ちあき)

藤巻 AIでリスク予測の精度が上がってくると、保険のあり方が変わってきます。事故が起こってから補償するという考え方から、事故を起こさせない仕組み、つまり「予防」のほうに保険会社のビジネスチャンスの軸足が移ってくる可能性もありますね。

舩曵 それは極めて重要な指摘です。今までは過去の結果であるデータに基づき保険料を決めていましたが、今後は、いかに事故を起こさないようにするのか、自然災害の予測と予防にどう貢献できるのかという視点が必要です。将来は、保険商品に予防の考え方を反映させることが求められる時代になっていくでしょう。 

藤巻 世界的には、AIを交通事故の予防につなげる取り組みが進んでいる国や地域もあります。自分の運転の危険度をチェックできるアプリもありますし、私自身も、バス事故を予防するためにIoTを活用して得られたセンサーデータから、事故を防ぐドライバーの教育に生かすためのAIの開発に取り組みました。

舩曵 自動車に関するデータは、IoTが普及する以前から蓄積されリスクの細分化が行われてきました。AIの登場によって、劇的に保険のリスク設定が変わるわけではないでしょう。しかし、自動運転が普及してくると、自動車保険の分類の仕方が変わってくる可能性は高い。自動運転を好むのか、自分で運転をするのを好むのか、高速道路の運転を好むのか、一般道を好むのかなど、これまで取れなかったデータが取れるようになり、リスク分析の多様性が高まります。

藤巻 データが取れるようになるということは、リスクを測ることができるため、データ取得インフラとともに新しい保険も生まれそうですね。天候に左右されやすい農業などの第1次産業の分野でも、IoTによってデータが取得されつつあり、AIと損害保険が果たす役割は大きくなる可能性を秘めていると思います。

舩曵 当社グループでSDGs(持続可能な開発目標)に関するコンテストを実施し、北海道・苫小牧にある支店のアイデアが最優秀賞に輝きました。畜産農家に対する保険商品の提供についてのアイデアです。これまで、畜産産業に対して保険は提供できていませんでしたが、デジタル化によって、牛の育成状況を把握すれば、保険商品を設定することができるはずです。せっかく手間と時間をかけて育てた肉牛が、出荷直前に転倒などにより死亡することがあることを知り、20カ月以上の肥育中の肉牛の死亡に対する保険を商品化しました。損害保険のデジタライゼーション化を進めることにより、解決できる課題やテーマはたくさんあります。

AI時代にこそ、「信頼できる人」の価値は高まる

── AIの活用が進むと、人の仕事が奪われるという警鐘もあります。人や会社はAIとどう向き合うべきなのでしょうか。

 洗濯機が登場し、女性の洗濯する能力が失われたという指摘があるとするなら、多くの女性は「それで結構です。私たちはもっとやりたいことがあります」と答えるはずです。同じように、AIが、人の苦手なことややりたくないことを中心に導入され、業務の効率化が進むことは歓迎すべきです。しかし、AIの導入は簡単ではなく、投資コストもかかります。それだけに、経営者の意志が問われます。人間だからこそ蓄積できる英知をもとに仕組みを構築し、今解決できていない課題に挑んでもらいたいです。

舩曵 大災害が起こったとき、いかに適切に保険金をお支払いし、復興につなげていくかが保険会社の使命です。そのための体制を構築するにあたり、AIだけに依存するわけにはいきません。「AIに全て任せるのではなく人間が積極的に関わっていくことで、最高のパフォーマンスを導き出す」という視点は持ち続けたいと思っています。

 消費者の立場でいうと、実際に事故が起こったときに、「当社はAI対応です」と言われて喜ぶ人はいないでしょう。保険会社にプロフェッショナルな人がいて、自分のために動いてくれる、ということがもっと価値の高いものになってくるはずです。AIの時代にこそ、「信頼できる人がいる」ことが企業の強みになっていくのではないでしょうか。

藤巻 社会のデジタル化が進みデータを分析することで解決できる課題は多くあると思います。世の中の様々な事象がデータ化され、AIで分析することできるようになったことで、保険業界における課題の解決も含め、人間がこれまで行き届かなかったところに対して英知の補強をできるはずです。それを実現するためには、AI人材の不足と言う課題を乗り越え、より多くの人々がAIを活用できるようになることが重要です。dotDataを使えば、AIに関する様々なスキルを持った複数人が数十日かけるデータ分析のプロセスを、1人の人間が数日で済ませることが可能になりました。今後も、AI活用のハードルを下げ、より多くの人が、様々な課題を解決できるような進化を目指します。

舩曵 AIの活用が進むと、人間が行ってきた仕事が奪われてしまう、という指摘をよく聞きますが、そうなるとは思いません。単純な作業やルーティーンワークはできるだけAIに肩代わりしてもらう一方、AIの英知を活用してさらにやりがいのある業務に取り組みたいと考えている人がたくさんいると確信しています。

集合写真

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