三菱ケミカルホールディングス 取締役会長 小林 喜光 氏 × NEC 代表取締役会長 遠藤 信博 氏三菱ケミカルホールディングス 取締役会長 小林 喜光 氏 × NEC 代表取締役会長 遠藤 信博 氏
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【三菱ケミカルホールディングスとNEC対談】企業トップが語る、
サステナブル経営の極意

国連サミットで持続可能な開発目標(SDGs)が採択されてから3年。SDGs達成は新たな企業経営の世界基準となった。そこで“SDGs達成”と、企業活動の根幹ともいえる“利益追求”の両立について、三菱ケミカルホールディングスの小林取締役会長と、NECの遠藤代表取締役会長が語り合った。

サステナビリティへの考え方

企業がSDGs達成に取り組むことにはどのような意義があるのでしょうか。

小林 喜光 氏

三菱ケミカルホールディングス
取締役会長
小林 喜光(こばやし よしみつ)

1946年生まれ 東京大学理学系大学院相関理化学修士課程修了
1972年ヘブライ大学、1973年ピサ大学留学
1974年三菱化成工業(現三菱ケミカル)入社。研究者から転身して
記録メディア事業に従事し、2005年
4月三菱化学(現三菱ケミカル)
常務執行役員CTO、2007年4月
三菱ケミカルホールディングス
取締役社長兼三菱化学取締役社長
2015年4月三菱ケミカルホールディングス取締役会長に就任
現在に至る。理学博士

小林喜光氏(以下、小林) 2005年のことですが、私が三菱化学の研究開発担当役員になった時に、「サステナビリティ」「ヘルス」「コンフォート」という研究テーマのクライテリア(判断基準)を掲げました。10年先、20年先の世界を考えて、そこからバックキャストして設定したクライテリアです。これが社長就任以降実践している、三菱ケミカルホールディングスの「KAITEKI経営(図1)」というコンセプトの源流であり、SDGsと同じ考え方と言っていいと思います。

遠藤信博氏(以下、遠藤) SDGsで掲げられている17の目標は、人間の本質的欲求に結びついていますね。企業というものの存在意義は、人々の本質的欲求を満たすことにある。そう考えるならば、SDGsと企業活動は直結させられるはずです。「KAITEKI経営」は、SDGsと企業の利益追求の両立を考える上で、とても参考になるコンセプトだと思います。

小林 「KAITEKI経営」は3軸で成立しています。X軸=資本の効率化を重視する経営、Y軸=イノベーション創出を追求する経営、Z軸=サステナビリティの向上を目指す経営を、時代や時機を意識しながら一体的に実践し、総合的な企業価値を高めていこうという考え方です。「利益」「技術」「社会性」の3つですね。「利益」を企業の「体」に、「社会性」を「心」に喩えて、「心技体」と言ってもいい。そこに「時間軸」を加えて「四次元経営」と称しています。

図1 三菱ケミカルホールディングス「KAITEKI経営」とは

図1 三菱ケミカルホールディングス「KAITEKI経営」とは

図1 三菱ケミカルホールディングス「KAITEKI経営」とは

図1 三菱ケミカルホールディングス「KAITEKI経営」とは

遠藤 信博 氏

代表取締役会長
遠藤 信博(えんどう のぶひろ)

1953年生まれ 東京工業大学大学院博士課程修了
1981年にNECに入社
主に衛星通信装置や携帯電話基地局など、無線通信機器の開発に従事し、2010年4月代表取締役執行役員社長、2016年4月代表取締役会長に就任 現在に至る。工学博士

遠藤 著書では、心技体の3軸は掛け算でなければならないとおっしゃっています。どれか1つの軸がゼロになれば、企業の存在価値はゼロになる、と。

小林 「利益さえ出ていれば、人間社会や地球環境のことは考えなくてもいい」というような論理は通用しません。心技体の3つがそれぞれ伸びていくこと、それがこれからの企業が持続的に成長していくための当たり前の条件になっていくでしょう。

遠藤 しかし、心の軸の伸びを定量的に捉えるのは難しいですね。

小林 そうですね。そこで三菱ケミカルホールディングスでは、心の軸についても、定量評価できる独自の仕組みを構築しています。数年先の目標を掲げ、その目標がどのくらい達成されたかを測るもので、他の2軸と一体的に評価できるようにしています。持続可能な人間社会、持続可能な地球環境を目指す行動が、企業活動の一環として明確に位置付けられることが重要だと考えたからです。

遠藤 サステナビリティとは「心」の軸。これは素晴らしい考え方です。私はそれを「創造価値」の軸と言い換えることも可能だと考えます。企業が人間社会に提供する価値の在りようが、従業員一人ひとりのよりどころになり、会社全体の方向性となることが理想だと思います。

「SDGs達成」と「利益追求」
の関係とは?

SDGs達成のための取り組みと利益追求を両立させるには、どのような工夫が必要でしょうか。

小林 喜光 氏

小林 私は10年以上前から、サステナビリティと利益追求は背反するのではないかという質問を何度も受けてきました。例えば、CO2の削減。そのためには設備投資をしなければなりません。それによって確かに短期的、表面的には利益が減るように見えます。しかし、私が10年間のグループ内の業績を分析して見出したのは、そうした思い込みを覆す傾向でした。サステナビリティの目標達成率が高い部署は、利益も大きくなっていたのです。

それは何故でしょうか?

小林 顧客の意識変化でしょう。人間社会や地球環境への貢献が明確である商材とそうでない商材があった場合、顧客は多くの場合前者を選ぶようになってきているのです。マーケットがイノベーションによる具体的なサステナビリティへの取り組みを求めているのです。

遠藤 企業が継続するためには利益を上げなければなりません。例えばこれまでの製造業は「より良く、より安く」提供することが利益の源泉であり、それが即ち価値でした。しかし21世紀になって、地球環境や人間社会への影響が、商品やサービスの価値として強く意識されるようになってきている。小林会長がおっしゃることは大変納得できます。

小林 社業そのものを通じた社会への貢献の意識が浸透すればするほど、その企業が生み出す利益も大きくなっていく。社員の意識改革はとても重要ですね。

遠藤 信博 氏

遠藤 SDGsの17の目標はすべて、有名なマズローの5段階欲求に関連付けることができます。「生理的欲求」「安全の欲求」「所属と愛の欲求」「承認の欲求」「自己実現の欲求」です。人間社会がこうした欲求を効率的に満たすためには、人間社会に“プラットフォーム”が必要です。安全・安心を実現するプラットフォーム、教育のためのプラットフォーム、エネルギー最適活用のためのプラットフォーム──。NECはそれらのプラットフォームをつくり、提供するのが役割だと思っています。それは同時にSDGsの達成につながり、利益に直結するのでSDGs実現のための行動と利益の追求は全く矛盾しないということになる。それがSDGsの達成と利益の追求の基本的な関係ではないでしょうか。そして、この関係が成り立つことこそが、SDGs達成に向けた活動の継続性を支え、地球上の人々の豊かな生活を支えるものと考えています。

 継続のためには、この活動が社内の文化として定着する必要があります。NECの社員一人ひとりが、そうした自負と矜持をもって業務に取り組んでいくことができる環境をつくっていくことが重要と考えています。

後編を読む

SDGsに取り組む意義を
いかに組織に浸透させるか

どうすればSDGsに取り組む意義が組織に浸透しますか。

遠藤 信博 氏

遠藤 NECは「Orchestrating a brighter world」というビジョンを2013年に、1年かけて策定しました。「Orchestrating」という言葉には、先進的なICTを活用して、世界中の人々と「協奏」しながら、新たな価値を「共創」していくという意味が込められています。それによって「brighter world」、つまり豊かで明るい世界を創り上げていくというビジョンです。これが我々のSDGsへの取り組みを示す端的なブランドメッセージとなっています。さらに、そのビジョンを実現する領域として7つの社会価値創造テーマを掲げています(図2)。

小林 「Orchestrating」はとてもいい言葉ですね。みんなで取り組んでいくというイメージがよく伝わります。

図2 NECが目指す社会価値創造

図2 NECが目指す社会価値創造

図2 NECが目指す社会価値創造

図2 NECが目指す社会価値創造

遠藤 このビジョンによって、我々が何を目指すべきかが社内に深く浸透したという実感を私は持っています。できるだけシンプルな言葉で本質を分かりやすく伝えていくこと。それが何よりも大切だと思います。

小林 私は「KAITEKI経営」を社内で浸透させるために、本を書いたり、講演をしたり、幹部層から「伝道師」役を選出して、現場にメッセージを浸透させる活動を推進したりしました。毎年1000を超えるチームが現場の作業改善を競う小集団活動でも、廃棄物削減や省エネなど、サステナビリティへの貢献度を審査しています。さらに、「KAITEKI経営」の3つの軸を人事評価にもリンクさせています。X軸=資本の効率化を重視する経営(Management of Economics)、Y軸=イノベーション創出を追求する経営(Management of Technology)、Z軸=サステナビリティの向上を目指す経営(Management of Sustainability)への貢献を、8:1:1で評価して査定を行っています。売上高や利益の達成率だけではなく、イノベーションへのチャレンジ、サステナビリティへの貢献も評価に組み入れているわけです。浸透するまでに5年ほどかかりましたが、今は全ての社員が「KAITEKI」を追求し、SDGs達成を目指すことの意味を理解してくれていると思っています。

集合写真

データ活用の在り方が
世界の将来を左右する

SDGs達成に向けた具体的な取り組みと成果についてお聞かせください。

遠藤 NECは2020中期経営計画で、社会価値を創出する成長領域として「NEC Safer Cities」「NEC Value Chain Innovation」の2つを掲げました。世界中の都市が抱える問題をテクノロジーの力で解決していくというもので、例えば、ブラジルやインド政府へのセーフティプラットフォームの提供といった活動を行っています。また、AIを活用してコンビニエンスストアの商品需要を予測し、供給を最適化し、食品廃棄ロスを40%減らす取り組みも行っています。農業の領域でも、露地野菜栽培の収穫予測をロジスティックスとマッチングさせて物流を最適化する、といった成果をあげています。

小林 三菱ケミカルホールディングスの事例としては、自動車の車体の軽量化によるCO2削減が挙げられます。鉄やアルミよりも格段に軽い炭素繊維を用いることで、燃料効率を大幅に改善することができるのです。また、植物由来のプラスチックも実現しています。微生物の力で最終的に分解されるので、環境への負荷を最小限に留めることができる素材です。

昨今話題となっている「プラスチックによる海洋汚染の問題」を解決できる可能性がありますね。

小林 喜光 氏

小林 そのポテンシャルは十分にあると思います。さらにヘルスケア分野では、グループ会社の生命科学インスティテュートが、「Muse細胞」と呼ばれる幹細胞を使って急性心筋梗塞や脳梗塞を治療する再生医療の臨床試験を東北大学とともに進めています。

遠藤 研究開発によって新しい素材や技術を生み出して社会課題を解決することで、ビジネスの成長を目指すモデルですね。

小林 それがまさしく私たちのビジネスの形です。化学分野の研究開発には10年以上を要します。社会のニーズが高まってきた時にタイミングよくソリューションを提供できるよう、常に先んじて研究を進めています。

「SDGsの17の目標は2030年までに達成すべき」と国連で制定されましたが、残された時間は少ないと感じます。いかがでしょうか。

小林 2030年までは12年ほどしかありません。もう少し長期的な視野に立つことが必要であると私は考えています。SDGsに含まれる視点も、もっと広げるべきではないでしょうか。これからの世界を考えるに当たって重要な視点が「データ」です。データを活用して、経済活動を高度化させ、人々の生活を豊かにしていくことが今後は必須になるでしょう。モノ中心の世の中から、データセントリックな世界へ。そう表現してもいいかもしれません。その視点をSDGsに加えることが必要であると考えています。

遠藤 私はその「データ」について、大量のデータを保有する特定の企業、特定の組織が利益を独占する世界になることに危機感を覚えます。

小林 同感です。それは、特定の国、特定の組織が世界をコントロールできる可能性があることを意味しているとも言えるでしょう。米国や欧州ではポピュリズムが台頭していますが、データの独占はそれと同レベルの、あるいはそれ以上の脅威です。

遠藤 サステナブルな社会や地球環境に必要なのは、全体最適の考え方です。特定の場所や地域だけでサステナビリティを実現しても、地球環境全体や人間社会総体のサステナビリティにはならないからです。全体最適を実現するには、国家間、企業間でデータを共有して、有効に活用していく必要がある。しかもそれをスピーディに進めていかなければなりません。日本はそうした新しい時代の変化に対応する動きにおいて、明らかに他の先進諸国に後れをとっています。キャッシュレス化ひとつとっても、他国と比較して展開のスピードが遅いのが現状です。SDGsを達成するためにも、変革のスピードを上げていかなければならない。そのための価値を生み出す企業活動こそが、社会課題を解決するには不可欠である、そう私は強く感じています。

小林 データの問題は、これまで人類が築いてきた民主主義やグローバリズムといった価値の破壊につながる危険性が潜んでいます。人類共通の資源としてのデータという視点をSDGsに加えると同時に、データ利用のあるべき姿を議論し、フェアな仕組みを作っていくことが大切なのではないでしょうか。

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