SAAJ 公益社団法人 日本証券アナリスト協会
シンポジウム 重要性高まる企業IR 企業の持続的成長を支える市場との対話の担い手として
シンポジウム開催風景

調

「重要性高まる資本市場との対話と企業IR」

伊藤 邦雄

一橋大学院 経営管理研究科 特任教授

伊藤 邦雄

財務・非財務のインテグレーションこそ各企業の腕の見せ所

日本企業のIR活動が定着し、ここ数年で「企業と投資家の対話」を要とするコーポレート・ガバナンス(企業統治)改革も大きく前進しました。また、以前にも増してアクティビスト(物言う株主)の存在感が高まっていることもあり、IRの重要性はより一層増大しています。

私は、「将来の社長候補者はIRの部署へ異動して、IRの経験をしてください」と言い続けています。従来はこうしたIRを経験するというサクセッションプランはなかったと思いますが、経営者がキャリアプランの中でIR部署を経て投資家との対話を経験するというのは、極めて重要で意味のあることだと思っているからです。これについて賛同してくれる経営者も大分出てきました。

言うまでもないことですが、IRの使命というのは現在の市場価値や企業価値をできるだけ本源的な価値に近づけることに他なりません。さらにIRは複数のルートを通して企業価値を高めることに寄与できます。そういう意味では、IRとは企業価値と資本市場とのフロンティアにいる戦略部隊といっても過言ではないのです。

今後さらなる企業価値の持続的成長を実現するには次の2つがカギとなります。1つはROE(自己資本利益率)です。経済産業省のプロジェクトとして私が2014年にまとめた「伊藤レポート」では、収益性、特に資本生産性を強調し、日本企業はROE8%以上を目指すべきだと提唱しました。その後、日本企業のROEは改善に向かっていますが、欧米企業に比べると依然として低水準にあります。

もう1つはESG(環境・社会・企業統治)です。近年、IRの対象範囲が財務情報から非財務情報へと拡大するとともに、これらを統一的な枠組みで報告する「統合報告書」の概念が広がっています。財務と非財務をいかにインテグレーション(統合)するかは各企業の腕の見せ所となっています。

ダイナミックに深化し、広がりを見せるIR <その1>
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ダイナミックに深化し、広がりを見せるIR <その2>
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企業価値を決める主要因子は有形資産から無形資産に転換

ESGやSDGs(持続可能な開発目標)への関心が急速に高まっている背景には3つの大きな流れがあります。まず、2006年に国連が投資判断にESGの考え方を組み入れる責任投資原則(PRI)を提唱したことです。金融・投資セクターも重要なプレイヤーとして積極的な参加が求められるようになり、投資家と企業の二者関係だったインベストメントチェーン(投資の連鎖)に地殻変動が起こりました。

2つ目は、企業価値を決める主要因子が工場や設備などの有形資産から、人材・技術・ブランドなどの無形資産に転換していることです。米国では1995年頃から総付加価値に占める無形資産の割合が有形資産を上回っており、2015年現在ではS&P500の市場価値に占める無形資産の割合が87%となっているなど、無形資産は企業価値の重要な源泉となっています。

3つ目は、長期投資家のプレゼンスが高まっていることです。リーマン・ショックを契機とした短期主義への反省から、長期投資家の関心は企業のビジネスモデルが長期的に持続可能であるどうかに向けられています。2017年7月、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が日本株の3つのESG指数を選定しパッシブ運用(市場の動きを表すベンチマーク通りに運用すること)を始めると発表したことも、この流れを象徴する大きなイベントと言えるでしょう。

今後さらなる企業価値の持続的成長を実現するには次の3つがカギとなります。1つはROE(自己資本利益率)です。経済産業省のプロジェクトとして私が2014年にまとめた「伊藤レポート」では、収益性、特に資本生産性を強調し、日本企業はROE8%以上を目指すべきだと提唱しました。その後、日本企業のROEは改善に向かっていますが、欧米企業に比べると依然として低水準にあります。

2016年8月、「日本再興戦略2016」に基づき、経済産業省内に「持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会」が設けられ、私は座長を務めました。研究会で、企業の情報開示や投資家との対話の質を高めるための枠組み(共通言語)の必要性が提起されたことを受けて、2017年5月に経営者や投資家の手引きとなる「価値協創ガイダンス」を策定。10月には無形資産やESGなど非財務情報の重要性を指摘した「伊藤レポート2.0」を発表しました。

「伊藤レポート」が訴えたこと
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ROEとESGを統合する「ROESG」こそ企業評価のモノサシ

「伊藤レポート」ではROEの向上をうたいましたが、ROEは短期主義に陥りやすい、会計的な利益調整を誘導しやすいといった潜在的な毒もはらみます。一方、ESGの強調も資本生産性の低さの隠れみのとなったり、ステークホルダーから提供された資源を使う際に緊張感が欠如したり希薄化を招く恐れがあります。

したがって、ROEとESGとは二項対立するものではなく、良質のROEと良質のESGを「統合」することが必要なのです。私はこうした考えから両者を「ROESG」と名付け、21世紀の企業評価のモノサシとして提唱しています。今後のあるべき企業経営とは、ROEに代表される資本生産性を高め、対話を通じて企業価値を創造することと、ESGやSDGs推進による持続可能な中長期経営という2つを両立することではないでしょうか。

ESGの「E」の中でも、SDGsの中でも最大級の課題は気候変動問題です。主要国の金融当局からなる金融安定理事会(FSB)が設置した「気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)」は、2017年6月に「TCFD提言」を公表し、気候変動が事業や財務に及ぼす影響の分析・開示を求めました。今年5月に日本で新設された「TCFDコンソーシアム」も追い風となり、TCFDに賛同した日本企業は英国や米国を抜いて世界最多となっています。

今後さらなる企業価値の持続的成長を実現するには次の2つがカギとなります。1つはROE(自己資本利益率)です。経済産業省のプロジェクトとして私が2014年にまとめた「伊藤レポート」では、収益性、特に資本生産性を強調し、日本企業はROE8%以上を目指すべきだと提唱しました。その後、日本企業のROEは改善に向かっていますが、欧米企業に比べると依然として低水準にあります。

企業のIR担当者である皆さまは、アナリストと同様、企業と投資家の間の建設的な対話における架け橋です。日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)資格は、金融・証券分野にとどまらず、広く、企業価値向上に貢献するプロフェッショナルに取得していただきたい資格です。ぜひ、企業のIR担当者や企業人の方々にも挑戦していただきたいと思います。

TCFDが勧告する情報開示のカテゴリー
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「これからの時代に求められるIR活動とは」

石黒 大蔵氏

東京海上ホールディングス
(日本証券アナリスト協会2019年度
「ディスクロージャー優良企業」受賞)
経営企画部部長 兼 広報IRグループリーダー

石黒 大蔵 cma

乙川 真一氏

不二製油グループ本社
(日本証券アナリスト協会2018年度
「ディスクロージャーの改善が著しい企業」受賞)
財務・経理グループ IRチームリーダー

乙川 真一 cma

兵庫 真一郎氏

三菱UFJ信託銀行
資産運用部
チーフアナリスト兼チーフファンドマネージャー

兵庫 真一郎 cma

佐藤 和佳子氏

三菱UFJモルガン・スタンレー証券
インベストメントリサーチ部 シニアアナリスト

佐藤 和佳子 cma

佐藤 淑子氏

司会

日本IR協議会 専務理事

佐藤 淑子 cma

IRの基軸は「開示と対話」「フィードバック」の2本柱

司会本日は優れたIR活動を実施している企業より、IR責任者のお二方をお招きしています。まずは経営環境や資本市場の変化を背景に、どのようなIR活動を進めているのかをお話いただきたいと思います。

石黒東京海上ホールディングスのIR活動を簡単にご説明します。当社は、資本市場から最も信頼される会社を目指しており、実際のIRの現場においても、資本市場に参加されている皆さまに当社の本源的価値を適正に評価していただけるよう、「開示と対話」と「フィードバック」の2本柱を基軸に活動しています。投資判断に必要な情報を適時かつ公平に継続して提供すること、そして皆さまから頂いた有用な意見や要望を経営に生かすこと、こうした2つの柱を介した好循環を通じ、企業価値を高めていくことが、当社のIR活動の目的です【図1】。

図1IRの目的・位置付け
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「開示と対話」の取り組みとしては、経営トップが中長期目線の戦略を説明するIR説明会や、業績面を中心とした決算電話会議、投資家の関心の高いテーマにフォーカスした説明会などを充実させるとともに、国内外の投資家・アナリストの皆さまと年間350回ほど1on1で対話を行っています。加えて、個人投資家の皆さまとの対話の機会も重要だと考えておりまして、昨年は14回ほどの説明会を行いました。

こうした対話などを通じて得られた資本市場の声を、当社経営に「フィードバック」することで、経営に生かしていくことは言うまでもありませんが、経営のみならず、広く社員にもフィードバックしているのが、当社の特徴と言えるかもしれません。例えば、年2回実施するIR活動報告会は、資本市場での関心事や、当社に対する評価を報告する場として社内に広く浸透しています。海外機関投資家との面談の様子をIRメンバーが再現する寸劇も社員から人気を博しています。また、IR勉強会は全国の支店でも毎年10回以上開催し、営業や損害保険サービスの第一線での活動が、どの様に資本市場とつながっているのかを理解することで、やりがい、元気が出てくると好評です。

対話の質の向上と成長ストーリーの発信を強化

石黒昨今の環境変化を踏まえた、足元の当社の取り組みについても、2つほどご紹介します。1つ目は、「海外保険事業の開示の充実」です。当社は、この10年程度の時間をかけて、欧米で大型M&Aを行い、海外保険事業を拡充してきました。この結果、グループ全体の利益に占める海外のウェイトも約半分となり、海外保険事業に対する投資家の関心も年々高まっています。そこで、昨年から海外グループ会社のトップマネジメントも一堂に会したスペシャル・ミーティングを世界3極(米国・英国・日本)で開催しています。多くの投資家・アナリストの皆さまに参加いただいた訳ですが、皆さまからは「現地トップマネジメントから直接、事業戦略や強みが聞けて理解が進んだ」「本社と海外グループ会社のトップ同士が非常にいい関係で、グループ一体で経営していることがよく分かった」などのお声を頂いています。

2つ目は「分かりやすい成長ストーリーの発信」です【図2】。先程ご説明の通り、当社は海外保険事業を大きく伸ばしており、実際に世界最大の保険市場であります米国では企業分野で10位、スペシャリティーという専門性の高い分野ではトッププレイヤーとなっています。その中で、当社のピアはどこかというと、やはりグローバル・プレイヤーである欧米大手です。そこで、投資家の皆さまにも、当社を日本株の中で捉まえるだけでなく、グローバル株式の中でピックアップしてもらいたい、そういう思いで、当社になじみのない方々にも分かりやすい、当社が目指している成長ストーリーを今年から発信しています。併せて、統合レポートもリニューアルし、創業以来の一貫した当社の価値創造ストーリーを紹介する構成としています。当社といたしましては、今後も資本市場との双方向の対話を通じて、よりよいIRを実現していきたいと考えています。

図2環境変化を踏まえた足元の取り組み(分かりやすい成長ストーリーの発信1)
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成長ドライバーは海外で注目度の高い2事業

乙川不二製油グループはパームやカカオ、大豆を原料とした食品素材を、グローバルに製造・販売する食品素材メーカーです【図3】。事業領域は植物性油脂、業務用チョコレート、乳化・発酵素材、大豆加工素材の4つで、海外ではアジアや欧米などグローバルに事業を展開しています。近年は売上構成比の6割を海外が占めるようになり、グローバルで事業拡大を進めています。

図3不二製油グループ概要 ビジネスモデル・業績予想
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4事業のうち注目していただきたいのが、売上高の4割を占める主力の業務用チョコレート事業です。今年の1月に米国の業務用チョコレートメーカーを買収し、当社グループは業務用チョコレート販売数量で世界第3位となりました。これによりグローバル競争への対応やM&A企業の成長戦略を進めており、資本市場から注目を集めている状況です。

もう1つは、世界唯一の総合大豆加工メーカーとして、半世紀以上にわたり研究開発を続け、最近では肉代替の素材として注目を集めている大豆加工素材事業です。売上高全体に占める割合はまだ10%未満ですが、世界的な植物性食の需要拡大を背景に、海外機関投資家から質問を受ける機会が増えています。IR活動では今後もこの2つの事業を中心にアピールしていきたいと考えています。

改善を重ね、投資家目線のIR活動を展開

乙川今でこそIR優良企業としてご評価いただいている当社ですが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。そのような当社が著しい進歩を遂げたのは、次の3つのポイントに注力したからだと考えています。

1つ目は、経営トップによる資本市場との対話です。2013年のCEO就任を機に、積極的に市場との対話を進め、2015年のコーポレートガバナンス・コードの導入も市場との積極的な対話を後押ししました。その対話の中では企業価値向上も議論になったことから、ブラジル業務用チョコレート会社の株式取得、グループ本社制の移行を実施し、グローバル体制の構築による成長戦略を着実に進めていきました。また、同時に、CEOとCFOのツートップが積極的かつ戦略的にトップミーティングを実施し、資本市場の声を取り入れながらIR活動の改善を進めていきました。その結果、2018年度は日本IR協議会から「IR優良企業賞」を受賞し、日本証券アナリスト協会からは「ディスクロージャーの改善が著しい企業」として表彰されました。

2つ目は、投資家の目を意識した開示の改善・拡充です。中期経営計画の策定では、KPI(重要業績評価指標)を定め、ROEやCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)*の数値を具体的に明記した他、2018年からは統合報告書を発行し、当社グループが目指すESG経営を示しました。

*CCC=企業が原材料や商品仕入などへ現金を投入してから最終的に現金として回収されるまでの日数。資金効率を計るための指標

3つ目は、ストーリー発信強化・理解深化です【図4】。パーム農園や工場の見学、現地子会社CEOを招いたブラジル事業会社ミーティングなど、資本市場の関心事を捉えたテーマでさまざまなイベントを実施し、実際に見ていただくことで理解の深化を図ってきました。今後も地道に改善を重ねていきながら、環境変化や課題を踏まえたIR活動を推進してまいります。

図4不二製油グループIR活動紹介 4/4 注力ポイント3ストーリー発信強化・理解深化
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運命共同体として、共に成長していくことを目指す

佐藤 和佳子氏
佐藤 和佳子

司会ありがとうございました。それでは、投資家側の視点から環境変化を踏まえてIR部門に期待することなどをお話いただきたいと思います。

佐藤私のキャリアは信託銀行でのバイサイド・アナリストから始まったのですが、2006年からは証券会社に移りセルサイド・アナリストに転身しました。

そして今、強く感じているのは、担当企業と業界の発展のためにセルサイドとの関係性を一層大切にしなくてはならないということです。というのも、EUが2018年にMiFID2(EUにおける第2次金融商品市場指令)を施行したことで、私たち証券会社の手数料が減少に転じているからです。欧州の機関投資家(バイサイド)が証券会社(セルサイド)に支払う「リサーチに対するコスト」と「注文の執行に対するコスト」をしっかりと分離して請求することが求められ、これまで以上にバイサイドはセルサイドを厳しく選別するようになっています。

このような環境変化を踏まえてIR部門の皆さまにお伝えしたいのは、企業とセルサイド・アナリストは運命共同体だということです。アナリストは担当企業の良いところを探して広くお伝えしたい、そして一緒に成長したいと思っていることを、意識していただければ幸いです。また、どのアナリストも同レベルの理解が得られるような説明を、企業IRに望みます。誤解を与えるような説明は企業側にとって損です。

兵庫私はチーフアナリスト兼チーフファンドマネージャーとして2本の国内株式ファンドの運用を行っております。2本は2011年から運用している「サステイナブル成長銘柄投資ファンド」で、集中投資・長期投資・ノンベンチマークという3つの特徴を持っております。

投資する企業を選ぶ際、重視しているのが「企業との対話」です。ファンド設定時は、スチュワードシップ・コードやコーポレートガバナンス・コードが導入される前でしたので、「企業との意識共有」という言葉を用いていましたが、当時から長期投資には「企業との対話」が重要であると認識しておりました。

投資先企業の選定プロセスでは、まず業績予想に基づいた定量面で絞り込んだ後、定性面で、「経営マネジメントの質」、「経営戦略」、「技術・研究開発力」、「市場創造力」といった企業の競争優位性で絞り込んだ上で、最後にESGの観点からスクリーニングをかけます。

こうしたときに重視しているのが長期的な価値創造ストーリーです。自社のビジネスモデルが、将来的に自社やステークホルダーに対してどのような価値を長期的に創造できるかをストーリーで示していただきたいと考えております。

シンポジウム開催風景

もう1本は、当社が2017年10月に設立した「ESGサステイナブル企業投資型ファンド」です。先程ご紹介させて頂いたファンドと同様に集中投資、長期投資、ノンベンチマークという特徴があり、社会的課題の解決と企業の利益成長が両立できる企業に投資することが、長期的なリターンにつながるという投資哲学を有しております。投資先企業の選定プロセスでは、外部調査会社のデータ等を参考にした当社独自のESGデータベースを活用しております。ESGデータベースを活用すると言っても、単純にESGスコアが高い企業に投資するわけではなく、実際に企業との面談を通じて、投資先企業を選ぶことをプロセスに組み込んでおります。なぜならESGスコアが高い企業でも、企業との面談をした結果、ESGと経営戦略の融合(インテグレーション)が図られていない企業が少なくないためです。そのような企業に投資した場合、業績が低迷すると、経営者の意識が短期業績に集中するあまり、ESGに対する配慮がなくなり、長期的な企業価値毀損リスクを持つ可能性があるためです。当ファンドにおいても、先程と同様、投資先企業と長期ビジョンを共有するために、「企業との対話」を重視していることは言うまでもございません。

中長期的時間軸の対話から新たな「気付き」が生まれる

石黒 大蔵氏
石黒 大蔵
乙川 真一氏
乙川 真一

司会ここからは、企業と株主・投資家の建設的な関係構築に向けた対話についてディスカッションしてまいります。昨今、対話において何か変化がありましたら具体例をお話しいただけますか。

石黒双方の努力もあって、対話が質的に向上していると感じています。特に当社経営陣との対話の場においては、アナリストやポートフォリオマネージャーの皆さまからいただくアジェンダは中長期目線での戦略が中心になっています。当社は保険事業を行っていますので、足元の様に自然災害が多い年などには業績はある程度ブレる訳ですが、そうした短期目線の議論ではなく、「当社が実力を期待通りに高めていけているか」あるいは「当社の将来のグループ像」について議論できることは、非常に有益な機会だと考えています。

また、「成長投資と株主還元」は、永遠のテーマかもしれませんが、投資家の皆さまとの対話を通じて気付きを得ることは多いです。具体的には、世の中運用難という影響もあるのか、「利益や内部留保を、しっかり成長投資に振り向けてほしい」という声を多く頂きます。当社は、今年10月に米国保険グループでありますPureグループの買収を発表した訳ですが、規律あるM&Aを行うこと、もう少し言えば、資本市場から預かった資本を最低でも資本コスト以上で回す責任を果たさなければならないことを、強く意識しています。この様に、投資家の皆さまと発行体が、良い緊張感の中、中長期の目線で成長に向けた対話ができることは望ましいことだと思います。

乙川投資家から意見を頂くことで初めて気付かされることは非常に多くあります。その一つがCCCという指標の重要性です。海外企業ではキャッシュの創造性を計る指標であるCCCに積極的に取り組んでいる企業も多く、また、海外機関投資家から「海外の企業と不二製油との企業価値はなぜ違うのか」と厳しく聞かれたことがありました。そうした対話を通じ、企業価値を向上させるための戦略として、単純に利益を上げるのではなく、キャッシュをどう創造していくのかが重要だと気付かされました。当社が中期経営計画にCCCを入れるようになったのも、こうしたフィードバックによるものです。

IR担当者の知識向上と社内体制の整備に期待

兵庫 真一郎氏
兵庫 真一郎

司会では、投資家の立場からIR部門に望むことはありますか。佐藤さんからどうぞ。

佐藤1つ目は、自社だけでなく競合や産業の知識を深めること。2つ目は、経営トップと近いIR部門でいること。3つ目は、時間が掛かってもきちんと回答する誠実な対応です。当社では、業種や企業を徹底分析する「深掘りレポート」を作成していますが、IR部門から得られた知識は私の知識となり、投資家の有益な情報となります。そして、セルサイドの意見を経営陣にフィードバックすることで自社の発展につながるからです。これらの点を踏まえた体制をIR部門と一緒に構築していけたらと考えています。

兵庫投資家としても、IR部門と経営陣の距離を意識しています。企業の中には、組織上IR部門と経営陣の距離が遠い企業もありますが、そのような企業は投資家の意見が経営陣に十分伝わっていないことや、逆に長期投資家が知りたいような経営戦略に関わる情報がIR部門に伝達されていないことで、有益な「企業との対話」ができない可能性があると考えております。また、経営陣とIR部門の距離が近くIRへのコミットメントが高い企業であれば、経営陣とIR部門で適切な情報伝達がなされているため、業績が厳しい時であっても投資家に適切かつ十分な説明を行うことが可能であるため、投資家としても安心して保有を継続することができると考えております。

佐藤 淑子氏
佐藤 淑子

司会ありがとうございます。中長期的な対話の機会が増える中、IR担当者の知識向上や社内体制の整備などを含めたIR活動の取り組みが期待されていると感じました。そうした中で役立つと考えられるのが「日本証券アナリスト協会認定アナリスト(CMA)」です。CMA資格をお持ちのIR担当者、アナリストの皆さまにご意見をいただけたらと思います。

石黒従前のIR面談では、投資家の皆さまからの質疑応答だけで時間終了となることも多くあった訳ですが、足元の面談では、当方が準備したアジェンダに基づくディスカッションの時間を頂くなど、双方向コミュニケーションの実現に努めています。勿論そうした対話では、例えば証券アナリスト試験でも出てくるCAPMの様な、前提としての共通言語が欠かせません。佐藤さんがおっしゃる通り、投資家と企業は同じ船に乗った者同士であり、建設的な対話にするためにも共通言語として最低限の知識は必要だと思います。

乙川当社のIR部門ではセルサイドのアナリストレポートに必ず目を通しており、経営陣にもその都度、展開しているのですが、やはり分析の深いレポートは社内で集まったときに必ず話題に上がります。また、経営陣もレポート内容を話題にすることも多いので、IR担当者の間で必読となっています。そうした状況の中、投資家の視点で同じ言語で語ることに加え、社内ミーティングでも証券分析、財務分析、資産運用、事業投資などの専門知識は必須になっており、CMA資格が非常に役に立っていると実感しています。

佐藤資本コストなどアナリストの知識がない企業側との面談は、すれ違ったまま議論にならない場合もあります。共通言語に対する認識は最低でも持っていてほしいと思います。

兵庫CMA資格は共通言語やパスポートといった位置づけと私は考えており、可能であれば取得されることが望ましいと考えております。企業IR担当者の名刺にCMAの表記があると、その後「企業との対話」を続けていく際にも共通認識を持ちやすいという安心感があります。

司会本日は貴重なご意見をありがとうございました。ここでの気付きが少しでも皆さまのお役に立てることを期待しております。