【AI活用最前線】顧客との関係を強化するAI

ビジネスにAI(人工知能)を取り入れる企業が増えており、導入した企業からは「三方よし」の声が広がっている。例えば、東日本旅客鉄道(JR東日本)。同社のお問い合わせセンターには、毎日、数千から数万件の電話による問い合わせがある。列車時刻や運賃・料金、空席などの案内のほか、各地で開催されるイベントや宿泊、企画商品に関するものなど多岐にわたり、熟練のオペレーターでも瞬時の回答は難しい。そこで同社はIBM Watsonを活用し、お問い合わせの電話の会話を音声認識を行いテキスト化し、そのテキストを解析することにより回答候補や関連資料を検索してオペレーターへ提示するAIを導入し、オペレーターを支援。素早い回答による顧客満足度の向上、オペレーターにとって働きやすい環境の提供、サービス品質を底上げするという同社の課題解決への貢献など「三方よし」の効果が期待されている。AI活用による顧客接点の拡大は、企業にどのような価値をもたらすのだろうか。

「顧客接点」で活用される、進化するAIの価値

 顧客との接点でAIが活用されるようになって理解が広まってきたことは、「AIは必ずしも万能ではない」ということだ。AIを導入して効果を上げているのは、人間とAIでそれぞれの得意な領域と不得意な領域を切り分けて相互に補完しているケースである。典型的なパターンとしては、AIが自動でやりとりをするチャットボットと、AIが人をアシストする支援ソリューションの2つがある。

 1つ目のチャットボットは、これまでWebページで提示していたFAQやコールセンターでのオペレーターの応答をAIが自動で対応するというものだ。今後は多くの企業で問い合わせの1次対応窓口として使われるようになるだろう。

 例えばネスレ日本では、さらなるお客様サービスの向上を目指し、2016年11月からチャットボット「ネスレ・チャット・アシスタント」の運用を開始し、これにより問い合わせ全体の約40%が自動化されている。

ネスレ日本各種の問い合わせ、商品の注文などをチャットボットで自動応答

ネスレ日本

 食品・飲料の大手企業、ネスレ日本株式会社。同社はIBM Watsonを活用した自動応答サービス「ネスレ・チャット・アシスタント」を導入し、2016年11月から運用を開始している。Webサイトと「ネスレ通販」LINE公式アカウント上で稼働し、消費者からの「ネスカフェの価格を教えて」「コーヒーマシンはどこで買えますか?」などの問いかけに対してチャット形式で自動応答するほか、定期お届け便の注文情報の変更なども同様にできる。

https://nlc2.nestle.jp/autochat.html

 2つ目の事例として、支援ソリューションを導入して大きな成果を上げているのが、冒頭で触れたJR東日本だ。特徴的なのは、ユーザーからの質問に対してAIが回答するのではなく、ユーザーとオペレーターの会話を音声認識によりテキスト化し、そのテキストを解析することにより、AIが参考となる情報をリアルタイムで検索しオペレーターへ回答候補や関連資料を表示するところだ。AIがオペレーターに寄り添って業務を支援する。2018年4月から本番運用を開始し、システムの活用度が高いオペレーターに限定すれば問い合わせ1件あたりの応答時間が最大30%短縮したという。

JR東日本お問い合わせセンターのオペレーター業務をAIで支援

JR東日本

 東日本旅客鉄道株式会社は、1日に数千から数万件の電話による問い合わせ対応を行うオペレーターの業務をIBM WatsonによるAI活用で支援。電話の会話を音声認識を行いテキスト化し、そのテキストを解析し、回答候補や関連資料がディスプレーに表示される。このIBM Watsonを活用したシステムはJR東日本お問い合わせセンターのほとんどすべてのデスクに配置され、2018年4月から「お問い合わせセンター業務支援システム」として運用を開始。システムの活用度の高いオペレーターに限定すれば問い合わせ1件あたりの応答時間を最大30%程度短縮できているケースもあるという。

 こうした顧客接点におけるAI活用のベネフィット(利点)は様々だ。わかりやすいのは、いつでもよりよいサービスが受けられることによる「顧客満足度の向上」だろう。

田中 孝氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
クラウド&コグニティブ・ソフトウェア事業本部
IBM Data and AI事業部
テクニカルセールス部長
田中 孝

 これまでの有人によるオペレーションサービスでは、時間、場所などの制限があった。例えば、有人オペレーターの9時〜17時の業務。17時まではオペレーターに思った通りの相談ができても、17時を過ぎたとたんにユーザーは自分でウェブサイトを検索して必要な情報を入手しなければならなくなる。これでは、コミュニケーションの品質は一気に下がってしまう。チャットボットを導入して必要な情報をいつでも取得できるようにすれば、顧客にとってそれは大きな価値になる。また、有人オペレーターへの相談の際にも、オペレーター支援ソリューションを導入してAIがリアルタイムに参考情報を表示できることで、オペレーターはお客様を待たせることなく回答することができる。顧客にとって短い問い合わせ時間で回答を得られることは非常に大きな価値となる。

 企業にとっては顧客満足度向上以外のベネフィットも見逃せない。AI活用プロジェクトを支援してきた日本IBMの田中孝氏は「取りこぼすことなくお客様の声を拾えることです」と指摘する。

 「オペレーター支援における音声認識はもちろん、テキストチャットでもお客様の質問がそのままデータとして残ります。それらの音声やテキストから問い合わせ内容を分析することで、お客様が本当に望んでいることが見えてきます。初めからデータ化されているので、分析にもAIを活用しやすいというメリットもあります」(田中氏)

視野を広く持つことで新たな価値が創造できる

(図)業務システムとの連携

 顧客接点でのAI活用によって新たな価値を創り出すポイントは、既存の業務システムとの連携を図ることにある。単なる応答システムで終わっていては、情報を提供することしかできない。次のアクションまでフォローする仕組みがあれば、さらに一歩踏み込んだ価値を提供できる。そのためには業務システムとの連携が求められる。

(図)業務システムとの連携

 前述したネスレ日本のチャットボットは、顧客データベースや通販システムと連携し、定期便で届ける商品や頻度の変更をチャットで受け付けている。

 さらに、下着メーカーのワコールでは、3Dボディスキャナーで得た体型情報と販売員の接客ノウハウ、商品情報をAIが複合的に組み合わせることにより、チャットボットを通じて顧客に最適な商品の提案を行っている。「お客様によっては販売員の接客に恥ずかしさを感じるものの、店舗で自由に買い物を楽しみたいという方もいます。これまでにない顧客体験を生み出せる新たなソリューションによって価値創造を進めている好例です」と田中氏は語る。

ワコール接客AI、チャットボットで最適な商品を提案

ワコール

 下着メーカーの株式会社ワコールは2019年4月、インナーウェアの商品情報や接客ノウハウを学習し、顧客のサイズや体型、好みに合わせた最適な商品提案を支援する「接客AI」を導入すると発表した。これはIBM Watson Assistant(照会応答)を利用したチャットボットで、店内のタブレットで好みのデザイン、シルエットを選択し、ワコール独自の3Dボディスキャナーから得られた計測データと合わせておすすめの下着を提案。2019年5月、この接客AIが体験できる、「ストレスなく自分に合った商品を自分のペースで自由に選べる新店舗」を東急プラザ表参道原宿にオープンした。

https://www.wacoal.jp/smart_try/

 価値創出のためのもう一つのポイントとして挙げられるのが、複数のチャネルを横断して顧客ニーズに応えることだ。「ある大手消費財メーカーでは、チャネルを次々と追加してマルチチャネルでコミュニケーション手段を拡張し、顧客のフラストレーションを軽減しています」と田中氏は解説する。

 同社では電話がつながりにくいという声に対応して自動応答システムを導入。また、メールによる対応フォームと有人のチャットシステムでは、それぞれの待ち時間を提示。さらに自動応答システムと連携するオペレーターのコールバック予約サービスも提供し、顧客がコミュニケーション手段を選択できるようにしている。

(図)チャネルの広がり

 こうした成功事例で共通しているのが、顧客の視点からどのようなコミュニケーションが望ましいかを考慮し、既存システムを上手に活用している点だ。システムとシステムをつなぐAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)連携を駆使することにより、大きな変更を加えることなく活用できる。田中氏によれば「AIとの連携を視野に入れたプラットフォームとしてAPI活用基盤を整備するケースも多くなっています」という。

戦略、基盤、人材の視点から継続的なAI活用の進化を

 さらにAI活用を考えるうえで欠かせないのが、企業としての戦略に基づくロードマップの策定である。AIは使いながら育てていくものだけに、長期的な視野が求められる。ネスレ日本のケースでも、新たな人員の確保とコミュニケーションの質の両立が今後ますます難しくなることを想定し、AIの活用をその解決手段の一つとして位置付け、段階的に拡張を進めている。

 日本航空(JAL)が提供するチャットボット「マカナちゃん」のケースも同様に、長期的な視点で段階的に機能が強化・追加されている。ハワイの現地情報やおすすめスポットを回答するサービスに始まり、SNSなどの情報によって判断した顧客特性に基づきレストランや観光地をレコメンドする機能を追加。さらにはグアムなど他の地域への横展開も行っている。

JAL画像認識などのAIサービスを活用し、ハワイのおすすめスポットなどを紹介

JAL

 日本航空株式会社は、チャット形式の自然な対話でハワイの現地情報やおすすめスポットを回答するバーチャルアシスタント「マカナちゃん」の提供を2016年12月から開始。2017年7月からはその機能を強化し、利用者のSNSでの投稿内容をもとに性格分析を行い、個人の性格に合ったハワイの情報を最新の口コミや画像付きで提示。これにはIBM Watsonの照会応答のほか、性格分析、画像認識などのAIサービスが活用されている。また、ハワイにお得に行ける商品・時期をタイムリーに提案するなど「マカナちゃん」は段階的にその機能を進化させている。なお、同サービスにはグアム版の「マイラちゃん」もある。

http://www.jal.co.jp/inter/makana/index.html

田中 孝氏

「IBM Watsonは『AIの説明性と透明性』のためのツールもポートフォリオの1つとして提供している」(田中氏)

 長期的な視野とともにAI活用を進め、様々な領域にAIを適用するようになると必要となってくるのが、AIを管理・運用できる基盤である。「AIがなぜこういう答えを出したかという説明性と透明性を提供できることも、企業向けに開発されたIBM Watsonの大きな特徴です」と田中氏は語る。AIが担う役割が重くなるほど、説明性と透明性へのニーズは高まるはずだ。当初から企業向けに開発されたIBM Watsonであればこうしたニーズにも対応できる。

 また、AI活用を実現するためには「人材の育成」という視点も重要になる。これまでIBMでは、AI活用に精通した専門家によるコンサルティングサービスを提供してきた。最近は企業内にAI専門の営業推進組織を立ち上げて、自社でAI人材を育成する企業が増えている。

 この組織はCoC(Center of Competency)と言われ、IBMとタッグを組んで一から一緒に立ち上げるケースも多い。「CoCを成功させるためには、小さな組織から始めて、効果を認知させながら広げていくことです」と田中氏は語る。ある先進的な企業グループでは、IBMと数人ずつのチームでCoCを立ち上げ、現在では数十人規模にまで拡大しているという。

 「企業としての競争優位を確立する顧客接点でのAI活用のためには、戦略、基盤、人材という3つの視点からのアプローチが求められます。IBMは全方位で強力に支援できることが最大の強みです。AI活用のパートナーとしてIBMにご相談ください」と田中氏は語る。幅広い視野を持って、継続的な進化が求められる分野だけに、IBMの持つ“総合力”は大きなカギとなりそうだ。

IBM Watsonで変わる顧客体験 業務改善を進め、顧客満足度の向上へ
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