人事役員が語るリモートワークを支える人事制度とは人事役員が語るリモートワークを支える人事制度とは

提供:日本IBM

新型コロナウイルスの感染防止のために、企業は「出社せずに業務を継続すること」に挑んでいる。しかし、短期的な対策としてだけでなく、長期的に変化への耐性をもつには、人事制度も含め、新しい働き方を支える仕組みを整える必要がある。すでに20年以上前からリモートワークを取り入れてきた日本IBMでは、ITインフラだけでなく、以前から取り組んでいる人事施策によって、今回のパンデミックにも大きな混乱なく事業を継続することができているという。同社はどのような制度や仕組みを持っているのか。日本IBM常務執行役員 人事担当のクリスチャン・バリオス氏に話を聞いた。

リモートワーク浸透の背景にあった「フェアネス」

 2020年3月末、日本IBMのある部署では、退職する社員の送別会が開かれた。管理部門に在籍する150人が集まり、思い思いに感謝の言葉を伝え、門出にあたっての励ましの言葉を贈る。そこには明るい会話と笑い声があふれていた――。

 しかし、この送別会は全員が1カ所に集まって行われたものではない。オンラインで開催されたのだ。日本IBMでは、4月7日に緊急事態宣言が出される前からリモートワークに移行していた。同社の常務執行役員 人事担当のクリスチャン・バリオス氏は「久しぶりにみんなが顔を合わせるいい機会になりました」と語る。

クリスチャン・バリオス氏クリスチャン・バリオス氏

日本アイ・ビー・エム株式会社
常務執行役員 人事担当
クリスチャン・バリオス

 同社では、1989年からフレックスタイム・1997年からモバイルワーク・サテライトオフィスワーク制度を開始している。当初は育児や介護で出社できない場合や出張時での活用がメインだったが、やがて全社員を対象とするようになった。通常業務でも上司と相談のうえ、週に2回から3回はリモートワークで仕事をすることが可能になっていたという。

 「グローバルでビジネスを展開しグローバルに統合された企業である『Globally Integrated Enterprise(GIE)』というコンセプトが生まれ、各国の人材が国境を越えてつながるためにリモートワークという仕組みが自然と広がっていきました。それを全社員に広げた背景にあったのは“フェアネス(公平)”という考え方です」(バリオス氏)

 リモートワークという、いつでもどこでも働ける環境を一部の人だけに提供するのは平等ではない。誰もが柔軟な働き方をしていいはずだというフェアネスの考え方だ。

 リモートワークを広げたことで同社が手に入れたものは多い。「会社に対する社員の信頼が高まり、何よりも社風の変革につながりました。変化に迅速に対応できる俊敏性のある“アジャイルなビジネススタイル”を確立することができたのです」とバリオス氏はそのメリットを強調する。

デジタル入社式 
社内外から1200人参加

 目まぐるしく変化する経営環境の中を生き抜くうえで、アジャイルなビジネススタイルがもたらす機動力は大きな力になる。今回のコロナ禍でもその俊敏性は生かされている。

 緊急事態にあたって同社ではいくつかの新たな施策をスピーディーに導入した。まず小学3年生以下の子どもを持つ社員に特別有給休暇を与えている。通常の有給休暇以外の休暇が使えることで、心おきなく子どものケアに時間を使うことができる。

 また、リモートワークの対象範囲を契約社員や派遣社員にも広げている。購買部門経由で派遣元に掛け合い、契約内容を変更し、社内ネットワーク環境への接続やパソコンなど必要となるハードも貸与した。

 そして4月1日の入社式は完全デジタル化された。800人を超える新入社員全員がオンラインで参加。国外にいる家族や学校の先生、先輩社員らも参加し、トータルで1200人が参加するネットワークイベントになった。

 入社式では、同社の山口明夫社長によるウェルカムスピーチや役員と先輩社員の討論などがライブ配信され、チャット欄に参加者たちがコメントを書き込み、その数は約2,000に上った。

 まさにインターネットが当たり前の時代だからこそ可能になった大規模でインタラクティブなイベントだが、こうしたイベントが盛り上げるのも普段からリモートでのコミュニケーションに慣れ親しんでいるという環境があったからだといえるだろう。

“New IBMers Kickoff 2020

ハード面の整備以上に重要なのはソフト面の充実

 では、同社のようにリモートワークを成功させるためのポイントはどこにあるのか。バリオス氏は「もちろんネットワーク環境やデバイスは必要です。しかし、成果を出すために最も重要なのはリモートワーク環境でいかに社員を生かしていけるかということ。役割の明確化と目標の設定、そして評価とフィードバックというソフト面の充実です」と話す。

 同社では、仕事のカテゴリーとポジション、責任レベルから個人に求められることを明確にしている。くわえて全社のビジネス戦略から個人レベルの目標を落とし込み、評価をフィードバックすることを徹底してきた。こうした人事戦略がリモートワークの前提となる。

 「個人の役割と目標がクリアになっていれば、どこで仕事をしてもやることは同じです。社内外に認識のギャップがありません。それが新しい働き方です。そこにコミュニケーションとフィードバックを加えることで、リモートワークでもこれまでと同様の成果を生む働き方が実現されます」(バリオス氏)

 特に重要なのは、コミュニケーションの部分である。同社のマネージャーには隔週で従業員と個別に面談することが推奨されており継続的にコミュニケーションを図っているが、リモートワーク下では意識的にコンタクトポイントを増やしている。会社の方針をビデオメッセージで共有し、チャットを使って2日に1度は会話をするなどそれぞれが工夫を凝らす。

 「いつ解消するかわからない不安な状況だからこそ、社員のエンゲージメントが重要です。離れている時こそ、さまざまな形で会社のビジョンやミッション、具体的な取り組みを積極的に社員に共有することが、社員のエンゲージメント強化にも貢献するのです」。今回のようなウイルス感染拡大という事態では、リモートワークは社員の健康と安全、そして社会の一員として感染を抑制するために必要な取り組みである。企業の思いは社員にも伝わっていく。

 また、社員が成長するための教育制度も重要だ。同社ではリモートで受けられるeラーニングを充実させるとともに、キャリア形成をサポートするシステムも提供している。キャリアアップに必要なスキルを示し、それを学ぶ機会を提供することは、モチベーションを向上させ、自社に対するエンゲージメントを高めるのに有効だ。

“自発的な学びとアセット共有を提唱

 「今、2020年4月入社の新入社員の研修をオンライン上で行っていますが、通常の対面での研修よりも、オンラインでの研修のほうが議論への参加率が高まります。質問の数も倍増しました。チャットのほうがコミュニケーションが活発になります」とバリオス氏。参加状況が見える化されることで、フォローが必要な人がわかるのもメリットだと話す。

トップのコミットメントと実践がカギ

クリスチャン・バリオス氏クリスチャン・バリオス氏

 もちろん、誰もがリモートワークで働けるわけではない。同社でも客先に出向く社員がいる。政府や銀行、電力など社会の基盤となるシステムを担当する社員だ。彼らは“ミッションクリティカルワーカー”と呼ばれる。同社では徹底した議論を通して全社員の数%にまで絞り込んだ。大事なのはオフィスに物理的に行くことが必須である業務を見極め、可能な限りリモートワークができるようにするというスタンスで臨むことだ。 

 「数年先の働き方を真剣に想像してみてください。みんなが職場に来て紙の書類で仕事をしてはいないでしょう。必要なのは、未来に向けてリードしていく意識です」とバリオス氏。制約条件はシステムやポリシーによって克服できる。今、リーダーに求められているのは変革に向かうマインドセットである。

 リモートワークの推進でもリーダーシップが欠かせない。どこから着手すべきかといえば、経営者からだろう。バリオス氏も「まずトップのコミットメントと実践から入るべきです」と強調する。トップがリモートワークを推進する姿勢を見せ、人事戦略でそれを具現化すればリモートワークは広がっていく。

 最後にバリオス氏は「リモートワークは働き方のダイバーシティでもあります。お互いの事情を理解し、認め合うことが成果につながります」と話す。ある月曜日の朝、リモートワークで行われた同社の役員会議の最中に子どもの泣き声が聞こえてきたが、全員がほほ笑んでそれを受け止めていたという。このようなダイバーシティを認める“心の寛容さ”もリモートワークを成功に導く重要なポイントとなるのだろう。

クリスチャン・バリオス氏

※この取材は4月にリモートで実施しました。文中の写真は本人撮影です。

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