Government 誰もが待っていたテレワークという働き方~回天の業は佐賀から始まる~Government 誰もが待っていたテレワークという働き方~回天の業は佐賀から始まる~

佐賀県で進められているワークスタイル改革に、日本中の官民組織から注目が集まっている。デスクでの書類仕事という固定的なイメージが強い公務員のワークスタイルをテレワークという発想で見直すことに成功したのである。佐賀県では、なぜワークスタイル改革が可能になったのか。改革プロジェクトのキーマン佐賀県最高情報統括監(CIO)の森本登志男氏に聞いた。

佐賀県最高情報統括監(CIO)森本 登志男 氏 佐賀県最高情報統括監(CIO)森本 登志男 氏
佐賀県の風景佐賀県の風景

タブレット端末と
コラボレーションツールで
全庁でのテレワークを推進

 2014年10月、佐賀県で始まった改革が全国の注目を集めている。全庁および県内外各拠点でのテレワークの本格導入だ。約4000名の職員に対して1100台のタブレット端末とコラボレーションツールが導入され、自宅や外出先からは仮想デスクトップで庁内の自分のPCに入り、自分のデスクにいるかのように仕事をすることができる。県内11カ所にあるサテライトオフィスからも業務を行える。

 コミュニケーションの手段も多様だ。異なる拠点の複数のメンバーが同時に参加できるウェブ会議システム(Cisco WebEx)、手軽に会話ができるチャットシステム(Cisco Jabber)、ウェブストレージなどのクラウドアプリケーションなどが用意された。場所や時間にとらわれない柔軟な働き方の基盤は整った。

 全国の自治体の先駆けとなるこの改革をリードしたのは、佐賀県最高情報統括監(CIO)の森本登志男氏だ。森本氏は民間企業の出身。しかも佐賀県出身ではない。11年4月の公募に応じてCIOに就任した。

「テレワーク推進は突然始まったわけではありません。佐賀県がテレワークに取り組み始めたのは08年のこと。これも他県に先駆けて早い。ただ制度自体はあったものの、あまり活用されていませんでした」と森本氏は語る。

 しかし、佐賀県にはどうしてもテレワークに取り組まざるを得ない事情があった。森本氏は「テレワーク導入の機は熟していた」と話す。

介護、女性活用、パンデミック、
そして県民サービスの向上に

 少子高齢化に伴う介護負担は社会全体で深刻な問題になっている。佐賀県も例外ではない。「県庁職員の多くは40代から50代の、まさに介護世代。住民サービスの質を維持するためにも、介護離職を防ぐことが急務になっているのです」と森本氏。そのためには在宅勤務のような働き方を選択できる環境の整備は重要だった。

「出産や子育て支援など、働く女性をサポートすべき要素は多くあります。介護現場も女性にしわ寄せが行きがちです。女性の能力を生かしてもらうためには、柔軟で働きやすい環境が不可欠です」(森本氏)

 もう1つの大きな要素がBCP(事業継続計画)だ。「宮崎県の鳥インフルエンザの発生で危機感のレベルが上がっていました」と森本氏は指摘する。対策が5年以上議論されてきたが、決定的な解決策は見いだせなかった。しかし、テレワークの仕組みがあれば、現場の情報をリアルタイムに把握でき、迅速な対応が可能になる。

 また、農業や林業、漁業、土木など現場で活動している職員は多い。タブレット端末などを使えば、その場で必要な資料を取り出して説明することもできる。WebExやJabberなどのコミュニケーションツールによって庁内の職員や専門家とやりとりをして、その場で課題に答えを出すことも可能になり、きめ細やかなサポートと業務効率の向上につながる。
 こうした業務改善は県民へのサービスレベル向上にも貢献するはずだと森本氏は確信していた。

100台による実証実験で
テレワークへの理解を促す

佐賀県最高情報統括監(CIO)森本 登志男 氏 佐賀県最高情報統括監(CIO)森本 登志男 氏

 テレワークのメリットを確信した森本氏は、全庁展開を目指して知事や議会への働きかけを強化した。その最初のステップが100台のタブレット端末による実証実験だった。

 テレワークの実証実験は13年8月から開始。100台のiPadを要望に応じて35の部署に配布し、100台分の仮想デスクトップを導入した。「全庁展開へのハードルは高かった。まず使ってもらうことで、導入の意義を理解してもらうことが重要だと考えました」と森本氏は、管理職に使ってもらうことを計画する。「原則週1日以上テレワークを管理職に実践してもらい、その結果を知事に報告することにしました」(森本氏)

 この実証実験は大きな成果を上げることになった。特に農業施設など屋外で資料をタブレット端末で確認したり、現場の写真や検査内容などについて専門家の見解をその場から求めるなど、格段に効率を向上させることができた。「センサーなどで効率化できる部分よりも、人が動いているところに無駄が多かったんです。ITの利活用によって、想定以上の改善が見込めることが証明できました」と森本氏は実証実験を振り返る。

 この成果を受けて、知事も議会も理解を示し、全庁展開に向けて佐賀県が一丸となった。そして14年10月、ついに全庁展開が実現した。満を持して始まったテレワークが全庁に一気に広がった瞬間である。

大きな山を越えたら
無限の可能性が見えてきた

佐賀県での取り組みの様子 佐賀県での取り組みの様子佐賀県での様子

 佐賀県でのテレワークの成功の要因は、現場や関係スタッフが様々な課題解決に向け積み重ねてきた要件整理と、独立した実行機能を持ったCIO(最高情報責任者)制度を導入したことだ。部署の枠を超えて進めることができる制度があったことがプロジェクトを進めることができた大きな要因だったと森本氏も振り返る。

 「全庁展開というハードルを超えたら、その先のテーマが見えてきました。改革の動きは自己増殖を始めました。テレワークによる業務改革の可能性は無尽蔵です」と森本氏は大きなうねりが起きていることを実感している。

 これからは各部署がそれぞれの発想でテレワークに対応したアプリケーションを考え、業務の改善を進めていくことが期待される。こうした動きを後押しする仕組みを用意するのがCIOの今後の役割になるのだろう。

 佐賀県は江藤新平や大隈重信など幕末の志士を数多く輩出した土地柄。進化のために広く人材を迎え入れる懐(ふところ)の深さは今も変わらないようだ。

「吉野ケ里遺跡も、元寇の防塁も、秀吉の朝鮮出兵の時の前線基地も佐賀。そして幕末には維新の推進力にもなりました。時代の転換点になると佐賀がクローズアップされるんです」と森本氏。

 地方行政には解決しなければならない課題が山積している。ICTの力で行政サービスをより便利で豊かなものにしていく取り組みは多くの自治体の重要テーマでもある。それを推進するため、CIOを設置する地方公共団体は増えてきている。
 佐賀の動向はいつの時代も世の中の形勢に大きな影響を与えてきた。テレワークを活用して働き方を改革するという回天の業にも匹敵する事業も、ここ佐賀から本格的に広がっていくことだろう。