小説家 平野啓一郎が語る「カール F. ブヘラの時計から感じた小説と機械式時計の意外な共通点」

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京都大学在学中に丸1年かけて執筆したデビュー作『日蝕』で、若干23歳にして芥川賞を受賞。
以来『葬送』『決壊』『マチネの終わりに』『ある男』など多彩な話題作を次々と発表してきた人気作家の平野啓一郎さん。
音楽やファッションへの造詣も深い、文壇きってのオピ二オンリーダーが、カール F. ブヘラの機械式腕時計を手がかりにして、
歴史や時間認識、人生観、今後の目標などについて語った。

緻密に構成された時間芸術

「もともと時計は好きで、ヨーロッパに行くと、よく街の時計店をのぞいています。スイスは何度も訪れているので、カール F. ブヘラのことも、もちろん知っていました。130年の歴史があるマニュファクチュール(※1)で、風格もあり立派なブランドなのに、この時計は主張すぎることもなく、さりげなくて、かっこいい。僕は手が大きいので、シンプルすぎると物足りない。多少ボリューム感があるタイプが好みです。今日は、このクロノグラフの上品なスポーティーさを意識して、デザイナーズのジャケットにジーンズという、こざっぱりとしたスタイルにしてみました」

芥川賞作家でありながら、ファッションにも広い知見を持つ平野さん。優れた小説と高度な機械式時計との意外な共通点を教えてくれた。

「トゥールビヨンという超複雑機構で重力による誤差を補正する──ミクロとマクロが直結する機械式時計のメカニズムは、とても魅力的です。ある意味、小説ともよく似ています。人間のささいな心情から、世界全体で起きている様々な事象まで、限られたスペースの中で、どのようにデザインして機能させるか。すべてが有機的に連関することにより、時計は針が回転し、小説は物語が始まり、終わる。かのストラヴィンスキー(※2)をして『ラヴェル(※3)はスイスの時計職人のようだ』と言わしめたように、緻密に構成された時間芸術を時計になぞらえる発想は昔からありました」

  • ※1 ムーブメントなどの基幹部品を含めて一貫して自社で製造する時計メーカー
  • ※2 イーゴリ・ストラヴィンスキー。ロシアの作曲家。1882年~1971年
  • ※3 モーリス・ラヴェル。フランスの作曲家。1875年~1937年

「マット仕上げの革の色も上品で、文字盤も見やすい。光沢にも高級感がある。いい時計ですね」と平野さんが評する、カール F. ブヘラの「マネロ フライバック レトロ」。程よいボリューム感と洒脱なデザインが印象的

マネロ フライバック レトロ

径43mm、ステンレススティール、クーズーレザー、88万円

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直線的な時間、円環的な時間

時間という概念には、生まれてから死ぬまで真っすぐに進む直線的な時間と、朝が来て、日が暮れて、季節が巡るという円環的な時間があると語る平野さん。

「円環的な時の流れについては、針が円周に沿って回転するアナログの時計がイメージしやすい。直線的な時の流れに関しては、普段はあまり意識していないかもしれませんが、自分の人生の残り時間は時々刻々と減っています。そういう意識を持つことによって初めて人生のプライオリティー(優先度)を考えることができる。それが僕にとっての時間意識の根本となっています」

自分があと何年生きられるのかが分からない状態で、漠然と人生を設計するのではなく、自分の遺伝子や生活環境などの情報をもとに寿命を予測し、残りの時間をどう使うかという綿密な計画を立てて生きていく──これからは、そんな時代になるというのが平野さんの見立てだ。

「実は次の小説の小道具でもあるんですが、例えば人生80年だとして、その終わりに向かって1秒ずつ減っていく時計とか……。1時、2時と加算されるのではなく、減算される時計があれば、人は人生を真剣に考えるようになる。なぜそんなことを思いついたかというと、小説家の締め切りって常に『残り何日?』っていう感じなんですよ。あと何時間で原稿を送らないといけない!とか(笑)」

文化庁の文化大使としてパリに滞在していた2005年頃から、モードファッションに傾倒。ビジネスとアート性のはざまで苦悩する若手デザイナーに、同じ表現者として共感を覚えたのがきっかけなのだとか

挑戦しながら変革に備える

「時間には、いくつものレイヤー(階層)があります。人生の中長期的なプランや、数年あるいは数カ月単位のプロジェクト、1週間のスケジュールなど、それぞれのレイヤーに合わせて計画を立てることが必要です。例えば、読書なら、すぐに読まなければいけない短期要件の本を数珠つなぎに読んでばかりいると、50歳、60歳という年齢になった時に教養として効いてくるような長期要件の本を読むことができなくなってしまいます」

ユヴァル・ノア・ハラリ氏(※4)の『サピエンス全史』や『ホモ・デウス』が世界各国でベストセラーになるなど、現代はタイムスケール(時間の尺度)という考え方が広く認知され始めているとも指摘する。

「『サピエンス全史』はアフリカを起源とする人類の歴史についての本。タイムスケールが7万年という超長期です。我々も東日本大震災の原発問題があって、10万年単位で放射性廃棄物を管理しなければならなくなった。テクノロジーの進歩が速すぎて未来予測が難しい現代では、2030年に世の中がどうなっているかなんて誰にも予測がつかない。長期的なビジョンを持たなければいけないけど、それが見えないのが、今という時代ではないでしょうか。ある程度は無駄になってしまうのも覚悟しながら、いろんなチャレンジをして、未来の変革に備えることが企業にとっても個人にとっても大事なことなのだと思います」

  • ※4 イスラエルの歴史学者。1972年生まれ。

「着やすいのでお気に入り」という、パリのクチュール(デザイナーズ)ブランドのジャケットを身にまとう平野さん。目立つロゴなどは避け「比較的コンサバなもの」を選んでいるという

古典への理解がないと作品は脆弱になる

「文学史という長い歴史の先端にいて、先人たちが考えてきた積み重ねの上に、今、何をすべきかを考える。それが小説家としての自分の仕事だと考えます。古典作品はきちんと踏まえないといけない。自分の作品はポツンと真空状態で浮かんでいるわけではありません。背後には三島(由紀夫)の作品や、トーマス・マンの小説が見え隠れしている。あくまで有機的な関係性の中に存在するワンピースが自分の作品なんです」

古典への理解という下支えがないと、作品はとても脆弱になる。これは高度な職人技術とクラシカルなデザインを今に受け継ぎ、正統な進化を続けるカール F. ブヘラのものづくりの思想にも通じる。

「文学にも、ファッションの旬に似たジューシーさが必要なのは言うまでもありません。ただ、文学はタイムスケールがとても長い。ファッションが6カ月スパンだとしたら、文学は数年から数十年、あるいは数百年、数千年という尺度で、今、起きていることが何なのかを考える必要がある──これこそが、小説家という仕事の大切な使命じゃないでしょうか」

これからの目標について聞いてみると「AI(人工知能)の普及などにより、人が自分自身の存在意義を見失うかもしれないという悲観的な予感はありますね。だからこそ、生きていること自体を肯定的に捉えられるような力強い思想を、文学を通じて語っていきたい」と明かしてくれた平野さん。

どんなにテクノロジーが進歩しても、未来を照らすのは、やはり血の通った人間の熱き思いであることは間違いなさそうだ。

この日、平野さんが訪れたのは昭和2(1927)年にスペイン様式の洋館として竣工し、平成14(2002)年にスペイン料理のレストランとして再生された小笠原伯爵邸(東京都新宿区)。時を越えて受け継がれる、品格漂う名建築が、カール F. ブヘラの世界観と共鳴する

平野さんが選ぶ思い入れのある3作品とは

腕時計「マネロ フライバック レトロ」

径43mm、ステンレススティール、クーズーレザー、88万円

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デビュー作の『日蝕』以来、約20年にわたって休むことなく作品を発表し続けている平野さん。数ある作品の中から、特に思い入れのある3作を挙げてもらった。

『マチネの終わりに』(写真右、毎日新聞出版、2016年)

「『マチネの終わりに』は商業的にもうまくいきましたし、この秋には同名の映画も公開されるので、それも楽しみにしています。一種の運命論というか、大きな世界で起きていることに翻弄されてしまう人間を美しい物語として描きたいという思いで執筆した作品です。この本を書く前は、自分自身が疲れ果てていて、こういうラブストーリーを読んでみたいなと思っていたんです。探してはみたものの、しっくりくる本が見つからず、それならいっそ自分で書いてしまおうと(笑)。自分が読みたい物語だったからこそ、同じ時代を生きる多くの読者とシンクロしたのだと思います」

『ある男』(写真中央、文藝春秋、2018年)

「『マチネの終わりに』は浮世離れした設定の男女を下界から仰ぎ見るような気分で書きました。だから『ある男』は、もう少し普通の人たちを通して殺伐とした社会における人間の優しさを描きたいと……。最新作はどうしても自分の中で1番気に入っている作品になってしまいますね。愛は僕自身がずっと追求しているテーマでもあります。『マチネの終わりに』の恋愛とはまた違った形の愛が描けたんじゃないかと思っています」

『私とは何か 「個人」から「分人」へ』(写真左、講談社現代新書、2012年)

「アイデンティティーも僕の文学における大きなテーマです。自分なりに一つの思想にまで考えを整理できたのが『私とは何か 「個人」から「分人」へ』でまとめた分人という考え方(※5)です。個人という概念に徹底的にこだわった『決壊』という小説を書いている時、この概念自体に限界が来ていると感じました。現代の社会システムには、もう適応できないんじゃないかと。『決壊』があまりにも悲観的な終わり方だったので、これからどうやって生きていけばいいかというポジティブな価値観を示さなければと感じました。そして分人という考え方にたどり着いた。僕自身の人間感や思想を表現することができたので、自分にとって、とても大きな意味を持つ作品となりました」

  • ※5 個人における個性は唯一ではなく、家族、友人、同僚などの対人関係に応じて様々な自分=分人を生きているという考え方

PROFILE

平野 啓一郎(ひらの けいいちろう)

1975年愛知県生まれ。福岡県北九州市出身。京都大学法学部卒。99年、在学中に文芸誌「新潮」に投稿した『日蝕』が第120回芥川賞を受賞。著作に小説『葬送』『滴り落ちる時計たちの波紋』『決壊』『ドーン』『かたちだけの愛』『空白を満たしなさい』『透明な迷宮』『マチネの終わりに』『ある男』、エッセイ『私とは何か 「個人」から「分人」へ』『考える葦』など多数。最新のエッセイは『「カッコいい」とは何か』(講談社現代新書、7月中旬発売予定)。同名原作の映画『マチネの終わりに』が11月1日から全国東宝系にて公開予定。

LINE UP

平野さんが身に着けている時計はスイスの高級時計ブランド、カール F. ブヘラの「マネロ フライバック レトロ」(写真下左)。

カール F. ブヘラは1888年、スイスのルツェルンで創業し、今も創業者一族が経営を続ける数少ない時計メーカーの1社。ルツェルンの長い歴史と美しい風土の中で育まれたものづくりの精神が商品に色濃く反映されている。流行を追うのではなく、自分自身のスタイルを大切にしている人のための時計を作り続けている。

そのブヘラのコレクションの1つが「マネロ」。「手で動かすもの」という意味のラテン語「manuria」に由来する。モダンクラシックなスタイルと、伝統的な時計製造の歴史の中で生み出された機構と実用的な機能が見事に融合する。控えめながらも上質なエレガンスを感じさせるシリーズとなっている。

「マネロ フライバック レトロ」 径43mm、ステンレススティール、クーズーレザー。88万円

マネロ フライバック レトロ

径43mm、ステンレススティール、
クーズーレザー
88万円

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「マネロ フライバック」 径43mm、ステンレススティール、ルイジアナ産アリゲーター。88万円

マネロ フライバック

径43mm、ステンレススティール、
ルイジアナ産アリゲーター
88万円

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「マネロ ペリフェラル」 径40.6mm、ステンレススティール、ルイジアナ産アリゲーター。84万円

マネロ ペリフェラル

径40.6mm、ステンレススティール、
ルイジアナ産アリゲーター
84万円

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