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今月の特選

仕事と人生

『仕事と人生』

  • 西川 善文 著
  • 講談社(講談社現代新書)
  • 2021/03 192p 990円(税込み)

成功よりも「苦労」に学べ ラストバンカーの仕事法

日本の金融業界はバブル崩壊後の90年代後半から2000年代にかけて、不良債権問題を抱えたまま、グローバルでの熾烈(しれつ)な競争に向かっていった。しかも業界再編や制度改革といった大きな地殻変動も同時に起きており、最も厳しい時代であったと言われている。

この時代を代表する頭取の一人が、三井住友銀行の西川善文氏(2020年9月に82歳で逝去)だ。平時とは状況が大きく異なるなかで獅子奮迅の働きをし、制度改革を推し進めるなど大きな功績を残した。本書『仕事と人生』は、その圧倒的な存在感から「顔が見える最後の頭取=ザ・ラストバンカー」と評された西川氏の仕事観、人生観をコンパクトな言葉とともにまとめた一冊だ。

追い風が吹いたときこそ危機意識をもつ

本書のテキストは2013年11月から2014年2月にかけて行われたインタビューが元になっている。過去のものとはいえ、コロナ禍にゆれる今のビジネス環境に照らしてもハッとさせられるものが多い。たとえば、「成功の落とし穴」という指摘がそうだ。

この言葉の背景には、銀行業界がバブル期に不動産融資で巨額の利ざやを得たことがある。その後バブルは崩壊し不動産融資は不良債権化。西川氏は大きなロスを出しながらも問題解決に取り組んだ。しかし一段落すると、業界の中にまたも不動産融資に注力する傾向が現れたという。従来のやり方を踏襲したほうが、苦労がないからだ。

人は追い風が吹き始めると、気が緩む。これは会社の大小にかかわらない、と西川氏はくぎを刺す。順境での気の緩みは人間の性(さが)と捉え、成功の落とし穴、つまり慢心を避けることが必要だ。そのためには、「過去の成功に学ぶのではなく苦労に学ぶ」意識が大事だと説く。痛い目にあった過去に学べというのは、コロナ禍が収束した後に向けた忠告とも受け取れる。

西川流のものごとをシンプルに考える思考法

西川氏の体験に裏付けられた仕事面でのヒントも多く紹介されている。なかでも「ものごとをシンプルに考える」は、西川流仕事術の根底にある思考法といえよう。仕事の中のさまざまな要素について、整理整頓をする。次に本質は何かを考えて、それを基点にして要素を絞り込む。すると多くとも大事なことは3つに絞られる、というものだ。物事を複雑に考えてしまうというのは、焦点がぼやけていることなのだ。

西川氏のような立場では、現実と合理性の間でもがき苦しみながら決断を迫られる場面も多かったはずだ。そうした難関を乗り越えられたのは、枝葉末節にこだわらず、徹底的にシンプルに考える力のたまものだったのだろう。

このように、金融大激変時代の苦労から逃げずに対峙してきた、西川氏の考えや仕事への向き合い方が明かされている本書。物事を大局的に捉える高い視点や、解決の難しい問題に立ち向かうときの姿勢からは、VUCA時代を生き抜くヒントがもらえるはずだ。

仕事と人生

『仕事と人生』

  • 西川 善文 著
  • 講談社(講談社現代新書)
  • 2021/03 192p 990円(税込み)
倉澤 順兵

情報工場 エディター 倉澤 順兵

情報工場エディター。大手製造業を対象とした勉強会のプロデューサーとして働く傍ら、8万人超のビジネスパーソンをユーザーに持つ書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」のエディターとしても活動。東京都出身。早大卒。

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