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今月の特選

ティム・クック アップルをさらなる高みへと押し上げた天才

『ティム・クック アップルをさらなる高みへと押し上げた天才』

  • リーアンダー・ケイニー 著
  • SBクリエイティブ
  • 2019/08 360p 1,980円(税込)

ジョブズのいないアップル 多様性への視点で躍進

 この本に目を留めたあなたは、ティム・クックあるいはアップルに興味があるに違いない。ティム・クックはスティーブ・ジョブズ亡きあとのアップルを引っ張ってきた現アップルCEO(最高経営責任者)。クックが率いたアップルは2018年8月2日、米企業として初めて1兆ドルの市場価値を持つ企業となった。

 カリスマを失いながら、アップルを後退させるどころか成長させた現CEOとは、いったいどんな人物なのだろうか。その人物像に詳細に迫ったのが本書『ティム・クック アップルをさらなる高みへと押し上げた天才』(堤 沙織 訳)だ。アップル社幹部やクックの関係者などにインタビューし、クックの幼少期から現在に至るまでの軌跡を描いている。著者のリーアンダー・ケイニーは20年以上にわたりコンピューターやテクノロジーに関する記事執筆に携わっているベストセラー作家だ。

ジョブズとの相違点

 本書によると、ジョブズとクックのCEOとしてのふるまいは対照的だったことが伺える。例えばクックは、ジョブズが手をつけなかったサプライチェーンの労働環境改善や、多様性を重視する方針転換に取り組んでいる。

 2012年9月、ジョブズが亡くなってから最初にリリースされたiPhone5は、大幅なデザイン変更が売り上げにつながり、株価は記録的な価格まで高騰した。だが、同時期にアップルには問題が山積しており、クックは改革に乗り出していた。例えばアップル最大の製造業者であるフォックスコンでの劣悪な労働環境が、米国内で取り沙汰されていた。労働者階級生まれのクックは、ジョブズなら無視していたであろうこの問題に、「すべての労働者が差別のない水準以上の給与が支払われる労働環境を保証されるまで、取り組み続ける」と宣言したのだ。

 実際に中国に新しくできた工場へ足を運んだり、世界の搾取労働撲滅活動をしている米・公正労働協会と契約を結び、フォックスコンの監査を依頼したりするなど積極的に動いていたようだ。年に1度サプライヤーに対する責任報告書を公開するといったクックの態度は、世界中から賞賛と注目を集めた。2012年12月には、『タイム』誌で「世界で最も影響力のある100人」に選ばれている。

 実はクックの価値観の多くは、クリスチャンの家庭に生まれ、人種差別の激しい米南部アラバマで幼少期を過ごした経験に根ざしているようだ。人生のなかで培ってきた道徳的指針が、ジョブズとクックの最大の相違点だった。

多様性という信念

 クックの価値観の1つに多様性がある。多様な人々が存在する職場こそ、製品開発プロセスに多様な声や体験をもたらす、アップル革新の鍵である――そうクックは確信しているという。本書によるとクックがトップになってからアップルはいっそう協調的な社内文化をつくりあげたそうだ。

 クックは自らの行動によって多様性を訴えたこともある。プライバシーを非常に大切にしていたが、2014年、同性愛者であることをカミングアウトしたのだ。自分を受け入れることに苦しむセクシャルマイノリティの若者を勇気づけるためだったという。公表は大ニュースとなったものの、アップルの株価が下落することもなかった。クック氏はすでに優れた経営者として世間から認められていたのだ。

 ジョブズの生み出したものを引き継いだアップルは世界初の1兆円企業となったが、クックが成し遂げたことはそれ以上の意味があったと、著者は語っている。アップルをより良い企業にし、世界をより良い場所にするというクックの信念、そしてその価値観から、学ぶことは大きいだろう。

ティム・クック アップルをさらなる高みへと押し上げた天才

『ティム・クック アップルをさらなる高みへと押し上げた天才』

  • リーアンダー・ケイニー 著
  • SBクリエイティブ
  • 2019/08 360p 1,980円(税込)
中村 秀子

情報工場 エディター 中村 秀子

情報工場エディター。金融情報分析会社にて、金融情報記事などを作成する傍ら、書籍ダイジェストサービス「SERENDIP」エディティング・チームでも活動。東京都出身。

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