「自然災害で毎年亡くなる人の数は、過去100年でどう変化した?」という問題にあなたはどう答えるだろうか。近年、頻発する大地震や津波を想起し「今までと変わらない」と答える人も多いだろう。しかし、正解は「半分以下になった」である。
この問題は世界的な正解率も低いそうだ。なぜ低いのか。それは人間が過去の経験や情報からの思い込みによって、知識をアップデートしなくなる本能をもつからだ。
本書『FACTFULNESS(ファクトフルネス) 10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣』は、このような世界の事象に関わる13の問題をクイズ形式で出題して、私たちが普段いかに思い込みにとらわれているかを教えてくれる。“ファクトフルネス”とは著者の造語で、「事実に基づいて世界の真実を知ろう」という意味だ。著者のハンス・ロスリングはスウェーデンの医師で、公衆衛生学者。
本書では人間の本能に基づく10の思い込みが挙げられている。そのひとつ「ネガティブ本能」は「世界がどんどん悪くなっている」という思考をもたらすものだ。
本書には「極度の貧困に暮らす人は、過去20年でどう変わったか?」というクイズも登場する。小学校に通えない少女を映す広告や、絶えない紛争の報道に触れると、貧困層が増えている印象を受けがちだろう。だが、実際は極度の貧困に暮らす人は世界中で20年前の約半分に減少したというデータがある。1997年頃の中国は人口の約40%が極度の貧困だったのに対し、2015年までにその貧困率は実に約0.7%にまで低下しているのだ。
「悪いニュース」は「良いニュース」に比べて心を刺激し、強い印象を残す。だがそうした悪いニュースに触れてただ「世界が悪くなっている」と考えるのは、「なんとなく感じているだけ」だと著者は指摘している。つまり深く思考してはいないのである。
「ゆっくりとした進歩はニュースになりにくい」とも著者はいう。ネガティブ本能を抑え、ファクトフルネスであるためには、この点も踏まえておくことが大切だ。
数年前のことだが私の所属する会社で、今まで主力だった事業をやめ、新しい事業にシフトしたことがある。私を含め社員からは新たな取り組みによって生じるリスクを憂慮し、反発する意見が目立った。新事業は目標達成に至っていない、という情報を「ほらやっぱり」と聞いていたものだ。
年頭に、新事業の運営を振り返る機会があった。上長は「目標達成に至ってはいないが昨年の顧客満足度は65%から72%に上昇した。この数字が進化を示している」と話した。その言葉は、“緩やかな変化も進歩である事実を忘れないでほしい”と語る、著者のメッセージと重なって私の胸に響いた。
事実に基づいて世界の見方を変えてみることは、思い込みという呪縛から逃れることだ。見えない不安を抱えたり、変革に躊躇(ちゅうちょ)している人にこそ読んでほしい1冊だ。