今月の『押さえておきたい良書』
「ゾーン」という言葉を聞いたことがある人は多いだろう。運動中のアスリートなどが不意に体験する恍惚(こうこつ)感で、本人も驚くようなパフォーマンスが発揮できる、というものだ。予測不能で、どこか神秘的なイメージを抱いている人もいるのではないか。
だが今、ゾーンを意図的につくりだし、ビジネスや様々な分野に役立てようという動きが進んでいるそうだ。本書『ZONE シリコンバレー流科学的に自分を変える方法』は、そんな、ゾーンにまつわる研究と活用例を紹介。ゾーンやエクスタシス(恍惚状態)時の脳の状態を解明しつつ、ゾーンへの入り方などを探っている。
著者の1人スティーヴン・コトラー氏はゾーンと同等の「フロー」状態を研究するフロー・ゲノム・プロジェクトの共同創設者。ジェイミー・ウィール氏はピーク・パフォーマンスおよびリーダーシップの専門家。
重視したのはゾーンに入れるかどうか
ゾーンを重視している世界的企業の1つがグーグルだ。創業期のグーグルはCEO(最高経営責任者)を決めるときに、特殊な選抜試験を行ったという。それは学力や知能検査などではなく、「バーニング・マン」と呼ばれる祭りに参加することである。
バーニング・マンはネバダ州のブラックロック砂漠で行われる、風変わりなフェスだ。人々は何もない砂漠で、暑さや寒さ、砂嵐にさらされながら、幻想的な音楽やアートを味わい熱狂する。この過酷な環境のなかで自分の殻にこもらず、熱狂した周囲と一体化できるか、そこがCEO審査の要だった。
選ばれたのはエリック・シュミット。2001年にCEOに着任すると、10年間でグーグルの売り上げを400倍に伸ばした人物だ。グーグルは今でも、社員のバーニング・マン参加を奨励しているという。
「セルフレス」という“自分から離れる”能力
人種や役職の分け隔てなく、非日常な体験にあふれたバーニング・マンではグループ・フロー(集団的恍惚感)が得られる。このとき、脳は通常の限界を超えたパフォーマンスを発揮し、創造力、集中力が格段に向上する。グーグルはここに、求めていた「エゴを脇へ置き、グーグルの挑戦を理解できる」人材観を重ねたようだ。
本書はゾーンの典型的な特徴として「セルフレス」を挙げている。エクスタシスを感じると、現実的で批判的な思考をつかさどる前頭前野の活動が低下し、自分への緊張が取り払われるのだそうだ。すると自分を俯瞰(ふかん)し、客観的に捉えられるようになる。自己意識にとらわれない、柔軟で、拡張された視野を獲得できるのだ。
ゾーンへの入り方は様々に研究されている。瞑想(めいそう)、音楽、フロー道場……、自分の能力の限界を超える1つの方法として、本書を参考にしてみてはいかがだろうか。
情報工場 エディター 安藤 奈々
神奈川生まれ千葉育ち。早稲田大学第一文学部卒。翻訳会社でコーディネーターとして勤務した後、出版業界紙で広告営業および作家への取材・原稿執筆に従事。情報工場では主に女性向けコンテンツのライティング・編集を担当。1年半の育休から2017年4月に復帰。プライベートでは小説をよく読む。好きな作家は三浦しをん、梨木香歩、綿矢りさなど。ダッシュする喜びに目覚めた娘を追いかけ、疲弊する日々を送っている。