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今月の『押さえておきたい良書

『ホモ・デウス(下)』-テクノロジーとサピエンスの未来

データの大海に消えゆくホモ・サピエンス最期の姿とは?

『ホモ・デウス(下)』
 -テクノロジーとサピエンスの未来
ユヴァル・ノア・ハラリ 著
柴田 裕之 訳
河出書房新社
2018/09 288ページ 1,900円(税別)

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 こんなイメージを思い浮かべてほしい。あなたは雨粒だ。あなたの意思や感情は水のヴェールに覆われて、広大な海に落ちてゆく。

 歴史学、人類学、社会学など広範な領域から「人類が“神”へのアップグレードをめざす未来」を大胆かつ冷静に論じている本書『ホモ・デウス』。人間至上主義という思想を解説した上巻に続く下巻では、私たちの自己像や意識が行き着く衝撃的な未来を提示している。

 著者はマクロヒストリーを専門とするイスラエル人歴史学者。

科学が描き出す自己像と人間至上主義の行方

 現代社会は自由主義的な人間至上主義が主流である。意志や感情といった内面を重視し、個々の自由意志を権威に据えて世の中を動かしている。

 しかし、最新の研究は自由意志の存在を根本から否定しているそうだ。例えば何かを選び取る場合、私たちは自らの欲望で主体的に選んだと思っているが、実際は生化学的な反応に従って選択し、後付けで欲望を感じているにすぎないのだという。さらに人間は遺伝や環境の影響を受けるアルゴリズムの集合体であり、一貫した意志や感情に統制された単一の自己像は虚構だという。

 また、AIや遺伝子解析などの科学技術は精度を高め、個人や社会の未来を高精度で予測しつつある。このように自由意志や単一の自己が否定され、そのうえ本人より自己を知るシステムが現れたとき、私たちはどうなるのだろう。

 本書によると、人間に変わって世界を支配するのは、データである。

データ至上主義が人類にもたらす未来とは?

 この世界の主役はデータとなり、人類はデータ処理システムと化す――「データ至上主義」が宗教のように世界を覆うというのだ。そこでは全ては共有されることで意味を持つため、個人的な感情や経験は本質的価値を失う。

 “データ至上主義では、森羅万象がデータの流れからできており、どんな現象やものの価値もデータ処理にどれだけ寄与するかで決まるとされている。”(『ホモ・デウス(下)』p.209より)

 やがてデータ処理のアルゴリズムは独自に進化を重ねて人類の手を離れ、銀河系から宇宙へと広がり、神のような存在となるという。同時に、あらゆるものは自由に共有されることを求めて自らをデータ化し、そのデータフローの一部となるのだ。

 私たちが巨大なアルゴリズムに自己の権限を委ねて一体化したとき、個々人は全体に吸収され、ホモ・サピエンスは消滅すると著者は予測している。そのとき、幸福と不死も意義を失うだろう。

 気が付くとあなたは無数のデータに分解され、大海へ広がりつつある。薄れゆく自己は意志や感情からも手を放し、神性の恍惚(こうこつ)に身を任せてゆく。もしかすると、その姿こそがホモ・デウスなのかもしれない。

情報工場 エディター 尾倉 怜

情報工場 エディター 尾倉 怜

東京都出身。慶應義塾大学文学部卒。様々な職業を経て、現在は建築や空間のデザイン・設計業務に従事する傍ら、執筆活動を行う。政治からスポーツまで幅広く関心を持ち、読書では、広範なジャンルの作品ひとつひとつと丁寧に向き合うことを、日々心掛けている。

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