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2018年8月の『押さえておきたい良書

『マーケティングとは「組織革命」である。』-個人も会社も劇的に成長する森岡メソッド

自己保存の連鎖を断ち切れ! USJにV字回復をもたらした組織革命

『マーケティングとは「組織革命」である。』
 -個人も会社も劇的に成長する森岡メソッド
森岡 毅 著
日経BP社
2018/05 352p 1,600円(税別)

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 人間は自己保存を第一優先する動物だ。本書『マーケティングとは「組織革命」である。』のメッセージを一言でいえばそうなる。本書で著者は、この人間の本質を前提に組織改革を進めるべきだという。

 著者の森岡毅氏はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)をCMO(最高マーケティング責任者)としてV字回復させ、世界屈指のテーマパークにしたプロ・マーケターだ。著者がマーケティング戦略を実行する上で、何度も煮え湯を飲まされてきたのが、変化を拒み、保身のために行動する上司や同僚であったという。

 私の経験でも、相談をもちかけられ、企画を作成し提案をしても一切実行に移さない相手に辟易(へきえき)させられたことがある。いま振り返ると、手を動かすコスト、失敗をしたときのリスクから行動を起こすことを怖れたのだろう。私の企画が通らなかったのも、ヒトが自己保存する動物だということを理解できていなかったからかもしれない。その本質を踏まえた上で、いかにマーケティングが機能する組織の仕組みをつくるのかが本書の眼目である。

社内を「マーケティング」しよう

 マーケティングを誤解している人は、販促プロモーションの仕事だと狭く捉えている。しかし、マーケティングは市場価値を創造する仕事全般であり、つまり「会社の存在価値とほぼ同じ輪郭を持つ」のだと著者は説く。そうした観点を組織の中に持ちこみ、全社が連動してマーケティング戦略を駆動させる組織づくりのメソッドが、本書では情熱的に語られている。

 第一に、著者は人間の自己保存や現状維持の本能に目を向ける。多くの会社では情報を交換する場が醸成されておらず、コミュニケーション不全が起こっている。その理由は、自己保存に反する組織構造になっているからだと著者は指摘する。発言をすると責任をとらされ、仕事だけが増えて損になる組織。あるいは、意思決定が不透明であったり、目標を達成したか否かの絶対評価であったりする組織。報酬格差がないか、ありすぎたりする組織。思い当たる節はないだろうか。

 そこで著者が提案するのが、自己保存の本能を逆手に取った“飴と鞭の組織マネジメント”だ。例えば、会議で発言すれば評価が上がる(飴)、発言しなければ評価が下がる(鞭)といった仕組みをつくれば、社員は傍観者ではいられなくなる。

 USJでは社長と各部門長が小規模で話して進めていた意思決定の場を変えたそうだ。関係部署が一堂に会し、会議の場で議論して決定し、次に起こすべきアクションなどの結果が24時間以内にサマリーされて関係者全員にシェアされるようにした。衆人環視を徹底することで、事前準備や迅速な行動を促したのである。

提案を顧客視点で買わせる

 理屈はわかっても、決定権者でないから上記のような組織改編は難しいという人も多いだろう。しかし、逆にその本質を踏まえれば下から組織を変えていくことは可能だという。

 社内で提案を通すためにも、顧客視点というマーケティングの神髄が重要なのだ。ここでの顧客というのは権限のある人である。この意思決定者も自己保存という本質を持っている。つまり、提案を行うならば、組織全体に利することだけでなく、ターゲット個人の自己保存にかなっている必要がある。実行リスクが低く、かつ相手にとってやりがいを感じる提案である。

 著者はUSJにおいてハリー・ポッター企画を通すために、低予算のアイデア企画からスタートした。相手と一緒にやりたいという熱をもって語り、自分が必要とされる実感を持たせる。成功すると、わらしべ長者的に計画を大きくしていく。結果、不可能と拒絶されたプロジェクトを見事に実現させた。たった1つの本質から、ルールやアクションをシンプルにしかし徹底的に決めていくことが著者の強みである。

 USJのV字回復の理由は「マーケティングの成功」だとよくいわれる。だがその成功はマーケティング部のみによってもたらされたのではなく、組織全体の変革によって成し遂げられたのだ。考えてみれば、人間が自己保存のための行動を優先するのは、至極当然のことだ。この本質を自覚して、自分の行動を変えて、組織の仕組みを変える。その最初の起点は、この本の読者であるあなたなのだ。

情報工場 エディター 吉村 堅樹

情報工場 エディター 吉村 堅樹

京都府宇治市出身。大阪府立大学工学部、大阪芸術大学映像学科中退。塾講師、僧侶、老人ホーム職員、映画助監督、会社経営など多くの職業を遍歴したのち、2010年から編集工学研究所勤務。平城京遷都1300年プロジェクト、近畿大学アカデミックシアターなどのプロジェクト、松岡正剛の千夜千冊、『インタースコア 共読する方法の学校』(春秋社)などの編集に関わる。

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2018年8月のブックレビュー

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