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2018年3月の『押さえておきたい良書

『“闘争と平和”の混沌(カオス) カイロ大学』

フセインと小池都知事を輩出した名門大学の実態

『“闘争と平和”の混沌(カオス) カイロ大学』
浅川 芳裕 著
KKベストセラーズ(ベスト新書)
2017/12 318p 852円(税別)

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 「大学」という空間に、どんなイメージをお持ちだろうか。俗世間とは少し離れた、どこか平和な空気が流れている印象があるのではないか。特に米国のハーバード、英国のオックスフォードやケンブリッジといった歴史ある世界最高峰とされる大学を想像したならば、落ち着いたアカデミックな雰囲気のキャンパスで、エリートたちが少々気取った会話を繰り広げるシーンが思い浮かぶことだろう。

 本書『“闘争と平和”の混沌(カオス) カイロ大学』は、そんな大学の平穏なイメージを根底からくつがえすかもしれない。テーマとなっている「カイロ大学」は、エジプトの首都カイロの都市圏内、ギザにある1908年創立の国立総合大学。学風は「闘争と混乱」だ。

 その100年を超える歴史をたどりながら、カイロ大学の教育の中身や存在意義について詳しく解説する本書の著者は、1974年生まれのジャーナリスト。自身もカイロ大学への留学経験があり、これまでにアラブ諸国との版権ビジネス、ソニー中東・アフリカ市場専門官、雑誌『農業ビジネス』編集長などの経験がある。

“戦争を起こして決着をつけろ”と叫ぶ学生たち

 カイロ大学という校名を「どこかで耳にした」という人も多いかもしれない。そう、同大学は小池百合子東京都知事の出身校なのだ。その他の主な出身者を列記してみよう。ヤセル・アラファト元PLO(パレスチナ解放機構)議長、サダム・フセイン元イラク大統領、アイマン・ザワヒリ(国際テロ組織アルカイダ最高指導者)、ブトロス・ガリ元国際連合事務総長。実は9.11事件の首謀者や実行犯と目される者たちにも、カイロ大学出身者がいるとされる。これらの名前を見るだけでも、大学の雰囲気は推し量れるのではないか。

 “小池氏の伝記『挑戦 小池百合子伝』(2016年)にはこう記されています。
 「カイロ大学で学生運動が激しくなった。エジプトの学生たちは、サダト大統領に向けて叫んだ。『中途半端なことをしている場合ではない。戦争を起こして、早く決着をつけろ!』。日本の学生運動といえば、反戦、平和を掲げて政府に戦いを挑む。ところが、エジプトでは『早く戦争をしろ』と突き上げているのである。(後略)」”(『“闘争と平和”の混沌(カオス) カイロ大学』p.5より)

 上記引用のような学生運動や政治闘争は、カイロ大学では絶えず起こっているようだ。著者が同大学に留学した際に、オリエンテーションで最初に担当者から言われた言葉は「混乱の世界へようこそ!」だったという。

混乱主義者の心理を学び世界平和に役立てられる

 先に列記したカイロ大学出身者の中には、中東や世界を戦乱や混乱の渦に巻き込んだ者たちに混じり、世界平和に貢献した人物もいる。アラファト氏は1994年にノーベル平和賞を受賞。アフリカ初の国連事務総長だったガリ氏は平和維持活動(PKO)を大幅に強化した。ちなみに、2005年にノーベル平和賞を受賞したムハンマド・エルバラダイ元IAEA(国際原子力機関)事務局長もカイロ大学の卒業生だ。

 こういった人物たちの他にもカイロ大学には「平和主義者」と目される出身者がいるのだそうだ。著者の解釈では、彼らは、世界を破滅へと追い込もうとする「混乱主義者」の心理や行動を、カイロ大学時代に肌で感じとっている。それ故に、混沌とした世界を舞台にしても、そういった不埒(ふらち)な者たちを抑え込む策を講じることが可能なのだ。

 本書には、著者自身の波瀾(はらん)万丈の留学体験記や、実体験に基づく留学ガイドも掲載されている。世界で最も特異な大学と言えるかもしれないカイロ大学の実態が垣間見られるとともに、激動の世界情勢にいかに向き合うかのヒントが得られるに違いない。

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

情報工場 チーフエディター 吉川 清史

東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。出版社にて大学受験雑誌および書籍の編集に従事した後、広告代理店にて高等教育専門誌編集長に就任。2007年、創業間もない情報工場に参画。以来チーフエディターとしてSERENDIP、ひらめきブックレビューなどほぼすべての提供コンテンツの制作・編集に携わる。インディーズを中心とする音楽マニアでもあり、多忙の合間をぬって各地のライブハウスに出没。猫一匹とともに暮らす。

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2018年3月のブックレビュー

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