2017年12月の『押さえておきたい良書』
私たちの多くは、仕事を通して社会貢献をするとともに、自己実現を目指す。この世を去る時に「充実した人生だった」と思えるようにキャリアを積んでいくのが理想だ。だが、自分の思い描いた通りのキャリアを貫ける人は、決して多くないだろう。予期せぬ環境変化の影響が避けられないからだ。
企業も同じである。現代の企業は、市場やテクノロジーなどの大変化を正しく読み取り、対応する必要に迫られている。そのためには、経営者は常にあらゆる可能性を想定する「パラノイア(病的なまでの心配性)」であるべきなのかもしれない。
本書『パラノイアだけが生き残る』を貫くテーマは、「変化に正しく対応して成功するために、どのように考え、行動すべきか」だ。著者は元インテルコーポレーション会長兼CEOの、故アンドリュー・S・グローブ氏。インテルに創業時から関わったグローブ氏は、メモリー事業からマイクロプロセッサー事業への「戦略転換」を見事に成功させ、同社を同事業トップシェアの世界的企業に育て上げた。(2016年3月に逝去)
原書が1996年に発行された本書では、当時現役のインテルCEOだった著者が、自社の経験をはじめとする多数の事例を挙げながら、企業が遭遇する環境の大変化、ルール変更に対応することで訪れる「戦略転換点」にどう対応すべきかを論じる。そしてそれを個人にも当てはめ、「キャリア転換点」を活用したキャリア構築についても有意義なメッセージを送っている。
縦割りから横割りへの変化が戦略転換を迫る
企業の競争力に影響を与える環境要素が、その一部であってもきわめて大きく変化することを、著者は「10X」の変化と呼んでいる。それまでの10倍ほどに変わるという意味だ。
コンピューター業界に起きたもっとも重大な10Xの変化は、「縦割り」から「横割り」へのシフトだった。すなわち、従来はIBMのような大企業が、1社でコンピューター本体から内蔵チップ、OS(基本ソフト)、アプリケーション・ソフト、流通・販売までをすべて手がけていた。それが、たとえばOSはマイクロソフト、チップはインテルというように専門分化し、横割り型構造に一気に変わったのだ。
10Xの変化が顕在化すると、企業は重大な決断をしなければならない。従来の事業を継続するか、転換するかの決断だ。そのポイントこそが戦略転換点に他ならない。そこでの決断が正しければ、企業は新たなレベルに達し、生き残っていける。決断を誤れば、衰退が待ち構えている。
本書では、戦略転換点で正しい選択をするために、経営者が何をしなければならないのか、組織がどうあるべきかなどを具体的に探っている。執筆当時のグローブ氏は、インテルの現役CEOとして、特に変化の激しいコンピューター業界を切迫感をもって泳いでいた。その思考と行動の“ライブ感”がひしと伝わってくるのも、本書の魅力の一つだ。
あなたは自分のキャリアのCEO
本書の大部分は企業経営について書かれているのだが、最後の第10章では、それまでに述べられたことが、すべて個人のキャリア形成にも当てはまることが説明される。以下の言葉が印象に残る。
あなたの人生のビジョンは何か。メインの事業は? その戦略はどうか。ステークホルダーは誰か。そして、生きていく中で必ず遭遇する「転換点」をどう乗り切るか。本書を読みながら、そんな思考をめぐらせてみてはどうだろうか。
情報工場 チーフエディター 吉川 清史
東京都出身。早稲田大学第一文学部卒。出版社にて大学受験雑誌および書籍の編集に従事した後、広告代理店にて高等教育専門誌編集長に就任。2007年、創業間もない情報工場に参画。以来チーフエディターとしてSERENDIP、ひらめきブックレビューなどほぼすべての提供コンテンツの制作・編集に携わる。インディーズを中心とする音楽マニアでもあり、多忙の合間をぬって各地のライブハウスに出没。猫一匹とともに暮らす。