2017年10月の『押さえておきたい良書』
米国の医療について、日本ではこんなイメージがあるのではないか。
「保険制度が十分整っていないため、自由診療を選択する人が多い」
「そのため受けられる医療が病院によって異なる」
本書『日米がん格差』では、後者は誤解であることが説明されている。実際には、日本より米国のほうが、均一な医療が担保されているのだ。つまり、米国にはほぼすべての医療機関が厳密に守るべきとされる治療法のガイドラインが定められており、同じ症状ならばどこでも同じ治療が受けられる。ところが日本では、同じようなガイドラインは存在するものの守られないことも多く、病院ごとの治療内容の「差」が激しいのだそうだ。
本書では、日米のがん治療にまつわるさまざまな違いを詳しく解説。著者のアキよしかわ氏は、米国在住の国際医療経済学者で、医療コンサルタントとして活躍。特定の指標に基づき病院経営を分析する「ベンチマーク分析」という技法を日本の医療に導入するなどの業績とともに、数々の病院の経営改善コンサルティングを行ってきた。
また、よしかわ氏は、重度のがんから回復した「がんサバイバー」でもある。2014年秋にステージ3の大腸がん(厳密には直腸がん)と診断され、日本の病院で手術を受けた。ハワイでのがん化学療法を経て寛解(かんかい:症状が一時的に落ち着いた、または正常な機能に戻った状態)。本書の内容は、著者の闘病体験もふまえたものであり、日米双方の医療を身をもって体験した者ならではの見方を披露している。
日本のがん治療は米国の「厳密なガイドライン」を見習うべき
本書では、日本における病院ごとの診療の差を、医療の「質のバラつき」と呼んでいる。米国ではそうしたバラつきは少ないとのことだが、それについて著者は次のように解説する。
ガイドラインは実に細かく定められ、(中略)治療法や手術法から投与される抗生剤、抗がん剤まで、どの病院、どの医師にかかっても「標準的な治療」が受けられるように徹底されています。”(『日米がん格差』p.85より)
日本でも専門分野ごとの学会がガイドラインを発表している。だが、その順守率は調査されていない。治療内容は個々の医師の裁量によって決まることが多いのが実情なのだという。著者は日本の医療は米国のガイドライン運用を見習うべきと訴える。
がん患者に寄り添う「キャンサーナビゲーター」
米国で普及しつつある「キャンサーナビゲーション」とは、特別なトレーニングを受けたキャンサーナビゲーターががん患者やその家族のもとを訪れ、相談対応や適切な情報提供をするものだ。著者は自身もキャンサーナビゲーターの資格を持っており、キャンサーナビゲーションを日本でも広めたいのだという。
がん患者の精神的な支えにもなるキャンサーナビゲーションは、治療中よりもむしろ治療“後”に必要なのだそうだ。抗がん剤治療などを終え、日常生活に戻れたがん患者は、緊張の糸が切れて虚脱感に襲われやすいからだ。
本書は、日米の違いを知ることで医療のあるべき姿を考えるヒントを与えてくれる。誰もが、がんをはじめとする重病にかかるリスクを抱えている。いま健康な人でも、一度立ち止まって医療について考えてみてはいかがだろうか。(担当:情報工場 安藤奈々)