今月の『押さえておきたい良書』
少子化の進行で学生、生徒募集に苦しむ大学や高校がますます増えている。そんな中、通信制ではあるが、開設初年度から2,000人超の入学生を迎えた「高校」がある。「N高等学校(以下、N高)」である。2016年4月に開校した同校は、カドカワ株式会社が開設、運営する、インターネットによる授業をメインとする高校だ。カドカワは2014年10月に、老舗出版社角川書店を母体とする総合メディア企業KADOKAWAと、ニコニコ動画などの人気動画サービスを展開するドワンゴが経営統合して誕生した会社だ。
ニコニコ動画の一般的なイメージから、おちゃらけた、浮ついた学校のように感じるかもしれない。だが、実際には教育、とくに不登校など問題を抱えた子どもたちへの教育問題などにも一石を投じる、地に足の着いた、真面目な通信制高校である。
本書『ネットの高校、はじめました。』では、N高を徹底取材。そのユニークなカリキュラムや教育手法を詳しく紹介するほか、そこに現れた「新しい教育のかたち」を示す。著者はビジネス系の記事、書籍を主に手がけるフリーランスライター。
ニコニコ動画のように「居場所」ができるN高
著者は、N高では「どんな生徒でも居場所ができる」と指摘している。
N高では夏季などに、沖縄県伊計島にある本校でスクーリングが行われる。通信制高校なので生徒同士は普段顔を合わせることがほとんどなく、大半はスクーリングが初対面。なのに、すぐに打ち解けるという。それは、彼らが普段から、Slackというグループウェアでのチャットなどで、すでにコミュニケーションが取れているからだ。
ホームルームもSlack上で行われる。学級委員が「号令しまーす」と書き込むと、先生が「お願いしマース」と応え、「起立 礼 お願いします!」の書き込みでホームルームが始まる。「トコトコトコ」「ガラッ」と教室に入っていく様子を“実況中継”する先生もいる。生徒も「起立!」に続けて「ガタッ」「ガタッ」と、椅子から立ち上がる擬音を書き込んだりする。ネットコミュニティー独特の楽しみ方といえる。
リアルにハードな「職業体験」をする授業も
N高については、人気RPG「ドラゴンクエスト」をカスタマイズした画面上で行われた「ネット遠足」も話題になった。また、部活のサッカー部の活動は、サッカーゲーム「ウイニングイレブン」で行われている。しかも特別顧問として元日本代表の秋田豊さんを迎えているというから驚きだ。
一方で、「職業体験コース」という、リアルな現場を体験する特別授業もある。酪農、刀鍛冶、イカ釣り漁など、かなりハードなものも含む現場に泊まり込みで行き、実際の仕事を体験する、というものだ。「人生観が変わるような体験をしてほしい」という狙いだそうだ。
ネット上のバーチャル空間から、懸命に働く人々の息づかいが聞こえるリアルな場までの広大な「学びの場」の中に自分の居場所を見つけられるN高。本書からは、その雰囲気を存分に味わうとともに、「教育とは」「真の学びとは」といった根源的なテーマについて思いをはせられるだろう。(担当:情報工場 吉川清史)