今月の『押さえておきたい良書』
“ばかげた話”“でたらめな話”といった意味の「与太話」の由来をご存じだろうか。それは古典落語にしばしば登場する「与太郎」からきている。与太郎は、間の抜けた言動で失敗を繰り返すキャラクターとして、数々の噺(はなし)で聴く者の笑いを誘う。こうした言葉の語源になるほどの「愚か者」だというわけだ。
現代のビジネス社会ならば、きっと与太郎は落後者の烙印(らくいん)を押されるに違いない。でも、落語の中の与太郎に深刻な様子はない。いつでもお気楽に振るまい、周囲に愛される楽しい人生を送っていそうだ。
本書『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか』では、さまざまな落語のエピソードをもとに、感情のコントロール方法や、お金や仕事への向き合い方を指南。与太郎をはじめとする落語の登場人物たちから、“うまくいく”人間関係やストレスの少ない生き方を学べる。
著者は、慶應義塾大学卒の異色の落語家。2011年に亡くなった立川談志を師匠とし、演芸以外にもテレビ・ラジオ、書籍の執筆など多方面で活躍している。
主導権を取ろうとせずに流れに身をまかせる
古典落語の演目の一つ「道具屋」では、ふらふらと遊んでばかりで定職につかない与太郎を見かねた親戚のおじさんが、彼に道具屋の商いを教える。
この噺で与太郎本人はとくに商売がしたいわけではなかった。それでも、仕事を教え込もうとするおじさんに抵抗することもなく、道具屋の仕事をやってみている。それでいろいろな失敗をして私たちを笑わせてくれるのだが、噺の中に出てくる人たちにも、聴いている私たちにとっても与太郎は憎めない存在であり続けるのだ。
この噺での与太郎の行動は、主体性がないとも言える。おじさんを信じて身をまかせている。現代人も、このように時にはあえて誰かに主導権を取らせ、流れにまかせるような行動をしてみるのもいいのでは、と著者は言う。時には完全に他人を信じてみることで、与太郎のように周囲に愛されるのではないかということだ。
怒りを笑いに変える「柔らかいツッコミ力」
喜怒哀楽のうち、もっともコントロールが求められ、かつそれが難しいのは「怒」だろう。他の「喜」「哀」「楽」はそのまま思いきり表に出しても、直接人を傷つけることは少なく、ある程度は許容される。しかし怒りをむき出しにするのはリスクが大きい。時に人を傷つけ、逆に怒らせてしまう。
それに関して本書では、以下のような小噺(こばなし)が紹介されている。
この場合、料理を「ブタのエサ」と言い放った男に対し、「なんてことを言うんだ」などと反射的に怒鳴ったりしたら、場の空気を悪くするし、下手をすればケンカになる。そこで著者がすすめるのが、引用した小噺のような「柔らかいツッコミ」での対応だ。
怒りを感じたときはまず、一歩引いて自分と相手を俯瞰(ふかん)し、「周囲を味方につけるには、どのようにすべきか」を考える。そして怒りを笑いに変換する柔らかいツッコミを繰り出す。
落語に親しみ、与太郎などの登場人物たちの感情の機微や行動を追うことで、そんなツッコミのセンスを磨けるのではないだろうか。(担当:情報工場 宮﨑雄)