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今月の『視野を広げる必読書

『SPRINT 最速仕事術』-あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法

普通なら1年以上かかる成果がたった5日で! グーグルで生まれた究極の仕事術

『SPRINT 最速仕事術』
 -あらゆる仕事がうまくいく最も合理的な方法
ジェイク・ナップ/ジョン・ゼラツキー/ブレイデン・コウィッツ 著
櫻井 祐子 訳
ダイヤモンド社
2017/04 360p 1,600円(税別)

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ブルーボトルコーヒーの“おもてなし”重視のHPもスプリントの成果

 2015年2月、東京の清澄白河に「ブルーボトルコーヒー」の日本1号店がオープンした。それがきっかけで、コーヒーを知り尽くしたバリスタが豆やロースト(煎り具合)にこだわり1杯ずつ丁寧に淹(い)れる、「サードウェーブコーヒー」のブームが巻き起こったのは記憶に新しい。

 移動式カートでのコーヒー販売からスタートしたブルーボトルコーヒーは、2005年に米国サンフランシスコでカフェを開いた。そして2012年にはシリコンバレーの投資家集団から2000万ドルの増資を受け、良質なコーヒー豆を販売する新しいオンラインストアを立ち上げることにした。

 その時に同社をサポートしたのがグーグル・ベンチャーズ(GV)だ。ブルーボトルは技術系の会社ではなく、EC(電子商取引)の経験もなかった。「どこから手をつけていいかわからない」というブルーボトルにGVは、スタートアップの事業計画などに使っていた独自のある手法を提案する。「スプリント」と呼ばれる手法だ。

 本書『SPRINT 最速仕事術』では、「生みの親」を含む3人のGV社員・元社員が、スプリントの考え方や実際の進め方などを詳しく解説している。

 スプリント(sprint)は「短距離走」を意味する。5日間という短期間で最大限の効果を目指すグループワークである。本書では、ブルーボトルの他、がん遺伝子検査を行うファンデーション・メディシン、スマート家電を扱うネスト、ビジネス向けチャットのスラックなどで行われたスプリントの事例も取り上げられている。

 スプリントの生みの親である著者とは、元GVデザインパートナーのジェイク・ナップ氏。GVに加わる前にはグーグルのGmailプロジェクトでスプリントの指揮をしていた。ジョン・ゼラツキー氏にはGV参加の前にYouTubeのリードデザイナーを務めた経験がある。ブレイデン・コウィッツ氏は、GVにデザインチームを立ち上げ、デザインパートナーの役職を導入した。GVの前には、グーグルでGmail、Google Apps for Business、Google Spreadsheetsなどのデザインを指揮してきた。

 わずか5日間で、ゼロからプロトタイプ(試作品)によるテストまで漕(こ)ぎ着けたブルーボトルのオンラインストア立ち上げのスプリントの成果は、米国の英語版サイト(https://bluebottlecoffee.com/at-home)で見ることができる。「Coffee Match」という文字の下にある「TAKE A QUIZ」というリンクをクリックすると、「どんな方法(コーヒーメーカー、ハンドドリップなど)でコーヒーを淹れるか」などいくつかの質問に答えていきながら、自分にピッタリのコーヒー豆を選べる。顧客への「おもてなし」の精神とコーヒーへの深い愛情がひしと感じられるこの仕組みこそが、スプリントの成果なのだ。

 スプリントでは、数人が短期集中で、本来は数カ月から1年以上もかかるような成果を生み出す。具体的にはどのようなものなのだろうか。

「7人以下」の多様なメンバーによる5日間の集中ワーク

 本書によれば、スプリントに参加する理想的な人数は7人以下。8人以上だとうまく進行しないことが多いという。全員の集中力が途切れがちになるのだとか。

 スプリントを実行するチームは、月曜から木曜までは毎日10時から17時まで、原則として1つの部屋に集い作業をする。金曜はプロトタイプによるテストの日だ。5日の間、他の仕事よりもスプリントを優先し、全力での集中が求められる。大まかなスケジュールは以下のようになる。

月曜:問題を洗い出し、どの部分に照準を合わせるかを決定
火曜:ソリューション(解決案)を紙にスケッチ(絵を描く)
水曜:各自のソリューションからベストのものを選び、アイデアを仮説に変える
木曜:プロトタイプの作成
金曜:リアルな場における(生身の人間が相手の)テスト

 スプリントの参加者の選定はきわめて重要だという。直接の担当者の他に、なるべく多様な領域の専門家や役職を含めるべきだとされる。ブルーボトルコーヒーのスプリントには、創業者・CEOのジェームズ・フリーマン氏の他、プログラマー、COO(最高業務責任者)、CFO(最高財務責任者)、広報担当マネジャー、カスタマーサービス責任者、そして会長のブライアン・ミーハンも加わったという。

ブレーンストーミングへの疑問がスプリント開発のきっかけ

 本書でジェイク・ナップ氏は、スプリントが開発されたのは、ブレーンストーミングへの疑問がきっかけだったと述懐している。ブレーンストーミングとは、米国の大手広告会社の副社長をしていたアレックス・F・オズボーンが考案した、参加者同士が自由にアイデアを出し合う会議方法だ。

 読者の皆さんの中で、ブレーンストーミングで画期的な成果が得られた経験のある方は、どれくらいいらっしゃるだろうか。私自身の経験を振り返っても、残念ながら、ブレーンストーミングが大いに役立ったという記憶は出てこない。

 ブレーンストーミングには「他者のアイデアを否定しない」などいくつかのルールがある。おそらくそれが厳密に守られないとうまくいかないのではないか。議論が白熱したりすると、ついルールを忘れがちだ。

 また、ブレーンストーミングを、(本来は事前準備をしてもいいのだが)その場で思いついたアイデアをランダムに言っていくものであると思っている人が多い。しかし、会議の場でパッと素晴らしいひらめきが生まれる確率は、期待よりもはるかに低いと思われる。

 スプリントの一連のプロセスには、参加者がランダムに意見やアイデアを出し合う場面は存在しない。

個別作業をベースに共同作業をスピーディーに組み合わせる

 各曜日のスプリントの作業はもちろんどれも重要だが、とりわけ火曜と水曜の作業が、プロジェクトの成否を分けるのではないだろうか。そこで具体的なソリューションの骨格を見いだせるからだ。

 火曜に行う「ソリューションのスケッチ」は、個別作業である。そこでは、各自が「クレイジー8」と呼ばれる手法などを使い、アイデアを練っていく。クレイジー8とは、アイデアのバリエーションを、8分間で8個、素早くスケッチしていくという、文字通り“クレイジー”な手法だ。それができたら、今度は30分ほど時間をかけて、1つのソリューションスケッチを仕上げる。

 水曜には、火曜に描かれた全員のソリューションスケッチの中から最良のものを絞り込む。まず、すべてのスケッチを張り出し、各自、良いと思ったものに無言でシールを貼りつけていく。その後、シールがたくさんついたものを中心に、全員で品評をする。ただ、そこで喧々囂々(けんけんごうごう)の議論が行われるわけではない。何と言っても、スケッチ1つあたりに許された品評の時間は、わずか「3分」だけなのだ。

 この火曜と水曜の工程から、スプリントでは共同作業よりも個別作業が重視されていることがわかる。スプリントの要諦は、個別作業と共同作業をスピーディーに組み合わせることにあるのかもしれない。

 『内向型人間の時代』(講談社)の著者、スーザン・ケイン氏は、2012年のTEDトーク(米国の非営利団体TEDによるスピーチ動画配信サービス)で、「孤独な作業」の重要性を強調している。たとえば、アップル共同創業者のスティーブ・ウォズニアックがクリエーティビティーを発揮できたのは、1人閉じ籠もって作業をする内向性があったからだという。ただし、それだけでなく、その孤独な作業の後にスティーブ・ジョブズとの共同作業があったからこそ、アップルは成功できた。孤独な個別作業と共同作業の組み合わせが最高の結果をもたらしたのだ。

 また、安西洋之氏と八重樫文氏の共著『デザインの次に来るもの』(クロスメディア・パブリッシング)は、EUのイノベーション推進プログラムに採用されている「デザイン・ドリブン・イノベーション」というアプローチを紹介している。同アプローチの最初のステップは「個人による熟考」とされている。個人がじっくり考えたアイデアを、2人一組のペア、小さなサークル、というように範囲を広げて批判にさらし、最後には、さまざまな領域の専門家が第三者的立場から検証する。すなわち、この最新のアプローチでも、まず「個人の作業」があり、そこから共同作業の範囲を広げていくようになっているのである。

 読者の皆さんには、一度、本書をマニュアルにしてスプリントを実践してみることをお勧めしたい。この通りのやり方で実施してみて、不都合なところがあれば修正し、状況や事情に合わせてカスタマイズすればよい。ただし、そこで「個別作業の重視」という要諦を忘れないようにしたい。(担当:情報工場 吉川清史)

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