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2017年3月の『視野を広げる必読書

アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書

確実に言いたいことを伝えられるプレゼンテーション手法の米国式スタンダードとは

『アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書』
スティーブン E. ルーカス 著
狩野 みき 監訳
SBクリエイティブ
2016/11 308p 1,500円(税別)

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ハーバード大学など全米1300以上の大学が教科書に採用

 数年前に受けた中途採用面接では、私のスキルが先方の示す基準にマッチするかがチェックされる技術面接があった。私は、自分のスキルを正しく伝えるには、質問に答えていくよりもプレゼンテーションをした方が効果的ではないかと考えた。そこで特別にお願いして20分ほどのプレゼンを実施させてもらった。

 プレゼンは概ね成功し、面接官に自身の保有スキルをしっかり伝えられた感触があった。そのおかげもあり、転職にも成功した。ただ思い返すと、直近の業績をアピール材料として話した時などに、面接官が渋い顔をしていた。どうやら、その面接官は、「こんなことができる」といったアピールよりも、現状私に不足しているスキルを、入社後いかにキャッチアップしていくつもりかを知りたかったようだ。この経験から学んだのは、より聞き手の立場を考えたコミュニケーションの重要性だった。

 聞き手のニーズを満たしながら、自分が言いたいことも十分に伝える。どうすれば、そんな効果的なプレゼンテーションができるようになるのだろうか。本書『アメリカの大学生が学んでいる「伝え方」の教科書』からは、そのためのヒントが得られる。

 プレゼンテーションの指南書は数多く出版されている。だが、その中には、ビジュアル面でインパクトのある資料の作り方や、発表時の発声や抑揚のつけ方など表面的な技法に重きをおいたものも少なくない。本書もそうしたトピックをカバーはしている。だが、どちらかというと主になっているのは、プレゼンテーションの目的に沿った緻密な構成を戦略的に練ることだ。プレゼンの内容と流れを決める「型」や、導入・結びのコツなど、すぐに実践に応用できるノウハウも豊富に紹介されている。

 本書は、1983年に初版が刊行されて以来、アメリカの多くの大学の教科書になっているそうだ。現在(2016年)もハーバード大学をはじめとする1300以上の大学で使われているという。この事実から、本書に述べられていることをアメリカのビジネスパーソンの多くが基本として共有していると考えられる。本書で指南される「伝え方」を身につけることで、グローバルなビジネス感覚を得られるのではないだろうか。

 著者のスティーブン E. ルーカス氏はウィスコンシン大学マディソン校教授。監訳者の狩野みき氏は約20年にわたり大学などで「考える力」「伝える力」と英語を教えており、現在は慶應義塾大学、聖心女子大学などで講師を務めている。

「聞き手にどうなってほしいか」をゴールに設定

 本書で指南されている手法とは、どのようなものなのか。その一部を紹介していきたい。

 最初のステップからみていこう。プレゼンの準備というと、まず、パワーポイントなどのプレゼンテーション用ソフトウェアでスライド資料を作りながら、全体の流れを考えることから始める人が多いだろう。私も、冒頭の面接に際して、スライド資料の作成を最初から意識して、手書きで全体の構成、各スライドの内容を練ることから始めた。

 しかし、本書のアプローチは異なる。最初にプレゼンの「ゴール」を決める。ここでいうゴールとは、「自分が何を話したいか」ではなく、「プレゼンテーションの結果、聞き手にどうなってほしいか」である。聞き手は、自身に関係する話でないと関心を持たない。従って、ゴールを決める際には、まず十分な時間をかけて聞き手の分析にかからなければならない。聞き手は誰で、どんなことに関心を持っているか、どのような伝え方が効果的なのか、などと考えて、ゴールを決める。決まったら、それを文章で書く。

 続いて、そのゴールをもとに「サマリー・センテンス」を作る。これは、ゴールを達成するのに、絶対にこれだけは話さなければならない内容を一文でまとめたものだ。

 ゴールとサマリー・センテンスが決まったら、次は主要な論点(メインポイント)を検討し、本論の骨組みを考える。本書では、その際に参考にできる型がいくつか提示されている。例えば「時系列型」。物事を時系列に並べる手法で、手順・流れを説明するのに適している。他に「サブテーマ型」というものもある。何か・誰かについて複数の要素を伝えたい時に、その一つひとつをメインポイントとして並べていく。誰かの業績を伝えたい時に、その人物の活動が多岐にわたる場合には、「政治家としては○○をした」「文筆家としては▲▲をした」のように、活動分野ごとに整理して伝えるということだ。

 次のステップでは、導入と結びを考える。「プレゼンではつかみが大事」とよく言われる。しかし、導入部でうまく聞き手の注意をひくにはどうすればよいか、悩ましいものである。具体的な方法はいくつもあるが、本書では、簡単に実践できる七つの方法を詳しく紹介している。その七つの中には、「聞き手を驚かせる」「聞き手の好奇心を刺激する」などの他に、「ストーリーを語る」という方法もある。歴史的事件にまつわるエピソード、見聞きした話、個人的な経験談などを冒頭に語るというものだ。

 結びはどうするか。おそらく、もっとも聞き手の心に残りやすいのは結びの部分だろう。本書では複数の方法の組み合わせを勧めている。一つは「メインポイントを繰り返す」。本論の重要な内容をもう一度述べて、強調する。その上で、例えば「引用で終える」という方法を使う。サマリー・センテンスにぴったりの名言や警句、著名人の発言などを引用するのである。

 準備段階の最後として、それまでに作成したゴール、サマリー・センテンス、メインポイント、導入、結びのすべてを書き出す。そうすると、それがプレゼンテーションのアウトラインになる。このアウトラインを見直し、さらに内容をブラッシュアップしていく。スライド資料を作成するのは、アウトラインが完成した後になる。

 上記のゴールとサマリー・センテンスの設定を、冒頭の私の採用面接の際のプレゼンにあてはめてみる。まずは聞き手のニーズだ。面接官は技術職だから、技術的なスキルを私がどれくらい持っているのか具体的に知りたいはずだ。また、先方から提示されたスキル基準は高度で幅広かった。おそらく、これらをすべて保有している候補者はいないに違いない。とすると、「足りないスキルを入社後にキャッチアップできる学習能力があるか」を評価しようとしていると想像できる。

 このように思考を進めることで、「技術職の面接官に、私のスキルが多くの基準に合致すると理解してもらう」というゴールを設定できる。そして「大半のスキル基準は満たしており、満たせていない項目は主体的にキャッチアップする」がサマリー・センテンスとなるだろう。このようにゴールとサマリー・センテンスを明確にしていれば、面接官が興味を持っていないことを話す愚は避けられた可能性が高い。

チームでの共同作業への応用も可能

 本書のアプローチは、チームでプレゼンテーションの準備をする際にも役立つだろう。こうした時に、とりあえず作成の分担だけ決めて、いきなり各自が資料を作り始めてしまいがちだ。しかし、それでは内容が一貫しないため、聞き手にチグハグな印象を与えかねない。

 そうではなく、本書のメソッドに沿ってプレゼンテーションのアウトラインをチームでしっかり時間をかけて議論した方がいい。そして、でき上がったアウトラインをもとに分担を決め、資料を作成するのである。

 先日、ちょうど顧客から急なプレゼンテーションの依頼があったので、さっそくこの方法を試してみた。金曜日の夜に依頼され、月曜日夕方には発表しないといけない。そこでゴール、サマリー・センテンス、メインポイントまでを、金曜日中に同僚と議論して決めた。その上で、アウトライン作成とプレゼンテーション資料の作成は週末に分担した。メインポイントまでをしっかり合意しているので、お互いの資料に致命的なズレはなく、首尾よく完成できた。

 また、本書のアプローチは、大観衆の前でのプレゼンテーションだけでなく、例えば長めの文章を書く時など、さまざまな場面に応用できる。自分の思いを周りの人に分かりやすく伝えたい、と思い立ったら、ぜひ本書を参考にしてほしい。(担当:情報工場 足達健)

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2017年3月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店