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2016年11月の『押さえておきたい良書

ゲノム編集とは何か

人類は生命を自在に操る革命的技術を手に入れた!

『ゲノム編集とは何か』
 -「DNAのメス」クリスパーの衝撃
小林 雅一 著
講談社(講談社現代新書)
2016/08 256p 800円(税別)

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 自分の体質、能力や容姿などに、完全に満足している人はどれくらいいるだろうか? これらを自分の思い通りに変えられるとしたら? 本書は、こんな夢のような話題から始まる。革命的なゲノム編集技術である「クリスパー(クリスパー・キャス9)」を使えば、高校生でも習得可能な簡易な方法で、遺伝子をピンポイントで書き換えられる時代がやってきたのだ。
 ゲノムとは、ある生物のすべての遺伝情報を意味する。ゲノム編集は、いうならばゲノムの「カット&ペースト」を可能にする技術だ。ゲノム編集によって、がん、エイズ、アルツハイマーなどさまざまな病気の治療から、将来的には、はげ、しわ、肥満などの美容と健康の改善、知能や運動能力の向上、長寿や若返り、はては新しい生命の誕生まで可能性が広がるという。
 本書では、ゲノム編集の基本的しくみから、激烈な先陣争いのドラマ、さまざまな応用、将来の方向性、生命倫理の問題までが網羅的に紹介されており、一読すればゲノム編集の全体像をとらえることができる。
 大量のゲノムのデータをクラウドに蓄積した上でAI(人工知能)が解析し、病気の原因遺伝子や発症メカニズムを特定する研究には、グーグル、アマゾン、マイクロソフト、IBMといった世界的なIT企業もこぞって参入しているという。グーグル傘下の投資会社であるグーグル・ベンチャーズのCEOは「人は(いつの日か)500歳まで生きることができるだろう」と述べたそうだ。

ゲノム編集はどこまで許されるか?

“たとえば最初は「重度の知的障害」を治療するためにクリスパーが適用されたとしても、時間の経過と共に、その適用条件が少しずつ緩和され、ふと気が付いたときには「(生まれてくる赤ちゃんの)知的能力に関する遺伝子を可能な範囲で改良することは、親が果たすべき最低限の義務である」といった時代になっていることもあり得る。(中略)いつの日か、それが夢やSFではなくなったとき、人は自分自身を変えたり、生まれてくる我が子に対し「できるだけのことをしてあげたい」という欲望に抗し切れるだろうか?”(p.211-p.212より)

 親が「子どもにできるだけのことをしてあげたい」と願うのは当然のことと著者は受け止めているようだ。しかし、今後技術的にさらに高度なゲノム編集が可能になっていくなか、それでも倫理面でのガイドラインが存在しないままだとしたら大きな問題が起きることを危惧する。
 また著者は、はげや肥満は病気なのか? といった疑問を挙げ、治療すべき病気とそれ以外の目的の境界線を引くのは難しいことも指摘している。

科学は神の領域に踏み込もうとしている

 ゲノム編集の応用範囲は人間にとどまらない。腐りにくい野菜、アレルギー物質を含まない作物、肉量の多い魚などを開発する研究が日本でも進んでいる。ゲノム編集の先にある、生物のゲノムをゼロから設計し人工的に合成する計画も進んでいるという。
 人類は生命を自在に設計する力を手に入れ、科学が神の領域に踏み込もうとしていると著者は言う。いま私たちは、こうした時代の変化をわが身のこととして真剣に考えてみるべきなのかもしれない。(担当:情報工場 川崎陽子)

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2016年11月のブックレビュー

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