1. TOP
  2. これまでの掲載書籍一覧
  3. 2016年11月号
  4. 錆と人間

2016年11月の『押さえておきたい良書

錆と人間

甚大な被害をもたらす「錆」に人間はどう立ち向かうべきか

『錆と人間』
 -ビール缶から戦艦まで
ジョナサン・ウォルドマン 著
三木 直子 訳
築地書館
2016/09 356p 3,200円(税別)

amazonBooks rakutenBooks

 誰もがその存在を知っている、金属に発生する錆(さび)。それほど大きな脅威に感じる人は少ないと思われるが、金属の腐食も含めれば、実は人間社会に知らず知らずのうちに大きな被害をもたらしているのだという。

 米国の環境・科学ジャーナリストによる処女作である本書は、錆をテーマにしたノンフィクションだ。錆の脅威と、その脅威に対する人間の絶えざる戦いを、徹底的かつ詳細に描く一方で、錆の中に美を見出す錆専門のフォトグラファーを紹介。その他にも自由の女神の修復工事、国防総省の防食政策、石油パイプラインや橋梁のメンテナンス、ステンレス鋼の開発、缶詰の錆対策など、さまざまな興味深い事例とともに錆と人間の関わりを映し出している。
 本書によれば、米国内における錆の被害総額は年間4370億ドルに上る。これは錆以外のあらゆる自然災害による被害額を合計したものより大きいそうだ。米国民一人あたりに換算すれば年間約1,500ドルの被害ということになる。しかもハリケーンや竜巻のように派手に報道されることもなく、静かに、しかし着実に被害をもたらしているのだ。

閉鎖された製鋼所の錆から抽象的な美をすくいあげる

“「私の写真を見る人はたくさんいるし、みんなそれが錆だということはわかってるんだけど、でもそれを見て、『あ、錆だ』とは思わないの。わかりやすすぎてはダメなのよ」
 彼女の抽象作品の一枚が、心臓弁に見えると言った人がいる。彼女にはそれは異星人の惑星に見える。象に見えると思っている作品もある。”(p.162-163より)

 本書に登場するなかで、錆そのものをポジティブに捉える唯一の人物がアリーシャ・イブ・スック、錆の写真を専門で撮るフォトグラファーだ。彼女は閉鎖され「ただただ錆び続けている」製鋼所に何年もかけて通いつめ、被写体となる錆を追い続けている。
 引用したように、アリーシャは錆そのものをリアルに写すというよりも、抽象化した上で思いがけない美をすくいあげているようだ。滅びの象徴ともいえる錆に新たな生命を与える彼女は、荒廃と再生の二つの世界の間を自在に動き回る。そして錆びついた金属の塊だらけの地を「暗くて謎めいた場所に宝石が散らばっているエメラルドの都」と讃えている。

錆は人間の強欲、傲慢、怠惰といった欠点を露わにする

 ダン・ダンマイアーは錆の被害を防ぐこと、すなわち防食を専門に担当する米国国防総省の高官だ。彼の下で働く技術者が錆をめぐる問題の原因の一つに、新兵器開発プログラムの管理者への報奨制度がある、と指摘したことがある。同制度で管理者は、兵器の性能、スケジュール、費用を基準に評価される。開発後に兵器がいくら錆びようが評価には影響しないのだ。そのため管理者は性能に影響しないコスト削減策として、防錆効果のない安い塗料を使う。
 錆は現代的なものが無秩序化するさまを象徴していると著者は言う。無秩序化の過程で、強欲、傲慢、怠惰といった、人間のさまざまな欠点が露わになるのだ。(担当:情報工場 藤浦泰介)

amazonBooks rakutenBooks

2016年11月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店