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2016年11月の『押さえておきたい良書

シリコンバレーで起きている本当のこと

最先端のイメージの陰に闇を抱えるシリコンバレー

『シリコンバレーで起きている本当のこと』
宮地 ゆう 著
朝日新聞出版
2016/08 208p 1,200円(税別)

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 シリコンバレーというと、世界を変える最先端技術や成功を手にした若き経営者があふれる、夢と希望に満ちた輝かしい地、といったイメージをもつ人が多い。だが、現実はどうなのだろう?
 本書は朝日新聞サンフランシスコ支局長を務め、長年にわたりシリコンバレーを取材してきた著者が、実際にはさまざまな問題を抱えたこの地の、日本では報道されない実態をリポートしている。
 シリコンバレーはサンフランシスコ湾の南にのびる細長い地域を指し、東京都の2倍ほどの広さに約300万人(2015年時点)が暮らしている。世界のIT産業をけん引するアップル、グーグルといった大企業から、スタートアップと呼ばれる中小・零細企業までがひしめいている。
 この地域で現在もっとも深刻な問題は所得格差だという。IT関係で財を成した富裕層と昔から住む低所得者層の激しい二極化が起きているのだ。

IT長者と貧困層の所得格差が広がる

“莫大な富を生み出す一方で格差が広がる――世界最先端の街が見せるもう一つの顔だ。それを象徴する存在がある。「ホテル22」。地元の人たちにそう呼ばれる24時間運行の路線バスだ。シリコンバレーの「企業城下町」をぬうように走る。
 本当の名前は「ルート22」だが、ホームレスの人たちが乗って夜を明かすため、「ホテル22」と呼ばれるようになった。”(p.61より)

 シリコンバレーでは、富裕層の流入で高級マンションが次々と建設されている。だがその一方で低所得者向けの住宅は不足しており、ホームレスが増えている。シリコンバレーの中心的都市であるサンノゼ市内には、2014年まで通称「ジャングル」と呼ばれる全米最大規模のホームレスのテント村があった。同市が撤去作業に乗り出し、居住者の多くは避難所に収容されたものの、根本的なホームレス問題の解決には至っていない。
 そんな状態を端的に表しているのが、引用したルート22だ。ホームレスの人々は夜に安全や暖を求めて24時間バスで眠り、終点に着いたらまた別のバスに乗り換える生活を繰り返している。
 根本的なホームレス対策をするには、地元自治体の財源が足りていないようだ。道路の整備や公立学校に使う金も不足しているという。IT企業は得た利益を海外の資産に投資することで米国の税金を逃れるケースが多いため、自治体は世界1、2位の時価総額の企業を抱えながらも財政難に苦しんでいる。

起業のチャンスとノウハウを提供する養成所

 さまざまな問題を抱えながらも、シリコンバレーには野心あふれる若者が集まってくる。そんな若者たちのために、スタートアップの育て方を指南する養成所まで存在するという。その中でも最高峰といわれるのがYコンビネーター(YC)だ。卒業すると、YCが育てたというだけで、未知のスタートアップに投資家が集まる。
 だが、巨額の投資を受けながらも、良い事業のアイデアが浮かばず、精神を病む起業家も少なくないそうだ。シリコンバレーでの起業は9割が失敗しているという現実もある。それでも次々と新しい会社が登場するのは、リスクをとって挑戦したことが評価される文化があるからだ。トップクラスの技術力を誇る日本に足りないのは、こうした文化なのかもしれないと、著者は分析している。(担当:情報工場 内山貴子)

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2016年11月のブックレビュー

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