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2016年10月の『押さえておきたい良書

行動経済学の逆襲

“非合理な現実”を分析する行動経済学が市民権を得るまで

『行動経済学の逆襲』
リチャード・セイラー 著
遠藤 真美 訳
早川書房
2016/07 527p 2,800円(税別)

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 「経済学」が最初に学問として明確に定義されたのは1776年のアダム・スミスによる『国富論』とされる。それから学問の発展に伴いさまざまな理論が打ち出されてきた。そして今、成長分野としてもっとも注目されているのが「行動経済学」だ。
 しかし行動経済学は最初から華々しくデビューしたわけではない。伝統的な経済学が前提するものを覆す革新的な理論と方法だったために、学界からは「正統ではない」として当初は否定されていたのだ。
 本書では、行動経済学のパイオニアの一人である著者が、今や世界のほとんどの有力大学で研究され、研究者が各国の公共政策の立案に携わるまでになった行動経済学の、いわば「逆襲」の軌跡を振り返っている。そしてそのなかで、行動経済学の伝統的経済学との違いや、なぜ現代社会に行動経済学が役立つのか、などを明らかにしている。

人が合理的に行動を選択することを前提とする伝統的経済学

“リーはクリスマスに奥さんから高価なカシミアセーターをプレゼントされる。リーはそのセーターを前に店で見ていたが、贅沢すぎるので買うのをやめていた。しかし、リーはプレゼントをもらって喜んだ。リー夫婦はお金を一緒に管理しているので、夫婦の財布は1つである。”(p.43より)

 伝統的な経済理論は皆、「人は合理的な行動をする」ことを前提に組み立てられている。ところが現実では人間は必ずしも合理的に行動するわけではない。
 上記引用は、著者が1970年代に、ニューヨーク州にあるロチェスター大学大学院在学中に作成したリストの一部だ。このリストは、経済学が前提とする合理的選択モデルと矛盾する友人たちの行動を並べたもの。引用した事例は私たちの身近でもよくあることだが、経済的な合理性からすると矛盾する。リー自身と奥さんのどちらが購入を決定しても家計の負担は一緒だ。しかし自身が決定するのはためらい、奥さんが決定したら喜んでいるのだ。
 このような人間心理からくるバイアスも重視し、より現実に即した理論をつくり出すのが行動経済学である。心理学の知見を取り入れながら、医療などの分野で使われてきたランダム化比較実験、社会実験、最近ではビッグデータなどを駆使しながら法則を見いだしていく。

「ナッジ」理論が評価され英国政府の政策形成に関わる

 1985年、伝統的な合理的経済理論を信奉する学者と、行動経済学の研究者が初めて一堂に会した公開討論会が、シカゴ大学での学術会議で開かれた。シカゴ大学は前者の学者たちのホームグラウンドだったが、行動経済学者たちは十分にその存在感を示せたという。逆襲はここから始まったといえる。
 2008年、著者はシカゴ大学ロースクールのキャス・サンスティーン氏との共著で『Nudge』(邦訳は『実践 行動経済学 -健康、富、幸福への聡明な選択』〈日経BP社〉)を出版する。Nudge(ナッジ)は「誘導」を意味する。この本では、合理的でない人間が「予測可能なエラー」をすることを前提に、それを未然に防ぐための「ナッジ」の考え方と具体的手法を示している。
 この本をきっかけに著者は、英国キャメロン政権のもとで「行動洞察チーム」を立ち上げ、ナッジを軸にした政策形成を行うことになった。共著のサンスティーン氏は米国オバマ政権の政策立案に関わっている。(担当:情報工場 吉川清史)

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2016年10月のブックレビュー

情報工場 読書人ウェブ 三省堂書店