AsahiKASEI

未来を拓くひら。大志を! Vol.4
サイエンス作家・竹内薫さんが
「深紫外LED」技術を率いる・久世直洋さんに聞いた

自分の技術や強みを
「よりどころ」に

困難克服に必要なのはワクワク感

自分の技術や強みを「よりどころ」に

旭化成が掲げる「Care For People, Care For Earth」を具現化するための、製品、技術、同社の研究者や専門家たちの取り組みや思いを、サイエンス作家・竹内薫さんをナビゲーターに紹介するシリーズ。第4回は「深紫外発光ダイオード(LED)」の研究開発と事業化に取り組む久世直洋さんに聞いた。殺菌効果がある深紫外LEDは幅広い用途展開が期待されている。事業化への道筋、ベンチャー企業買収の狙い、久世さんの転機や信条とは。

新しい基板素材にいち早く着目
「深紫外LED」で世界をリード

「深紫外LED」は、LEDの分野で今一番ホットな領域ですか。

はい。深紫外光は波長が200ナノメートル(nm/ナノは10億分の1)から280nmの光で、太陽から出ると全部オゾン層で吸収されてしまい、地球上には自然には存在しません。でも波長265nm辺りの光は殺菌作用があるのです。旭化成では2008年ごろから深紫外LEDの探索研究を始め、2011年に窒化アルミニウム基板を用いた深紫外LEDの技術を有していた米国のベンチャー企業「クリスタルアイエス(CIS)」を買収しました。当初は窒化アルミニウム基板の大きさは10mm角だったのですが、5年後には2インチ径の基板で深紫外LEDを量産するようになってきました。

買収によるシナジー効果ですね。現在、深紫外LEDは旭化成が世界をリードしていると聞きました。

殺菌用の深紫外LED製品ではナンバーワンを走っていると思います。「窒化アルミニウム」という素材にいち早く着目し、基板を開発から製造まで行っているのが我々の強みで、窒化アルミニウム基板は深紫外LEDだけでなく、様々なデバイスへの応用が可能です。実は昨年、窒化アルミニウム基板を用いて初めて室温レーザー発振に成功しました。2014年にノーベル物理学賞を受賞された名古屋大学天野浩教授と旭化成が共同で開発を進めてきた成果です。過去十数年にわたり、世界の研究者が競って開発に取り組んでいましたが、誰も成功できなかったのです。将来、大幅に小型化された深紫外半導体レーザーを製品化できれば、新たな計測・解析用途や局所殺菌など医療分野への応用が大きく広がってくると期待しています。

他社は窒化アルミニウムに注目しなかったんですか。

もちろんしていました。ただ、当時、窒化アルミニウムの結晶を成長でき、その基板を供給できる大学や企業は、世界で2、3カ所くらいしかなかったんです。しかも初期のクリスタルアイエスがそうであったように、10mm角程度の非常に小さなサイズの基板しかできていなかったため、真剣に製品化を目指して開発に取り組もうとする企業は少なかったと思います。通常、深紫外LEDの開発はサファイア基板を用いて行われてきました。ただし、サファイア基板では、殺菌に最適な波長265nmで高い発光出力を得ることは非常に難しいのです。

つまり殺菌の分野では、旭化成が圧倒的に優位なんですね。

殺菌効果のある「深紫外LED」は、浄水器の水処理や空気清浄機などでの展開が期待できる殺菌効果のある「深紫外LED」は、浄水器の水処理や空気清浄機などでの展開が期待できる

実用化目前のカビ・菌対策
顧客との連携強化で普及後押しへ

深紫外LEDはマイコプラズマ肺炎も殺菌できますか。僕は過去3回、感染してひどい目に遭っているんです。

できると思います。基本的な殺菌のメカニズムは、深紫外光を照射することによって菌やウィルスのDNAを不活化することなので、マイコプラズマ肺炎を引き起こしている細菌に深紫外光を照射することができれば、殺菌できるはずです。

エアコンもカビが生えやすいですが、将来的に稼働中のエアコン自体を殺菌できるようになりますか。

まさに今、取り組んでいるところです。殺菌の応用としては、水の殺菌、表面殺菌、空気殺菌の3つがあります。その中で、現在まずは水と表面の殺菌を狙って開発を行っています。エアコンに限らず、家電製品のカビが生えやすい場所に深紫外LED光を照射して、表面に発生するカビを抑えることは、人びとに安全で安心な生活環境を提供するという大切な役割になります。

私たちはいつごろ、その恩恵を受けることができるのでしょうか。

数年以内には、皆さんが深紫外LEDを搭載した家電製品を購入できるようにしたいと思っており、殺菌モジュールの製品化を進めています。さらに大量水処理設備にも深紫外LEDを適用し、現在広く使われている水銀ランプを置き換えていくことが大きな目標です。

日本はもちろん、安全な水は世界の様々な地域で求められていますから、ニーズは高いですね。

「人の役に立ちたい」との思いから
企業の研究者に

科学への興味はいつごろ、芽生えたのでしょう。

幼いころ、親が買ってきてくれたおもちゃを翌日には回復できないくらいにばらばらに分解して、おもちゃが動く仕組みを見ようとしていました。小学生のころは、動物や昆虫もいろいろ飼っていましたよ。例えば、珍しいところではコウモリ。生き物すべてに興味がありました。

化学や物理学だけではなく、あらゆるものに好奇心を持っていたということですね。では、なぜ企業の研究者を選んだのですか。

論文を書くだけではなく、人の役に立つ研究をしたいという思いが非常に強かったんです。大学時代は、1981年にノーベル化学賞を受賞した福井謙一先生系列の米沢貞次郎先生の研究室で、量子化学をベースにしたヘモグロビン鉄の電子状態をモデル解析する実験的な研究をしていましたが、基礎的な研究よりもむしろ基礎研究の成果を実際の「モノ」につなげるところに非常に興味がありました。

化学の中でも量子化学は、現在取り組んでいるLED開発などの電子物理系と近い領域ですね。自然と関心が移ったのでしょうか。

人のやらないことをやりたいという気持ちが強くありました。化学なら化学をやっていればいいのに、化学と電子物理の間といいますか、その辺りを極めたいという思いが強かったんです。

学問分野というのは区切りがあって、その中でみんな動いてしまいますが、実はこれから発展する「おいしい」分野は、その中間の学際領域にある。

私も社会人になってからその学際領域の大きな魅力に気付くようになりました。

「人の役に立ちたい」との思いから企業の研究者に

研究から事業へダイナミックに展開
やりたいことが見つかる会社

旭化成はどんな会社ですか。

いろいろな分野に手を出し、事業化していくダイナミックな遺伝子のようなものがありますね。旭化成なら自分のやりたいことを見つけられると思いました。

入社後にカルフォルニア工科大学(Caltech)に留学もしていますね。

入社してから事業部で製品開発を7年ほど経験してから、留学して研究をしたいと手を上げました。その際、会社から薦められた分野が、化合物半導体です。近所にはノーベル賞を受賞した学者やその家族が住んでいて、刺激を受けました。私の住んでいたアパートのオーナーは、1965年にノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマンさんの妹さん。彼女は宇宙科学者で、家に招かれ色々な話をすることができました。

羨ましい!

Caltechは放任主義で、自分で考えて自分でアイデアを出すのが基本。毎日カリフォルニアの青い空のもと自由な発想で研究することができて人生観が変わりました。

旭化成という会社も、似た雰囲気がありますね。

自由にやらせてくれるところは似ています。帰国後も化合物半導体の研究を続けました。留学時に学んだ技術を会社でも続けられる人はほとんどいないので、ラッキーな面もありましたね。

これまで仕事をしてきてうれしかったことはありますか?

一つは、赤外線センサーの実験をしていて性能が飛躍的にアップしたこと。今でもその場面を鮮明に覚えていて、喜びで心が震えるような衝撃的な出来事でした。もう一つは、「昨日まで世界になかったものを。」という旭化成のテレビCMシリーズで、深紫外LEDが取り上げられたことです。「人の役に立ちたい」という思いも反映されましたし、家族でテレビを見ていてみんな大喜びしてくれました。

現状を把握し未来を見据え、
研究を世界一まで高める

研究者として心がけていることはどんなことですか。

まず、「人のまねはしない」こと。さらに3つの「見る」を意識しています。1つ目は、実験結果を真摯に見ること。2つ目は自分のポジションを客観的に見ること、競合の中で自分たちは今どこにいるのかを意識すること。3つ目は将来を予測して見ること。自分の強みをきちんと見極め、それを世界のナンバーワンだというぐらいに高めていくことが大事です。

LEDも最初は赤色が開発されて、次は青色ができました。それを踏まえて現在の自分の位置と将来を考えるということですね。でも、大部分の人は現在しか見えていないと思うのですが、どうしたら未来が見えてくるのでしょう。

まず自分の強みの技術を世界のトップレベルに高めていくことと、目標を高く設定し、高い視点を持つことによって、その領域がどこに向かっていくかが見えるようになってきます。ただ、私の経験上、成功した製品や事業は、最初に思い描いた通りに進むことはほとんどありません。そこで必要になるのはフレキシビリティーです。お客さんや市場の要求や潜在ニーズを探りながら、柔軟に技術や製品形態を変化させていくことが重要です。

最後に、研究者を目指す若い世代にエールをお願いします。

研究のための研究ではなく、世の中の人が使ってくれる製品を生み出すための研究開発でないと意味がありません。ただ、事業創出までは非常に長い道のりです。困難の克服に必要なのは「ワクワク感」。いかに「ワクワク感」を持ちながら、研究開発を継続できるかが成功への鍵になります。また、研究の最初は半分以上の人が反対します。でも、それが普通なんです。全員が賛成したら、むしろその研究はやめた方がいい。

それは半分の人は5年先、10年先が見えていないということですね。

自分の技術や強みこそがよりどころで、それは自分が一番分かっているし、見えている。そういう感覚を若い時から育んでほしいですね。

※記事内容は2020年2月時点のものです。

久世 直洋

久世 直洋(くぜ・なおひろ)

旭化成執行役員エグゼクティブフェロー

1959年大阪生まれ。82年京都大学工学部石油化学科卒業、旭化成工業(現旭化成)入社。89年米カリフォルニア工科大学への留学とともに、電子物理系へ専門を変更。帰国後は、新規ホール素子の開発・事業化に取り組み、2004年赤外線センサー開発テーマを立ち上げる。11年旭化成エレクトロニクス研究開発センター長となり、米クリスタルアイエスの買収に参画。14年UVCプロジェクト長として深紫外LEDの開発・事業化をけん引。17年から現職。02年京都大学大学院電子物性工学専攻で博士(工学)取得。

竹内 薫

竹内 薫(たけうち・かおる)

サイエンス作家

1960年東京生まれ。東京大学教養学部教養学科卒業(専攻は科学史・科学哲学)、同大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(専攻は高エネルギー物理学理論)。理学博士(Ph.D.)。科学評論、エッセー、書評、講演、テレビ番組のナビゲーターなどで活躍する。著作、翻訳も多数。