写真:大國魂神社のくらやみ祭

[特集]祭り讃歌

巡り来る季節に寄り添い、祈りや感謝、願いを込めて「祭り」を行ってきた日本人。
古くからのこの文化は、今も全国各地で脈々と受け継がれている。
地域色豊かな祭りの伝統と奥深さをもう一度味わってみたい。

”祭り”が歌の原動力 一瞬に全力を注ぐ

特別インタビュー・テノール歌手 秋川雅史氏

 名曲「千の風になって」で知られ、日本を代表するテノール歌手の秋川雅史さん。端正なたたずまいとは一転、故郷・愛媛県西条市の「西条(さいじょう)まつり」の2日間だけは、肩が腫れ上がるまでだんじりを担ぎ、叫び、燃え尽きる。「この祭りがなければ、いまの自分はない」とまで言い切る、その魅力とは。

生涯欠かさず西条まつりへの参加を誓った

 絢爛豪華なだんじりが市内を練り歩き、夕暮れ時には無数の提灯を掲げ、「ヨイヤサー」の掛け声とともに威勢よく川を渡る。奪い合うように場所を交代しながらだんじりを担ぐのは、力自慢の男たち。

 愛媛県西条市の「西条まつり」は、その幻想的な美しさ、力強さで知られる国内屈指の祭りだ。

 「海外にいても、西条まつりが近づくと居ても立ってもいられなくなるんです」と話す秋川さんも、この祭りを心から愛する一人だ。

西条まつりの様子

写真:西条まつり(愛媛県西条市)

西条まつりとは

 愛媛県西条市内で10月に開催される祭礼で、伊曽乃(いその)神社、嘉母(かも)神社、石岡(いしおか)神社、飯積(いいづみ)神社の4つの神社の例祭の総称。江戸時代から300年の歴史があるといわれ、150台を超える壮麗なだんじり、みこし、太鼓台が神社に奉納される。中でも、伊曽乃神社の例大祭に奉納されるだんじり・みこしは80台余りに上り、1つの神社に奉納される台数では他に例がない規模。だんじりを車輪で引かず、人力で担ぐのも大きな特徴だ。

 

 「西条まつりを見るには、絶対に深夜から明け方がいい」と秋川さん。市内では休業する宿泊施設が多いため、岡山駅からの最終の特急電車で、深夜0時前にJR伊予西条駅に着き、夜通し祭りを楽しみ、始発で帰る方法を秋川さんは勧める。

 

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深夜、町内からだんじりを担いで神社に運行していく「宮出し」。一連の祭りの中で、このときが最も燃えると秋川さん。

 「西条まつりこそナンバーワン。一度体験すれば、人生観が変わりますよ」と熱を込める。甘いマスクとハイトーンボイスからは想像もつかない、祭り好きの、男気あふれる姿がそこにある。

 物心ついたときからだんじりについて歩き、学校に上がってからも1年中、祭りのことばかり考えていた。

 「西条の人間は真っ直ぐで、けんかが強く、力が強い男ほど“いい男”。不眠不休で、力の限りだんじりを担ぐ。そんな大人の男にあこがれて、自分も担ぐようになりました」

 西条では、正月に帰省しなくても、祭りには必ず帰るという人が多いという。市内の学校はもちろん、会社や商店、旅館も祭りの日は一斉に休み、祭りに参加する。

 「祭りのある10月から1年が始まる『西条まつりカレンダー』も売られています。もちろん僕も愛用していて、次の祭りまであと何日、と指折り数えているんです」

 この町に生まれて、本当に幸せだと語る秋川さん。 

 「大学進学で地元を離れるとき、2つのことを心に誓ったんです。1つは、世界一のテノール歌手になること。もう1つは、生涯、欠かさず西条まつりに参加すること。僕は錦町という町内の氏子なのですが、わが錦町に西条一のだんじりを造るためにも、歌をがんばろう。そんな思いもありました」

祭りの2日間はストッパーが解放される

 西条まつりの何が、そこまで秋川さんをかき立てるのだろう。

 「一言で表現すれば、“血が騒ぐ”という感覚です。人間が祭りをするのは、生きていく苦しさやストレスから解放される日が必要だからだと思うんです。僕自身、体が楽器なので、日頃の節制が欠かせません。のどを守るために夜ふかしや飲酒はせず、起床後も3時間はなるべくしゃべらない。でも、祭りの2日間だけは、歌に悪いことを全部します。声をガラガラに潰し、酒を飲み、普段は寝なきゃいけない夜中に祭りをして、大声で叫び、のどのことを忘れて思いっきり自分を解放するんです」

 普段なら、例えばサッカー観戦でゴールした瞬間に叫びたくても、心のどこかでストッパーがかかるという。そのストッパーがすべて解放されるのが祭りの2日間なのだ。

壮大な祭りのクライマックスは80台余りのだんじりが集結

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左上.深夜2時、伊曽乃神社に奉納されるだんじりが境内に集結。無数の提灯の明かりで境内が照らされる。
左下・右.加茂川の土手にだんじりが集まり、祭りはいよいよフィナーレへ。10台余りのだんじりが神輿を囲み、水しぶきをあげながら川入りをする。

2日間、町の仲間と力をわせて担ぎ続ける

 「祭りを終えた翌朝は、全身筋肉痛で起き上がれないくらい。そこまでやりきったから、あと363日節制するぞというスイッチが入るんです」

 通常、だんじりには引っ張るための車輪が付いているが、西条まつりのだんじりには車輪がない。約700キロもの重さを人力で担ぐのだ。担ぎ棒も、みこしのような長さはなく、あえて担ぎにくいよう短くなっている。

 「20人くらいで担ぐのですが、誰かが力を抜けばバランスが崩れ、だんじりが蛇行してしまいます。それは町として恥ずかしい。ですから、全員が死力を尽くし、町の威信をかけてまっすぐに通すんです。しかも2日間、ほぼ眠らずに睡魔と戦いながら。道に倒れて眠り込む人もいるほどです。そうして、『わしらはすごい! 錦町はやっぱり西条一や』と自分たちを讃え合う。まさに究極の自己満足、最高の瞬間です」

 職人による絵巻物の彫刻が施された絢爛豪華なだんじりも町の誇り。胸に誓ったとおり、3年前、秋川さんの発案で、約120年ぶりにだんじりを新調した。

 「もちろん、西条一だと自負しています。初めて担いだ年は、感無量で涙があふれました。こうして自分たちがつくっただんじりを100年後の錦町の人たちが担ぐんだと思うと……。受け継いでいく感じが、たまらなくいいですね」

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2015年、氏子として所属する錦町のだんじりを約120年ぶりに新調。だんじりを飾る雄壮なワシの彫刻を自ら手がけた。

ペース配分はしない 常に全力で挑む

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目を輝かせて西条まつりを語る秋川さん。人生をかけた祭りは、仕事への原動力に。

 まさに祭りとともに歩んできた人生。音楽への姿勢にも、大きく影響しているという。

 「西条まつりは、いろんな意味で人間の限界に挑戦する祭りです。それが僕の人生観にもなっている。ペース配分という言葉が嫌いで、最初から、いま、この瞬間に出す一つの声に、体力、精神力、集中力のすべてをかけて挑むのが歌い手としての秋川の姿です。これは間違いなく、全力をかけて限界に挑む西条まつりをやってきたからだと断言できます」

 そんな秋川さんのライフワークの一つが、昨年に続いて開催するコンサート「聴いてよく分かるクラシック2」だ。2007年の「千の風になって」のヒットに呑まれることなく、実力を上げる努力を続けたい。その思いから、あえて小さな会場からスタートし、年々ランクを上げてきた。そして今年、その集大成としてサントリーホールに挑む。

 「このコンサートも、自分への挑戦です。クラシックの歌い手としては究極ともいえる、サントリーホールでの開催。そして、クラシックの知識がなくても楽しめるような構成。力の限りを尽くして、来てくださった方が人に自慢したくなる内容にしたいと思っています。そして、行き着くところまで自分の歌を磨いていきたい」

 祭りと歌……。毎年“命がけ”で臨む西条まつりへの尽きることない情熱と、歌の道を究めようとする熱い思い。秋川さんにとって、それらは共に人生の大きな原動力となっているようだ。

秋川 雅史(あきかわ・まさふみ)

 1967年、愛媛県西条市生まれ。4歳でバイオリンとピアノを始め、中学3年生で声楽に転向。国立音楽大学、国立音楽大学院を経て4年間、イタリアに留学。2001年、日本人テノールとして最年少CDデビュー。06年「第57回NHK紅白歌合戦」に初出場で歌唱した「千の風になって」が反響を呼び、翌年、100万枚のセールスを達成。現在も全国で精力的にコンサートを行う。だんじり彫刻への関心から40代で木彫刻も始め、プロ級の腕前をもつ。

  
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